●長期連載です。2015年に掲載した(予告)から順にお読みいただけます。
演劇の新作をオススメするのは至難の業です。戯曲の完成が遅れて稽古と同時進行になっているような現場では、主催者側も初日が開かないと出来がわからない現場もあります。興行上、それなりの魅力を広報宣伝しますが、本当のところはわかりません。外部のメディアやプレイガイドが伝えるプレビュー記事も、あくまで予想に過ぎません。
そこを自分なりの基準で判断するのが演劇の醍醐味の一つでしたが、チケット代が大幅に上昇し、タイムパフォーマンスを重視する風潮が高まった現在では、なにか別の指標があってもよいのではないかと思います。そのとき、出演する俳優がその役割を果たしてくれるのではないかと考えました。
俳優と言えば、すぐに「推し」を連想する方もいると思いますが、「推し」とは言えないけれど、その人が出演することで作品への信頼が増す俳優が存在すると思います。作品を選んで出演していると想像出来る場合、「この人がオファーを受けたのであれば、作品内容も期待出来るのでは」と思わせる存在です。
こう書くと主役やベテランをイメージするかも知れませんが、脇役や若手であっても、「この人が出ている作品は一味違う」「この人が出るなら現場は健全だろう」と感じさせる俳優はいると思います。私も、「推し」のようにその人が出ていることが観劇の決め手にはならないけれど、「他の作品より優先順位を上げたい」と思わせる俳優はたくさんいます。
もちろん、中にはオファーをすべて受ける主義の俳優もいるでしょう。場数を経験したい中堅までは特にそうかも知れません。一方で、稽古期間も含めると全員に充分なギャランティが支払われているとは言えない演劇界で、貴重な数か月を懸けるに値するかどうかを真剣に選んでいる俳優もまた少なくないはずです。
信頼出来る俳優が出演だけでなく、ドラマトゥルク(ドラマターグ)や演出助手も手掛ける場合はより注目でしょう。その戯曲が魅力的だからこそ引き受けたのでしょうから、クオリティを高めてくれるはずです。そうしたクレジットを見逃さないことも、自分に合った作品を探すときは重要だと思います。
そもそも、普段演劇を観ない人は舞台俳優の名前を知りません。出演者のプロフィールが書かれていても、そこに書かれている情報だけでは、演劇界の立ち位置を実感出来ないはずです。テレビドラマの出演者を見て、「この人がしっかり脇を固めているのね」とわかる感覚が、初めて観るジャンルでは得られないのです。演劇界の土地勘がないわけです。
こうした作品内容に加えて俳優がわからないことが、初めての方が作品を選びにくい理由になっています。これまで演劇界は出演者の魅力を語ることはしてきましたが、作品選びの指標になる注目の俳優を紹介したらどうかと考えたわけです。例えば、小劇場界で光石研氏の役割を担っている俳優のリストがあれば、一つの指標になるのではないでしょうか。
私自身の最近の例を挙げますと、昨年ウンゲツィーファ『8hのメビウス』、コンプソンズ『岸辺のベストアルバム!!』に出演した近藤強氏(青年団)に衝撃を受けました。「推し」とは異なるので、近藤氏が出るからと言って必ず観るわけではありませんが、近藤氏が若手ユニットに出演する場合は気をつけようと思いました。知人にも「近藤強氏が出る場合は、一つの指標になる」と伝えました。ほかにも映画監督の辻凪子氏が舞台出演するときは要注意など、観客の方なら自分なりの注意リストがいくらでもつくれると思います。
それぞれの観客が注意リストを公開し、今後の出演作にリンクすれば、なにを観ればよいかわからない方への新しいガイドブックになるでしょう。作品の枠を超えた紹介なので、これは利害関係のない第三者にしか出来ないことだと思います。作品の情報が足りなければ、参考となる知見を周囲が共有し合う。他の成熟したジャンルはそれ自体がビジネスになっていますが、演劇の場合はまずは観客を増やすこと。インターネットなら可能だと思います。
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