Pocket

客席の責任者は舞台監督ではなく制作者

演劇界では、小屋入りすればフロント・楽屋を除く劇場内部のことは舞台監督が仕切るものですが、客席については制作者が責任を負います。特に舞台の見え方についてはチケット代に直結しますので、見切れ防止が非常に重要になります。

大劇場を使う商業演劇の場合、見え方によって券種を分けることが一般的ですし、劇団四季では劇場構造や舞台装置を考慮し、券種を細分化しています。事前に詳細な検討が行なわれるのはもちろんですが、2004年にはオープン直後のキャッツ・シアター(東京・大崎)で舞台の一部が見えづらいことが判明し、観客に全額または半額返済、その後は値下げを実施しています。演劇では、観客も合意の上で意図的に見えにくい雰囲気を楽しむ場合もありますが、それはあくまで例外であり、四季の姿勢は小劇場系も学ぶべきものでしょう。

コロナ禍以降はチケット代の高騰も相まって、観客から券種の細分化を望む声が高まっています。conSept合同会社(東京都渋谷区)のように、中小劇場でもSS席~D席まで最大7区分する主催者も現われました。

conSept『GREY』(2021/12/16~12/26、東京・俳優座劇場)劇場座席解説MAP ※SS席~D席まで7券種を設定
conSept『アーモンド』(2022/2/25~3/13、東京・シアタートラム)劇場座席解説MAP ※SS席~C席まで6券種を設定

客席の見え方に合わせたきめ細かな券種を設定するには、作品内容と劇場の構造を熟知する必要があり、内容の固まっていない前売開始前に実現するのは難しい面もありますが、チケット代を値上げするのであれば一律ではなく、券種を増やして適切な価格差を設け、観客が自分に合わせて選べる時代にすべきだと感じます。

劇場によっては、構造上どうしても見えにくい席もあると思いますので、それも踏まえて券種・価格を分けるべきでしょう。近年増えてきた「注釈付きS席」のような券種より、そのほうがわかりやすいはず。見切れの問題は票券管理と表裏一体であり、制作チームの中でも制作担当と票券担当の緊密なリレーションが不可欠です。分業化が進む演劇制作ですが、観客が納得の行くチケットを販売出来るよう、制作担当と票券担当は原点に戻って打ち合わせを重ねるべきだと思います。たとえ、どんなに手間がかかっても。

見切れの種類

見切れには、装置などで視界が遮られて俳優が見えない見切れ(見えなくなる意味での見切れ)と、客席から舞台袖の中が見えてしまう見切れ(見えきってしまう意味での見切れ)の2種類があります。前者では、客席端から見えない「横の見切れ」と、客席に段差がないことで舞台面が見えない「縦の見切れ」があります。

見切れ(見えなくなる)※横の見切れ 見切れ(見えきってしまう)

「横の見切れ」は劇場規模を問わず発生しますが、「縦の見切れ」は平土間の劇場に仮設客席を組む場合に起こりがちで、小劇場系カンパニーにとって最も注意すべきことです。「縦の見切れ」発生の主な要因は、仮設客席で同じ高さに3列以上並べる場合や、舞台面が低すぎて座った演技などが見えなくなる場合などです。

※縦の見切れ

「縦の見切れ」を演出家任せにするな

演出上、座り込んだシーンがあるなら、舞台面の高さを上げるか、舞台上に平台などで高い場所を設け、そのシーンだけそこで演じるなどの工夫が必要です。公演に際しては、演出家と舞台美術家がこうした検討をすべきですが、そのまま本番を迎えてしまう作品が少なくないと感じます。座ったシーン、寝転がったシーンがある作品では、制作者が舞台打ち合わせに参加し、「縦の見切れ」を生まない舞台づくりをしてください。

和室での会話劇や、パペットを操るシーンなど、低い位置での演技があることは戯曲段階からわかるはずです。演出上、足元が見える広いアクティングエリアが必要なら、それが可能な劇場を先に探さなければならない場合や、二方客席や三方客席を検討する場合もあると思います。タッパのない劇場で殺陣をやる場合も、高さが必要になるため舞台面を上げることが出来ません。タッパが低い平土間の劇場で殺陣が出来るのかを、よく考えてください。小屋入りしてから見切れに気づいても、舞台や客席の高さを変える予算も時間もなく、対処療法しか出来ないことが多いと思います。舞台と客席をどう組むのか、事前の舞台打ち合わせが本当に重要です。

