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前売券の本当のメリット

カンパニーが成長していくためには、前売券の比率を高めることが非常に重要です。前売券というと、チケット代の事前入金が最大のメリットと考える制作者もいると思いますが、現実にはプレイガイド委託した場合の入金は公演後ですし、手売りの場合も早期の代金回収は非常に困難です。そうした収入面の魅力よりも、正確な動員予測と受付業務の軽減により、公演全体をコントロール出来るメリットのほうがはるかに大きいと私は考えます。

当日券や当日精算券に大きく依存している状況では、蓋を開けてみないと動員数がわからないわけですから、本当にバクチのようなものです。公演前の動員予測もメンバーの〈期待値〉に過ぎませんから、実際の数字と大きく異なることも少なくないでしょう。いま何枚売れていて、あと何枚売ったらいいのか。それが見えないと追い込みの宣伝計画も立てられませんし、座席が可変する劇場では客席もつくれません。結局のところ、前回公演の動員数という不確実な数字を目安にするしかないわけで、それで問題が発生していないのは、たまたま観客が分散してくれたか、動員が伸びていないからなのです。

制作面での最重要課題

当日券や当日精算券のデメリット、それは次の3点に集約されます。

  1. 来場の保証がないため、事前の動員予測を困難にし、公演予算の調整や動員対策を図ることが出来ない。
  2. 受付での精算業務が発生するため、限られたスタッフでオペレーションしている状況では負荷がかかり、開場・開演にも支障を来す。
  3. 来場日の分散が図れず、どうしても週末に集中することになり、公演日程を長期化することが出来ない。

若いカンパニーにとって、一定のキャパシティを持つ劇場で1週間程度公演することは身近な目標ではないかと思いますが、そのためにはこの3点が解決される必要があります。チケットの販売方法を変えることはカンパニーにとって苦痛を伴いますが、これを避けているようでは成長はあり得ません。当日券や当日精算券中心の体制から脱却し、前売券が売れるカンパニーにすることこそ、制作面で最も取り組まなければならないことなのです。

困難なことは百も承知です。しかし、これはカンパニーにとってチケット革命とも言えるもので、これを成し得たところだけが次のステップに上がることが出来るのです。私自身の経験からも、これは避けて通れない試練だと思います。

期間中有効の前売券はおかしい

ここで前売券の絶対条件を書いておきます。それは、前売券は日時指定でなければならないということです。現実には、いまでも多数のカンパニーが期間中有効の前売券を発売していますが、あれはおかしいということに気づいてください。

観客の立場で考えると、前売券を買う理由は、確実にその作品が観たいからにほかなりません。言葉を変えれば、自分の席が開演間際に行っても確保されているということです。万が一トラブルで遅刻しても、入場を断わられることがないということです。演出上の都合で途中入場が許されない場合もあるかも知れませんが、券面にその旨が明記していない限り、前売券を買った観客はその作品を観る権利を保有しているのです。そして前売券を売るということは、そうした契約を観客と交わすことなのです。

カンパニーがこの契約に誠実に応えるためには、その観客の座席を必ず用意しなければなりません。しかし、いつ来場するのかがわからなければ、混雑した場合に座席の確保は非常に困難です。日時指定をしていれば、定員から発売済前売券を引いた数を当日券として売れば問題ありませんが、期間中有効ですと、前売券を購入した全員が土曜ソワレに集中する可能性もあるわけです。こうなると、開場時間に来なければ座席の確保は出来ませんし、遅刻すれば前売券を持っているのに入れないという最悪の事態になるかも知れません。こんなものが前売券と言えるでしょうか。

もう理解していただけたと思いますが、前売券は日時指定以外はあり得ないのです。映画の前売券が期間中有効なのは、1日に複数回上映があり、上演期間も長く、キャパシティも大きいからです。そのすべてにおいて対照的な演劇の場合は、日時指定で客席をコントロールしないと、観客との契約を裏切ることになるのです。前売券への移行=日時指定前売券への移行であると覚悟を決めてください。

