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昨年8月、「京都学生演劇祭2015」(2015/8/26~8/31、京都・京都大学吉田寮食堂)で全キャパの半数が架空予約となり、満席のはずが当日ガラガラになった事件は、当日精算の多い小劇場界に衝撃を与えた。後日、同演劇祭に悪意を持った人物による行動だったことが判明したが(2015/9/15付本欄既報)、これを契機に当日精算に頼った票券管理の見直しが進んでいる。ここでは、3カンパニーの事例を紹介する。

ナカゴー『いわば堀船』

ナカゴー(本拠地・東京都)が事件直後の『ベネディクトたち/他』(2015/9/25~9/27、東京・スタジオよもだ)から導入したのが、予約したのに来場しない未着客に対するキャンセル料。それまで当日精算2,300円/当日2,500円だった料金を一律2,500円とし、当日午前0時までにメール連絡せずに来場しない場合は、同額の2,500円を請求することとした。

その後、開演3時間前までにメール連絡せずに来場しない場合は1,500円と条件を緩和したが、金額や支払期限を明確にした上で、キャンセル料の請求を宣言したケースはめずらしい。同カンパニーは小スペースでの当日精算を基本としており、架空予約はその根幹を揺るがす事態と判断したのだろう。料金を一律に改定したのも、キャンセル待ちが多く、観客に有利な当日精算を敢えて安くする必要はないと考えたのだろう。

今年5月に上演された『もはや、もはやさん』(東京5/5~5/9=ムーブ町屋ハイビジョンルーム、5/14~5/15=ココキタスタジオ1)で掲載された案内文は次のとおり。

【キャンセル料について】

ご予約をキャンセルされる場合は、必ずご観劇予定の回の開演3時間前までに、<info@nakagoo.com>までご連絡ください。
開演3時間前までにご連絡いただけなかった場合、キャンセル料1,500円を頂戴致しますのでご了承ください(手数料はお客様負担です)。
キャンセル料が発生したお客様には、5月19日にご請求のお願いと振込先についてのメールを送らせていただきます(お振り込みの期限は、5月29日です)。
また、ご予約確定後にご観劇の人数が減った場合も、その旨を開演の3時間前までにお知らせいただかなければ同様の扱いとなりますので、ご注意ください。
※ご予約日時や人数等に間違いや変更、キャンセル等ございましたら、<info@nakagoo.com>へご連絡ください。

ナカゴーウェブサイトより

次回公演『いわば堀船』(7/5~7/10、東京・ムーブ町屋ハイビジョンルーム)ではキャンセル料が明記されなくなったが、無断キャンセルに対する一定の効果があったと思われる。

笑の内閣『ただしヤクザを除く』

当日精算の無断キャンセルによる損失を抜本的になくすためには、当日精算から事前決済へ移行すべきだが、前売が弱いカンパニーはこのハードルが高い。チケット料金や購入後の日時変更、キャンセル受付などで事前決済を浸透させようとしているのが笑の内閣(本拠地・京都市)。地元で事件を目の当たりにしているだけに、対策の必要性を痛感したのではないだろうか。

事件直後に同じ会場で公演があったのが、『タカマニズム宣言』(2015/9/26~9/28、京都・京都大学吉田寮食堂)。それまで早割(1,000円引き)/前売(500円引き)/当日だった3券種を、事前購入割(1,000円引き)/予約割(300円引き)/当日とし、事前決済した前売券と、単なる予約である当日精算とを明確に分離した。全席自由の入場順は事前購入割を優先とし、満席でない限り、日時変更も可能とした。

『朝まで生ゴヅラ 2020』(京都2/11~2/17=アトリエ劇研、札幌3/4~3/6=扇谷記念スタジオ・シアターZOO)では、事前購入割を「先得決済14」(1,000円引き)と改名、各会場初日14日前までの事前購入限定とした。それ以降の前売・予約割は300円引きから200円引きと、当日料金に近づけた。この公演から「LivePocket-Ticket-」も導入し、手数料のかからないクレジットカード、携帯キャリア決済も可能にした。

次回公演『ただしヤクザを除く』(京都6/22~7/3=アトリエ劇研、東京7/13~7/18=こまばアゴラ劇場)では、「先得決済14」で支払方法を銀行振込にした場合に限り、手数料500円/枚でのキャンセルも可能にした。各会場初日14日前を切ってからは前売券の販売を終了して予約割のみとし、価格体系をわかりやすくした。この間の券種・料金を表にまとめたので、試行錯誤の跡を読み取ってほしい。

※高校生以下は全券種一律500円、『ただしヤクザを除く』はリピート割もあり。
15年9月
『タカマニズム宣言』
16年2~3月
『朝まで生ゴヅラ 2020』
16年6~7月
『ただしヤクザを除く』
当日 3,000円 3,500円
(25歳以下)3,000円
3,500円
(25歳以下)3,000円
当日精算 予約割2,700円 予約割3,300円
(25歳以下)2,800円
予約割3,300円
(25歳以下)2,800円
前売 事前購入割2,000円
(25歳以下)1,500円
それ以降 3,300円
(25歳以下)2,800円
それ以降 前売の販売なし
初日14日前まで 「先得決済14」2,500円
(25歳以下)2,000円
初日14日前まで 「先得決済14」2,500円
(25歳以下)2,000円