客席に段差がない場合の対処として、イスを千鳥配列に置くことがあります。この方法だと2~3列目は見やすくなりますが、4列目以降は逆に見えにくくなります。同じ高さの列は3列以上つくらないことが原則ですが、3列になるなら千鳥、4列以上になるなら平行に並べたほうがいいでしょう。

イスを千鳥に並べた場合  イスを平行に並べた場合

演出家は、稽古場では視界を遮るものがない特等席で演出しています。そうした空間に慣れてしまい、客席の様々な位置からの見え方に配慮が足りない演出家もいると感じます。制作者は観客の立場で、客席のあらゆる位置を思い浮かべ、演出家や舞台美術家に意見してください。制作者はチケット販売の責任者ですから、見切れ対策にも責任があります。公演である以上、見切れ対策は制作者の興行的判断が優先されるべきでしょう。強い意思を持って問題解決に当たってください。

「縦の見切れ」は、勾配を計算してつくられている固定客席の劇場では起きにくいものですが、そうした劇場に慣れたスタッフが仮設客席の劇場を使う場合も要注意です。ツアー公演で劇場規模が違う場合に、俳優が見えづらい例を散見します。勾配が緩い仮設客席の中央部などで座った演技が見えるかどうかを常に意識し、劇場に応じた舞台づくりをする必要があるでしょう。巡演で装置の融通が利かない場合は、その劇場だけアクティングエリアを変更してもいいでしょう。演出の領域ですが、客席を預かる制作者も積極的に発言してよいと思います。

演劇専用ではない多目的ホールの場合は、特に注意が必要です。多目的ホールの場合、展示会やレセプションにも使用出来るよう、平土間にロールバック客席とスタッキングチェアを併用するところが多いと思いますが、ロールバック客席の勾配は予め決まっていますので、スタッキングチェアを並べる平土間部分が広すぎて舞台面が低いと、「縦の見切れ」が発生します。ロールバック客席の中には、設置位置を変更出来る全体移動式のものもありますので、理想はロールバック客席全体を舞台に近づけ、スタッキングチェアは数列に抑えることですが、どうしてもキャパを優先してしまいがちです。諸事情で多目的ホールを使わざるを得ない場合は、過去の演劇での使用例を確認し、舞台面を上げたりキャパを減らす判断が必要になるでしょう。舞台面を上げすぎると、今度は客席前方から見えにくくなりますので、前方を潰す決断も必要です。

見切れに備えた票券管理と客席設営

全席自由なら見切れ対策は時間的余裕がありますが、全席指定の場合は票券管理の段階から見切れを意識しなければなりません。まず、舞台の形式と張り出しの有無を決めます。プロセニアム形式以外や舞台を客席に張り出す場合は、それによって客席配置が変わりますので、最低限これを固める必要があります。

次に、「横の見切れ」に備えて両端の一定部分を販売保留し、装置が組み上がってから判断することにします。小劇場では音響卓を客席に下ろすことも多いのでPA席も確保し、招待席、事故席(予備席)、ビデオ席、立会席(監視席)などを除いてからプレイガイドに配券していきます。これらの席が余った場合は当日券に回せばよいのですから、少なくて心配するより、多少ゆとりをもって設定するとよいでしょう。

劇場入りしてからは、保留している席からの見え方を自分の目で確認します。装置に遮られて見えないと判断すれば、そのまま席を潰します。全席指定の場合はそのままで構いませんが、全席自由の場合は観客がそこに座らないよう、イス自体を取り除いたり、固定イスなら雑黒で覆ったり紐で規制します。多少見えにくいが販売可能と判断した場合は、見切れ席として値下げ販売します。当然ながら、見切れるシーンがあることを充分説明して、同意した観客のみに販売します。前売段階で販売可能と判断した場合も、「注釈付きS席」などではなく、理由を明記した別券種として値下げ販売すべきだと思います。

