Pocket

どれだけ情報を伝えられるか

全席自由の公演で、開場前にお客様にお並びいただく際に最も重要なことは、出来るだけ情報を伝えることです。情報が多いほど、お客様の疑問や不安は少なくなります。

情報はスタッフの側から積極的に発信していかねばなりません。お客様から尋ねられるようでは遅すぎます。制作者やお手伝いさんが情報を持っていたとしても、それを声に出してお客様に伝えることが出来なければ、なんの意味もありません。これは劇場に限ったことではなく、他の接客業にも共通して言えることだと思います。自分たちが接客に従事していることを自覚し、お客様になにを伝えなければならないかを考えてみてください。そうした視点で客入れの現場を見直してみると、黙って立っているだけのスタッフがまだまだ多いのではないでしょうか。

例えば電車がトラブルで止まってしまったとします。優れた車掌なら車内放送で随時状況や復旧の見込みを説明しますが、ほとんどなにも言わない人もいます。事実関係が不明なら、隠さずにいま調査中であることを伝えればいいわけで、なにも言わないというのは最悪の選択です。たとえ新しい情報が入ってこなくても、車掌としての経験から考え得る対応を放送すればいいわけで、いかに乗客の不安を軽減するかという努力が欠けています。飛行機が揺れたときも同じです。気の利く機長なら、自ら客室に気流の状態をアナウンスして不安の解消に努めますが、客室乗務員に任せきりの人もいます。乗客の立場として、どちらがより安心と信頼を寄せるかは言うまでもないでしょう。

交通機関の例で説明しましたが、客入れも全く同じではないでしょうか。お客様の立場になり、お客様が必要と感じている情報を先手を打って提供していく。これが客並ばせのテクニックそのものだと思います。

必要な情報

客並ばせでまず必要な情報は、どこにどうやって並んでいただくかです。チケットの種類やプレイガイドによって異なる位置を、開場までのあいだ、繰り返しアナウンスすることが大切です。お客様は開場時間に合わせて少しずつ集合しますから、最初に言うだけではダメです。お客様が増えるたびに、何度でもアナウンスしましょう。

例)前売券のお客様は、こちらを先頭に整理番号1番の方から2列でお並びいただいております。××側がチケットぴあ、××側が劇団発行チケットとなっております。整理番号はチケット右下に予め印刷されておりますので、ご確認ください。

××にはわかりやすい目印を入れます。例えば歩道に並ぶ場合は、「歩道側」「車道側」という具合になります。「右側」「左側」という言い方は基準によって逆になりますので、避けたほうがいいでしょう。もちろん、そうしている間にも当日券、当日精算券、招待券の方も来られるわけで、前売券以外の方へのアナウンスも適時織り交ぜる必要があります。

例)前売券以外のお客様は、まず前方の受付にお越しください。当日券、当日精算券、招待券のお客様、前方の受付にお越しください。

当日券や招待券のお客様が、受付後にどこで待機していただくかも問題になります。まず受付スタッフがはっきり待機場所をご案内した上で、間違って前売券の列に加わらないよう、客入れスタッフが声を掛ける必要があります。もちろん、前売券の方と同時入場になるカンパニーの場合は、この限りではありません。

例)こちらは前売券の方の列となっております。招待券をお持ちのお客様は××でお待ちください。当日券をお持ちのお客様は、前売券の方がご入場されたあとの×時×分からご入場いただきますので、いましばらく××でお待ちください。

チケットの種類や混雑具合、待機場所の有無などによって内容は臨機応変にする必要がありますが、大切なのはすべてのお客様に、自分がどう並んだらいいのかという情報を絶えず送り続けることです。もちろん全員に聞こえる大きな声を出す必要がありますから、客入れでは台詞量の多い俳優に匹敵するほど喉を酷使します。長期間の公演では声が枯れてきます。本当に大変な業務です。

客並ばせの列が長くなった場合、何番がどの辺あたりかという情報が非常に重要になってきます。もちろん、「前後のお客様の整理番号をご覧になって、ご自分の位置にお並びください」というアナウンスはすると思いますが、それだけではなかなか動いてくれません。適当な場所にお客様が固まるようになり、動線が確保出来ずに大混雑してしまいます。客入れスタッフは、事前に何番がどの辺あたりになるかを計算しておき(あるいは制作者から指示を仰ぎ)、お客様を適切に誘導する必要があります。

例)×番台のお客様は、こちらの××からお並びください。×番台のお客様は、こちらの××が目印になります。×番台になりますと、あちらの××のところでお待ちいただくとちょうどいいと思います。