事前購入割、「先得決済14」へシフトさせようとする強い意思が感じられる取り組みだ。「先得決済14」は予約割より800円安く、都合が悪くなっても無料で日時変更、銀行振込なら500円/枚で払い戻しがある。つまり、当日精算より安価で保険料も含まれている。主宰の高間響氏は次のように力説している。

25歳以下料金に加え、高校生以下は全券種とも一律500円で、小劇場系カンパニーで突出したユース料金を設定していることも特記したい。

時間堂『ゾーヤ・ペーリツのアパート』

当日精算は観客が圧倒的に有利なので、そもそも当日券より安くする必要はないという逆転の発想をしたのが、時間堂(本拠地・東京都北区)。次回公演『ゾーヤ・ペーリツのアパート』(7/29~7/31、東京・東京芸術劇場シアターウエスト)では、一般前売4,500円に対し、当日精算は当日と同じ5,000円に設定した。

前売が当日より安価な料金設定で、当日精算を当日と同一料金にするのはめずらしい。なぜなら、当日精算は「前売だがチケットを取り置き」という考え方なので、支払いは当日窓口で行なうが、前売料金が適用されている。これを「当日支払うなら、それは当日料金」と宣言しているわけだ。これで当日精算の料金面での優位性はなくなり、座席の確保だけが目的となる。

これ自体で無断キャンセルを防げるわけではないが、時間堂では笑の内閣と同様に、事前決済の方法が存在している段階では当日精算を受け付けていない。当日精算にこだわる観客は、「事前決済でよい席が安く売れていく」のを、当日精算が開始されるまで待たないといけない。笑の内閣は全席自由の入場順を優先にしたが、時間堂の次回公演は全席指定なので、この効果が最大限に発揮されるだろう。もし事前決済で前売完売したら当日精算の販売はなく、単なる当日券だけになるはずだ。

時間堂も笑の内閣と同じ「LivePocket-Ticket-」を導入した。携帯キャリア決済を可能にしたことで、クレジットカードを持たない観客も携帯料金と一緒に支払いが出来る。指定席の場合は画面上で好きな席を選べる。携帯キャリア決済は大手プレイガイドも採用しておらず、現在最も高機能な票券管理システムと言える。

LivePocket-Ticket-「主催者サイトFAQ」

前売を促進させるため、時間堂では安価な先行販売やペアチケットも用意した。小劇場では新国立劇場以外では初めてと思われる当日格安販売の「Z席」も用意し、従来の当日精算ではない買い方を提案している。高校生以下一律1,000円のユース料金も設定している。

ナカゴーのように、公演規模によっては当日精算がちょうどよい場合もあるかも知れない。しかし、近年は小劇場でのプレイガイド利用が減り、すべての観客が受付を必要とする公演が目立つようになったと感じる。これは開演押しの大きな要因になるほか、受付で個人情報を扱ったり、多額の現金を扱うリスクも高まる。当日券・招待客以外はチケットをもぎるだけで入場出来るのが、本来の姿ではないだろうか。

票券管理システムやスマートフォンの普及により、当日精算とは日時指定の予約をした上で、支払いを受付で行なうことを指すようになった。かつてはプレイガイドしか存在しなかったため、事前に観劇日時を決めてもらうこと自体が高いハードルだった。それがクリアされ、あとは事前決済さえすれば前売になるところまで来たのに、なぜ最後の一歩を踏み出そうとしないのか。

決済機能付きの票券管理システムだと、手売りの管理がしにくくなると考えているなら間違いだ。例えば、時間堂では「LivePocket-Ticket-」のアンケート機能を使い、誰の扱いなのかを把握している。工夫すればいくらでも方法はある。事前決済で受付の負荷を減らし、その労力を他のサービスに充てたり、キャパの大きい劇場にも対応出来る体制にすべきではないだろうか。

(2016年6月19日追記)

笑の内閣の制作・前田瑠佳氏は、エイチエムピー・シアターカンパニー(本拠地・大阪市)の制作も務めている。両カンパニーで券種や制度を試行しながら、よりよいシステムを次の公演に導入しようとしている。

エイチエムピー・シアターカンパニーでは、早割/前売/当日だった3券種を、『阿部定の犬』(伊丹2015/8/6~8/9=AI・HALL、東京2015/8/19~8/20=座・高円寺2)から事前購入割/予約割/当日とし、会場や曜日によって値引き額を変更した。事件が起こる前から試行は始まっていたのだ。『静止する身体』(3/11~3/13、京都・アトリエ劇研)で、事前購入割を事前入金割に改名。初日18日前までの事前購入限定とした。次回公演『四谷怪談』(9/7~9/20、大阪・ウイングフィールド)では、銀行振込の場合に500円/枚でのキャンセル(払い戻し)を受け付ける。

笑の内閣、エイチエムピー・シアターカンパニーとも次回公演は本拠地でのロングランで、キャンセルの導入もこれを意識したものだろう。同じ制作者がカンパニーの枠を越え、票券管理に挑戦していく過程は非常に興味深い。前田氏の手腕に注目したい。