「縦の見切れ」については、舞台打ち合わせの段階で対応すべきことなので、小屋入りしてから出来ることは限られますが、小劇場で多く見られる平土間での仮設客席の場合は、とにかく仮設客席自体を早めに組むことです。すでに組んであるものをそのまま使用する場合はよいですが、新たに組む場合は仕込みや場当たりのスケジュールがタイトになって、客席設営が後手後手に回りがちです。ゲネが終わってから本番直前に客席を組むこともあるでしょう。これでは、制作者は見切れ防止の客席チェックが出来ません。客席は遅くともゲネ前に組むよう舞台監督に依頼し、ゲネを通じて最終チェックが出来るようにしましょう。

仮設客席は制作者自身が場所を変えて座り、前に座高のある観客が座った場合を想定しながら見え方をイメージします。俳優が制作者を兼ね、当日運営を外注しているユニットなどの場合、このチェックをする人材が不在のケースもあるのではないでしょうか。どんなに人手が足りなくても、分担を決めてこのチェックをしてください。同じ高さが続いている場合は平台をかませて段差をつけられないか、イスの配列は千鳥・平行のどちらがいいのか、開場ギリギリまで最善を尽くしてください。見えにくいシーンが予想される場合は、全席自由なら場内整理の際に見え方をアナウンスして、観客を適切な位置に誘導しましょう。

見切れ防止の客席チェックは、ナレッジ「当日運営の業務委託範囲確認シート」では「その他」⇒「特殊対応」⇒「見切れ席の確認」で示しています。分担を決めるのに活用してください。

見やすさと安全の両立

見やすい仮設客席をつくるということは、客席に段差を設けることにほかなりません。一度組んでしまった舞台面を変更するのは困難ですので、客席側で調整することも多くなるでしょう。客席を上げた場合、どうしても段差が増えることになり、入退場で観客がつまづくことも予想されます。客席後方は高さが天井近くになり、頭上も注意が必要になるかも知れません。

客席に高さを確保しても、観客の安全が図れないなら元も子もありません。通路と客席の段差は出来るだけなくし、通路自体の段差は段鼻に白ガムを貼るなどして目立たせます。天井などにぶつかる可能性がある場合は、クッション材などを貼る手もありますが、照明で高熱になることもありますので、スタッフと充分打ち合わせが必要です。危険な場所は「足元注意」「頭上注意」の掲示に加え、入退場時は誘導係が声を出して注意を喚起しましょう。

「足元注意」「頭上注意」「段差あり」の注意掲示は、ナレッジ「公演期間中に役立つツール・テンプレート」からダウンロード出来ます。

後ろ面に寸角を

高い場所に置かれたイスは、左右や後ろに落ちないよう、手すりだけでなく、脚がそれ以上動かないよう、後ろつらなどに寸角を打ちます。観客が仮設客席の下に物を落とさないよう、蹴込みもふさげばベストでしょう。脚元の寸角がない仮設客席も見かけますが、観客にとっては安心感に雲泥の差が生じます。

演劇を〈ラジオドラマ状態〉にしない

「縦の見切れ」が客席側の対応で改善しない場合は、たとえ本番が迫っていても演出家に依頼し、アクティングエリアを変えてもらうしかないと思います。ミザンスは変わり、照明もシュートのやり直しになりますが、観客に〈ラジオドラマ状態〉の作品を届けないためには、こうするしかないと思います。高いチケット代を払って〈ラジオドラマ状態〉が長ければ、観客が返金を求めることもあると思います。

「縦の見切れ」は観客の個人差も多く、つくり手の側が「横の見切れ」ほど向き合ってこなかったと思います。私自身は90年代に小劇場演劇でほぼ全編〈ラジオドラマ状態〉の作品に出会い、作品自体の完成度とそれを観客に届けることは全く別物であると痛感しました。この体験があったからこそ、自分がプロデュースする公演ではここに書いてきたことを実践してきたつもりです。〈最初の観客〉でもある制作者は、ぜひ「縦の見切れ」に真摯に向き合ってください。