まず存在させることから始めよう

ここまで読んで、「いま当日精算券でいつでも入れるのに、日時指定前売券なんて出来るわけがない」と感じている制作者もいると思いますが、それはどうでしょうか。日時指定前売券というものは、それ自体の存在により、チケットの性格を劇的に変えていくものなのです。これは期間中有効の前売券にはない効果です。

例えば金土土日4ステの公演をするとします。これまでは当日精算券を使っていた観客も、日時指定前売券が発売されるとなると、「ひょっとして混雑する土曜ソワレは席がなくなるかも知れない」と考えるはずです。そうした心理と実際の購入行動が重なって、もしかしたら土曜ソワレが本当に予定枚数を完了するかも知れません。そうなると観客は他のステージを購入するか、当日券を狙うしかなくなります。万一、当日券で入れなかった場合のリスクを考慮して、それまで絶対に売れる可能性のなかった金曜の前売券が売れ始めるかも知れません。最初は少ない枚数かも知れませんが、どのカンパニーもこうやって前売券は動き始めるのです。

前売券は自分たちのカンパニーには無理だ、観客は絶対に購入しない――そんな既成概念を打ち破ることからチケット革命は始まるのです。ここからは制作者のアイデア次第ですが、前売券に様々な特典を付けることでも購入の促進は図られます。最初に述べたように、事前収入が欲しいからという短絡的な目的ではなく、公演の枠組みそのものを変えるという見地から、思い切った施策が試される場だと思います。特典の具体例を挙げてみましょう。

  • 料金を当日券より下げる
    思いきって、当日料金より500円下げましょう。観客の購入行動を変えることが出来るのなら、それだけの価値があると思います。
  • 当日精算券>前売券にする
    現在、ほとんどのカンパニーが当日精算券=前売券の料金にしていると思います。しかし、これは考えてみると当日精算券の観客にずいぶん有利な制度ではないでしょうか。逆に前売券を購入されている観客に失礼ではないでしょうか。その差を明確にするため、価格差を付けてもいいはずです。例えば当日券2,800円、当日精算券2,500円、前売券2,300円というように。
  • ノベルティを付ける
    前売券には景品をプレゼントするのも、よく見られる手法です。プレイガイドで購入する観客のことも考え、劇場ロビーで引き換えるのが一般的です。

指定席導入も同じこと

制度自体の存在によって観客の購買行動を変えていくというのは、指定席の導入についても全く同じです。若いカンパニーの多くは、「自分たちに全席指定など無理だ、早すぎる」と考えがちです。しかし、せっかくイス席で全席指定が可能な劇場を使う機会があるのなら、勇気をもって全席指定を断行してみる価値はあると思います。

観客は指定席がないから買わないだけであって、もし用意されているのなら購入するかも知れません。特に混雑する週末なら、開演時間ギリギリに行っても特等席が確保されている指定席を購入する観客が必ずいるはずです。思い出してください。先ほど映画との比較をしましたが、映画館の指定席がガラガラなのは、複数回の上演と充分な席があるからです。演劇はその反対なのですから、指定席の意味が全く異なってくるのです。演劇だからこそ指定席が必要なのです。

当日精算券による段階的移行

日時指定前売券の導入に踏み切れないカンパニーのために、過渡期の措置として当日精算券の工夫を紹介しておきます。これは日時指定に慣れるためのステップとして、当日精算券に段階的に日時指定の概念を導入していくものです。

最初のステップは、当日精算券を期間中有効から期間の半分に改めます。例えば金土土日4ステなら、金+土ソワレ有効と、土マチネ+日有効の2種類の当日精算券を用意します。そして友人知人に配る際に両方を渡すのではなく、希望を訊いて片方のみを渡すようにするのです。これに慣れれば次のステップは日時指定の当日精算券になるわけですが、これはもう日時指定前売券と実質的に変わらないので、通常は問題なく日時指定前売券に移行出来るはずです。

カンパニーのメンバーも、これに慣れれば日時指定前売券の導入に抵抗を感じないはずです。カンパニーにとって前売券がいかに大切か、それが公演計画にどう影響するのかを充分理解させ、ぜひ当日券・当日精算券中心の体制から脱却を図ってください。