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チケットの前売料金と当日料金で価格差をつけるかつけないかは、それぞれのカンパニーが独自に決めればよいことで、特に問題にすべきことではない。しかし、小劇場界では観客の利便性を考えて同一料金にすべきだという主張があり、そこには価格差を設けているカンパニーへの誤解が含まれているのではないかと感じている。

これは単に料金だけの問題ではなく、観客に対するサービスとはなにかを考える最適なテーマなので、私は制作講座などで好んで取り上げてきた。受講者を同一料金派と価格差派に分け、ディベートをさせたことも多い。その議論や各カンパニーの意識を元に導いた結論として、次のようなことが言えるのではないかと思う。

  • 同一料金派は、前売料金が「本来の料金」だと思っていて、当日料金が前売料金より高い場合は、それを「値上げした」と思っている。
  • 価格差派は、当日料金が「本来の料金」だと思っていて、前売料金は事前購入されたお客様への「特別割引」だと思っている。

両者は基準となる「本来の料金」が異なっている。出発点が違うわけだから、このことを互いに理解し合わないと、そこから先の建設的な議論に進むことは難しいだろう。同一料金派の論者は、価格差派が観客の立場になっていないと批判することが多いが、価格差派は事前購入する観客へのサービスを第一に考えているのだ。そのことを踏まえた上で、観劇人口を増やすためのサービスとはなにかを考えていくべきだろう。

私自身は価格差派なので、その立場から意見を述べさせていただくと、演劇などの興行は他のサービス産業と少し性格が異なるのではないかと感じている。例えば、利用者がサービスを享受するという点では、交通機関もホテルも美容院も同じである。しかし、演劇のように定められた日時に行かないとダメかというと、決してそうではない。満員で利用出来ないことはあっても、交通機関やホテルや美容院そのものは営業を続け、別の便や別の機会に利用することが可能だ。これに対し演劇は、短い公演期間が終われば、公演そのものが世の中から消えてなくなる。利用者の都合に関係なく、サービスの実体そのものがなくなってしまうのだ。

期間限定のサービスに利用者側が都合を合わせるという点が、興行の特殊性である。その制約を了解していただいて前売券を購入されたお客様には、感謝の意味で料金を特別割引したいと考えるのである。当日券のお客様も都合を合わせるという意味では同じだが、公演前からその日時を空けていただいている前売券のお客様とは重みが違う。仕事が入るかも知れないし、当日の体調や天候もわからない。そうした万難を排して来ていただけるというリスクヘッジの代償として、前売料金は当日料金よりずいぶん安くしてもいいのではないかというのが、私個人の考えである。

たかが演劇を観るぐらいでリスクヘッジなど大げさだという批判はあるだろうし、そうしたリスクそのものを減らさないと観劇人口が増えないという指摘もあると思う。それは開演時間を遅くしたり、社会人向けの前日予約システムを実施したり、手数料なしでキャンセル出来る仕組みをつくるなど、別の次元で考慮されるべきことであり、前売券購入に対する感謝の気持ちを価格差で示すことをなんら否定するものではないと思う。

私が残念なのは、価格差の問題がこうしたサービスの本質面での突っ込んだ議論にならず、同一料金派の中に「早くお金が欲しいから前売料金を安くしている」という批判があることである。考えればすぐわかることだが、プレイガイドからの入金は公演後なので料金は全く関係ない。手売りも顔馴染みだからこそ公演直前にならないと売れない。そうした考え自体が、価格差派の思慮を理解しない短絡的なものだということに気づいていただきたい。