この記事は2001年3月に掲載されたものです。
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制作者の孤立を防ぐために
理解されない制作者
小劇場演劇の制作者は、非常に理解されにくい立場にいるのではないでしょうか。制作者がなにをしているか、どのような成果を上げているか、所属するカンパニーでも正確に答えられるメンバーは少ないのではないかと思います。周囲の理解が得られない状態で業務を進めることは大変な苦労を伴いますし、制作者自身の疲弊を招きます。
他のセクションがなにをしているかわからないという状況は、なにもカンパニーに限った話ではありません。どんな組織であれセクショナリズムは存在し、無理解や無関心は生まれます。これがセクション対セクションの反目なら、どの世界にもある普通のことですが、小劇場演劇の場合は制作者の人数が少なすぎるため、これが制作者対カンパニー残り全員という構図になりがちです。ここでは制作者の抱える構造的課題を検証していきます。
制作者は本番がすべてではない
制作者が理解されない第1の理由は、活動のピーク時期が違いすぎることです。俳優や他のスタッフにとって、演劇活動における最大のピークとは言うまでもなく本番そのものです。俳優はもちろん、スタッフも自分の才能が最大限に発揮されるよう、本番に向けてテンションを高めていきます。
本番の重要性という意味では制作者も同じですが、活動のピークから考えると、いささか事情が異なってきます。俳優や他のスタッフが本番2か月前ぐらいから稽古や準備に入るのに対し、制作者はもっと長いスパンで動いています。2年前から劇場を押さえ、6か月前には本格的な準備に入ります。作品を左右する様々な交渉事はこの時期までにあらかた終わっていて、この時点ですでに4割程度の力を使っていると言っても過言ではないような気がします。
そして迎えるチケットの前売開始で制作者の緊張感はピークに達します。もちろん演劇は観客動員だけが目的ではありませんが、興行面の責任を担っている制作者にとっては試練であることに違いありません。前売開始早々に完売するのはごく限られた人気カンパニーだけで、多くの制作者が心労を重ねながら本番直前までチケットをさばいていると思います。チケットの動きが鈍くなる公演1か月前ぐらいが正直なところいちばん苦しく、知恵を振り絞る時期ではないでしょうか。このころはプレスに公演記事掲載のプッシュをする時期でもありますから、業務も重なり、制作者にとっていちばん大変なのではないかと思います。ここで5割の力を使い切り、残る1割で本番を迎えることになるわけです。
本番のオペレーションが決して簡単というわけではありませんが、制作者の長い2年間の活動の中では非常に短い期間であり、接客業という点では神経を遣いますが、それが必ずしも制作者の活動のピークではないと私は実感しています。俳優やスタッフが本番に向けて力を蓄えてすべてを出し切るのに対し、制作者は継続的に力を出しながら本番を迎えるというパターンなのではないかと思います。
テンションが高まっているときは誰でもナーバスになりがちです。公演期間中は俳優に雑念を抱かせないよう、制作者は配慮するでしょう。しかし、その逆はどうでしょうか。制作者が劇場探しや客演交渉で神経をすり減らしている公演1年前に、「いまが制作は大変なんだ。本番に匹敵する時期なのだ」と察してくれるメンバーがカンパニーにいるでしょうか。チケットが伸び悩んでいる時期に奔走して稽古に立ち会えない制作者を、単にさぼって稽古場に来ないと思っているメンバーがカンパニーにいないでしょうか。
結果が見えない問題
第2の理由は、制作者の業務の成果がはっきりした形で残らないことです。俳優や他のスタッフなら、舞台上の作品世界そのものが成果であり、観客全員がその目撃者になります。一方、制作者の業務は目立たないものが多く、意識しないとその存在を感じることはあまりないでしょう。経験の浅い俳優やスタッフは、制作者がなにをしているのか理解出来ない場合も多いと思います。これでは責任を果たしている者同士の尊敬の気持ちなど、カンパニー内で芽生えるわけがありません。
制作者がよほど斬新なアイデアを発揮した場合は別ですが、一般的にチケットが売れることは作品そのもののおかげ、出演者が魅力的だからという理由になりがちです。制作者が苦労した公演の様々な手配も、俳優や他のスタッフにとっては当然のことに映ってしまいがちです。私たちはスイッチを押せば電気が点き、蛇口を捻れば水が出るのを当たり前に思っています。誰も電力会社や水道局の職員のことを考えはしないでしょう。報酬のために働く営利企業の場合はそれでいいかも知れませんが、作品のために働いているカンパニーの制作者にとって、それはあまりにも寂しいことではないでしょうか。
この劇場でこの時期に公演が出来ること、この外部スタッフの顔ぶれが揃ったこと、おいしい弁当と気の利いた打ち上げ会場が待っていること、前売開始前から本チラシが用意されていること、移動と宿泊が完璧に手配されていること……。すべて制作者が身を粉にして動いてきた成果です。もちろん、制作者として当然の役割なのですが、そのことにあまりに俳優や他のスタッフが無関心なのではないでしょうか。評価してほしいのではなく、少なくとも他のスタッフワーク同様に関心を持ってもらいたいのです。
制作者を守るために
自分の仕事をもっとカンパニーにアピールするよう、私は制作者に勧めています。黙っていたのでは、誰も制作者の重要性に気づかないからです。自分にとって、いまが準備作業のピークだと感じたらそう周囲に訴えればいいし、憧れの劇場で公演するときは、いかに早くから交渉に奔走したかを説明すればいいのです。
経験を積んだ俳優やスタッフは、制作者の重要性を認識しているでしょう。彼らの口を借りて、若い俳優やスタッフに制作者のことを語ってもらうのも一つの方法だと思います。特に主宰者には、制作の重要性をカンパニー全員に教育してもらいたいと思います。主宰者にさえ理解されず、疲れ果ててカンパニーを去っていく制作者を、私はもう増やしたくないのです。