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客席の責任者は舞台監督ではなく制作者

演劇界では、小屋入りすればフロント・楽屋を除く劇場内部のことは舞台監督が仕切るものですが、客席については制作者が責任を負います。特に舞台の見え方についてはチケット代に直結しますので、見切れ防止が非常に重要になります。

大劇場を使う商業演劇の場合は、見え方によって券種を分けることが一般的ですし、劇団四季では劇場構造や舞台装置を考慮し、券種を細分化しています。事前に詳細な検討が行なわれるのはもちろんですが、2004年11月にオープンしたキャッツ・シアター(東京・大崎)では、1階両端で舞台の一部が見えづらいことが判明し、観客に全額または半額返済、その後は値下げを実施しました。演劇では、観客も合意の上で意図的に見えにくい雰囲気を楽しむ場合もありますが、それはあくまで例外であり、四季の姿勢は小劇場系も学ぶべきものでしょう。

見切れの種類

見切れには、装置などで視界が遮られて俳優が見えない見切れ(見えなくなる意味での見切れ)と、客席から舞台袖の中が見えてしまう見切れ(見えきってしまう意味での見切れ)の2種類があります。前者では、客席端から見えない「横の見切れ」と、客席に段差がないことで舞台面が見えない「縦の見切れ」があります。

見切れ(見えなくなる)※横の見切れ 見切れ(見えきってしまう)

「横の見切れ」は劇場規模を問わず発生しますが、「縦の見切れ」は平土間の劇場などで仮設客席を組む場合に起こります。小劇場系カンパニーにとって最も注意すべきことです。「縦の見切れ」発生の主な要因は、仮設客席で同じ高さに3列以上並べる場合や、舞台面が低すぎて座った演技などが見えなくなる場合があります。

※縦の見切れ

「縦の見切れ」を演出家任せにするな

演出上、座り込んだシーンがあるなら、平土間ではなく舞台面の高さを上げるか、平土間上に平台などで高い場所を設け、そのシーンだけそこで演じるなどの工夫が必要です。公演に際しては、演出家と舞台美術家がこうした検討をすべきですが、そのまま本番を迎えてしまう作品が小劇場系カンパニーでは少なくありません。座ったシーン、寝転がったシーンがある作品では、制作者が舞台打ち合わせに参加し、「縦の見切れ」を生まない舞台づくりをしてください。

客席に段差がない場合の対処として、イスを千鳥配列に置くことがあります。この方法だと2~3列目は見やすくなりますが、4列目以降は逆に見えにくくなります。同じ高さの列は3列以上つくらないことが原則ですが、3列になるなら千鳥、4列以上になるなら平行に並べたほうがいいでしょう。

イスを千鳥に並べた場合   イスを平行に並べた場合

演出家は、稽古場では視界を遮るものがない特等席で演出しています。そうした空間に慣れてしまい、客席の様々な位置からの見え方に配慮が足りない演出家もいると感じます。制作者は観客の立場で、客席のあらゆる位置を思い浮かべ、演出家や舞台美術家に意見してください。制作者はチケット販売の責任者ですから、見切れ対策にも責任があります。公演である以上、見切れ対策は制作者の興行的判断が優先されるべきでしょう。強い意思を持って問題解決に当たってください。

「縦の見切れ」は、勾配を計算してつくられている固定客席やロールバック客席の劇場では起きにくいものですが、そうした劇場に慣れたスタッフが仮設客席の劇場を使う場合も要注意です。最近は地域発の巡演も増えてきましたが、劇場規模が違う場合に俳優が見えづらい例を散見します。勾配が緩い仮設客席の中央部などで座った演技が見えるかどうかを常に意識し、劇場に応じた舞台づくりをする必要があるでしょう。巡演で装置の融通が利かない場合は、その劇場だけアクティングエリアを変更してもいいでしょう。演出の領域ですが、客席を預かる制作者も積極的に発言してよいと思います。

見切れに備えた票券管理

全席自由なら見切れ対策は時間的余裕がありますが、全席指定の場合は票券管理の段階から見切れを意識しなければなりません。現実問題として、チケットの前売段階では具体的な舞台美術が決定していないことがほとんどだと思います。劇場によっては舞台を客席側に張り出すこともありますので、その有無を決めるぐらいがやっとだと思います。

制作者は、まず「横の見切れ」に備えて両端の一定部分を販売保留し、装置が組み上がってから判断することにします。小劇場では音響卓を客席に下ろすことも多いのでPA席も確保し、招待席、事故席(予備席)、ビデオ席、立会席(監視席)などを除いてからプレイガイドに配券していきます。これらの席が余った場合は当日券に回せばよいのですから、少なくて心配するより、多少ゆとりをもって設定するとよいでしょう。

劇場入りしてからは、保留している席からの見え方を自分の目で確認します。装置に遮られて見えないと判断すれば、そのまま席を潰します。全席指定の場合はそのままで構いませんが、全席自由の場合は観客がそこに座らないよう、イス自体を取り除いたり、固定イスなら雑黒で覆ったり紐で規制します。多少見えにくいが販売可能と判断した場合は、見切れ席として値下げ販売します。当然ながら、見切れるシーンがあることを充分説明して、同意した観客のみに販売します。

仮設客席は遅くともゲネ前に組む

仮設客席の場合、仕込みや場当たりのスケジュールがタイトになって、客席設営が後手後手に回りがちです。ゲネが終わってから本番直前に客席を組むこともめずらしくないでしょう。これでは、制作者は見切れ防止の客席チェックが出来ません。客席は遅くともゲネ前に組むよう舞台監督に依頼し、ゲネを通じて最終チェックが出来るようにしましょう。

仮設客席は制作者自身が場所を変えて座り、前に座高のある観客が座った場合を想定しながら見え方をイメージします。同じ高さが続いている場合は平台をかませて段差をつけられないか、イスの配列は千鳥・平行のどちらがいいのか、開場ギリギリまで最善を尽くしてください。見えにくいシーンが予想される場合は、全席自由なら場内整理の際に見え方をアナウンスして、観客を適切な位置に誘導しましょう。

見やすさと安全の両立

見やすい客席をつくるということは、客席に段差を設けることにほかなりません。一度組んでしまった舞台面を変更するのは困難ですので、客席側で調整することも多くなるでしょう。客席を上げた場合、どうしても段差が増えることになり、入退場で観客がつまづくことも予想されます。客席後方は高さが天井近くになり、頭上も注意が必要になるかも知れません。

客席に高さを確保しても、観客の安全が図れないなら元も子もありません。通路と客席の段差は出来るだけなくし、通路自体の段差は段鼻に白ガムを貼るなどして目立たせます。天井などにぶつかる可能性がある場合は、クッション材などを貼る手もありますが、照明で高熱になることもありますので、スタッフと充分打ち合わせが必要です。危険な場所は「足元注意」「頭上注意」の掲示に加え、入退場時は誘導係が声を出して注意を喚起しましょう。

後ろ面に寸角を

高い場所に置かれたイスは、左右や後ろに落ちないよう、手すりだけでなく、脚がそれ以上動かないよう、後ろつらなどに寸角を打ちます。観客が仮設客席の下に物を落とさないよう、蹴込みもふさげばベストでしょう。脚元の寸角がない仮設舞台を見かけますが、高いところが苦手の観客にとっては安心感に雲泥の差が生じます。