最初は目算が狂うかも知れませんが、2ステージ目からはかなり正確に誘導が出来るはずです。逆にこうした誘導が出来ないとしたら、その客入れスタッフの能力が疑われることになるでしょう。制作者は、客入れスタッフがこうした点をきちんとマスターしているか、毎ステージのチェックを怠るべきではありません。

劇場によっては、通路や階段に「×番?」という表示を最初からしているところもあります。劇場の許可を得て、カンパニーが臨時の表示をすることも可能でしょう。そうした表示が出来ない場合、私はお客様に「×番?」と書いたプラカードを掲げていただいたこともあります。これは90年の利賀フェスティバルで目撃し、感心して私が制作していた劇団に採用させていただきました。お客様にお願いするのは失礼な行為かも知れませんが、スムーズな入場はお客様自身も望んでいることで、笑顔で協力していただけたのがほとんどでした。難しい客入れが予想される劇場を使うカンパニーは、こうしたプラカードを用意しておくのも有効な手段だと思います。

チケットをお持ちのお客様が、客入れスタッフに「この番号はどこですか」と尋ねられる場合も多いと思います。こんなときは、そのお客様をご案内すると同時に、周囲にそこが何番であるかを知らせる絶好のチャンスです。大声でこうアナウンスしましょう。

例)ただいま、こちらが×番のお客様となっております。×番前後のお客様、こちらが×番ですので、よろしくお願いいたします。

客入れの時間は限られています。必要な情報を行き渡らせるために、一人のお客様の相手をしながら、結果的にそれが他のお客様にも役立つような言い方を心掛けましょう。例えば、受付で小さい声で料金を言っていたのでは、全員に同じことを繰り返さねばなりません。そうではなく、最初に全員に聞こえるよう大声で料金を言えば、2番目以降のお客様も料金がわかり、予め財布を出して払う準備をしてくれます。これだけの配慮で、受付の処理時間がぐんと短縮出来るのです。そうした情報を共有するセンスというものが、フロントスタッフには強く求められるのです。

開場が遅れたときこそ、腕の見せどころ

こうしてなんとか客並ばせが完了し、あとは開場を待つだけになったとします。ここで場内にトラブルが発生し、開場時間が押した(延びた)場合はどうなるでしょう。初日などで開場準備が間に合わなかったり、2ステージ目以降も機材の故障などでありがちな事態だと思います。最初に例を挙げた交通機関とまさに同じケースです。

お客様にとっては、開場が遅れるというのは大変な苦痛です。客入れスタッフは、お客様に開場の遅れをお詫びしつつ、誠実な状況説明をしなければなりません。通常は制作者が舞台監督と協議し、その対応をフロントスタッフに連絡するはずです。客入れスタッフも、それに応じたわかりやすい説明をお客様にすればいいと思います。例えば初日なら、こうした説明でいいでしょう。

例)ただいま、場内では開場のための最終準備を行なっております。公演初日につき、機材の整備に万全を期すため、申し訳ございませんがもう少しだけお時間をいただいております。準備が済みしだい、整理番号順にお客様をご案内いたしますので、いましばらくお待ちください。

これは飛行機の離陸遅延のアナウンスと全く同じ趣旨です。飛行機の場合、機材の最終点検という理由で搭乗が遅れることが少なくありません。点検に時間がかかっているのは、その時点では仕方のない事実なのですから、誠意を持ってお客様に説明し、お待ちいただくことが大切でしょう。機材のトラブルが発生した場合は、こういう説明もあります。

例)お客様に申し上げます。ただいま舞台照明の一部にトラブルが見つかり、部品の交換をしております。たいへん申し訳ございませんが、完璧な状態で作品を楽しんでいただくため、10分ほど開場時間を遅らせていただきます。交換が早めに終わることもございますので、どうかこのままの状態でお待ちください。場内の状況については、進捗がありしだいご報告させていただきます。

ここまで言わなくてもいいのではないか、という意見もあるかも知れません。トラブルがあったことを観客に知らせるのはどうか、という意見もあるでしょう。しかし、私が観客の立場ならここまで言ってほしいし、納得出来る理由を知らされぬまま10分も待たされたのでは、そのカンパニーの客入れを失格と思うでしょう。演劇はライブですから、ある程度のトラブルは付き物です。お客様も、誠意ある対応がある場合は寛大な態度だと思います。トラブルのときにこそ、どれだけ情報を伝えられるかの手腕が問われるのです。