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当日精算の無断キャンセルは、当日精算という仕組みを導入している限り発生し得る問題だ。まとまった枚数のキャンセルが起こるたび、ネット上では是非が論じられている。fringeでは、昨年8月に発生した「京都学生演劇祭2015」での意図的な大量キャンセル事件以来、その動向に注目して次の記事を掲載してきた。

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「京都学生演劇祭2015」の大量キャンセルを契機に、観客が有利すぎる当日精算の在り方を見直すナカゴー、笑の内閣、時間堂。当日精算から前売への移行が容易になった現在、あともう一歩を踏み出そう

ここでは当日精算の原点に立ち戻り、その成り立ちと、なぜ現在のような姿になったのかを考察する。制作者は自分自身の考えでしっかりと票券管理の方法を選択し、理論武装出来るようにしてほしい。「周囲がやっているから」「先輩から引き継いだから」ではなく、いま自分たちの団体でどの仕組みが最良なのかを考えてほしい。


ネット上の当日精算は、この10年ほどで広まった新しい仕組みだ。無料または安価な票券管理システム、スマートフォン、SNSの普及が要因だが、それ以前は当日精算という考え方自体が現在とは異なっていた。

1990年代前半まで、小劇場演劇では紙の「当日精算券」が一般的に使われていた。これを持参すれば前売料金になるもので、一種のクーポン券だ。チケットではないので、公演後半になると当日精算券があっても入れない場合があった。当時は観客の来場日時を事前に把握する方法がなかったのだ。このため観客を分散させようと、公演期間前半のみ有効の当日精算券も考案された。

前売券自体も、日時指定ではなく期間中有効が多かった。「事前に予定が立たない」という観客が多く、前売券を買ってもらうためには期間中有効にせざるを得なかったのだ。劇場のキャパは決まっているので、特定の回に前売客が集中すると当日券を出せない。千秋楽に前売客が集中して入りきれず、バラシをやめて急遽追加公演をするケースもあった。

前売券は手売りが基本だったが、関係者が全ステージのチケットを持ち歩くことは物理的に難しい。このため、注文を聞いてからチケットを用意することになり、機動的な販売が出来ない。これを解決するにはプレイガイドを使うしかないが、コンビニ発券の仕組みがなかった当時は店舗数が限られ、ハードルが高かった。期間中有効の前売券を販売するしかなかったのだ。

当時の小劇場は桟敷席が多く、消防法の規制も緩かった。観客であふれかえっても、「よいしょ」の掛け声で詰めればなんとかなったが、小劇場ブームで動員が増えていくと、観客も確実に観劇したいと考えるようになり、制作者もスムーズな公演運営を模索するようになった。こうして次の流れが生まれていく。

  • 前売券を期間中有効から日時指定に(=その日時の座席を確保する)
     ↓
  • プレイガイドに発券委託(=当日精算券からプレイガイドへ移行する)
     ↓
  • 整理番号付きチケットに(=当日の受付を不要にする)

プレイガイドへの委託自体は当時から行なわれていたが、これは情報誌『ぴあ』が公演情報を網羅的に掲載する編集で、委託していれば自動的に掲載されたためだ。このため、全く売れなくても登録料を払って委託するカンパニーが多かった。

遊◎機械/全自動シアター『ベビールーム』

この考えを改め、プレイガイドの機能を使って「日時指定・整理番号付きチケット」にすることで、観客が開場時間直前に行けば、そのまま並んで入れるチケットにしたのだ。一度この流れが出来てしまえば、中劇場へ進出する際も整理番号から指定席に変更するだけなので、非常にスムーズだ。観客にとっても、仕事帰りに安心確実に観劇出来る仕組みが整ったわけで、小劇場における票券管理のターニングポイントだった。全席自由のチケットに整理番号を印字するというアイデアは画期的で、筆者が当時在住していた関西で最初に見たのは、遊◎機械/全自動シアター『ベビールーム』(1988/9/2~9/7、大阪・扇町ミュージアムスクエア)だった。制作者は梅田潤一氏(現・新国立劇場運営財団)。これが数年かけて全国に広まったのだ。

このように、制作者は事前に来場日時を決めてもらうために苦労し、様々な工夫をしてきた。票券管理システムで日時を決めてもらえるようになったのなら、事前決済まで進むのが本来の流れではないだろうか。システムで予約しているのに、当日受付を再度しなければならない点も、90年代に比べて逆行しているように感じる。


次に、当日精算券ではない「当日精算」だが、現在は事前に座席を確保した上で、当日受付で支払うことを意味している。チケットを当日渡すため、「取り置き」とも呼ばれる。これは元々身内客など、限られた観客へのサービスだった。

当日精算という支払方法自体は小劇場演劇の初期から存在するが、前述のとおり90年代前半までは前売券でさえ期間中有効だったので、事前に座席を確保することと同義ではなかった。身内客の場合、「公演期間のどこかで観るから、そのときは前売料金にする」程度の取り決めだった。一般客向けに日時を決めた電話予約を受け付ける公演もあったが、そもそも電話予約は劇団事務所にスタッフが常駐しているか、提携公演で劇場でもチケットを扱う場合以外は対応が難しい。このため、あまり一般的な方法ではなかった。

90年代前半から「日時指定・整理番号付きチケット」が広まり、日時別の票券管理が必要になると、対応が難しかった一般客向けの電話予約は廃れていった。一般客はプレイガイドの利用が原則となった。直前まで予定が立てられない社会人向けに、「前日予約」のような電話予約を設ける公演もあったが、これも特定の人気公演に限られた。一般客は、小劇場公演でも普通に事前決済していたのだ。

これに対し、身内客に対する取り置きは盛んになった。チケットが日時指定になったので、関係者が手売りする際も手持ちがない。「プレイガイドで買ってください」とも言えない。このため、公演前までにチケットの受け渡しが難しい場合は、受付での取り置きになった。事前に座席を確保した上で、当日受付で支払うもので、これが現在ネット上で行なわれている当日精算と同じ概念だ。

身内客に対する取り置き(当日精算)は、相手が顔の見える友人知人だ。関係者を介しての予約なので、無断キャンセルは少ない。仮にあったとしても、後日関係者を通じて事情を確認することが出来る。その意味で一定の歯止めがかかっていたのだ。


2000年代前半になると、サイト上で使える簡易な予約フォームが登場した。fringeでも02年に読者が開発した「小劇場用予約フォームCGI」を無償公開し、ガラケーにも対応したシステムとして、多数の公演で利用いただいた。

プレイガイドに委託せずに自力で票券管理が出来るシステムは、制作者が待ち望んでいたもので、特にプレイガイドで販売終了してから公演前日までの期間を埋めるツールとして期待された。プレイガイドは最終返券の都合で早めに販売終了するが、公演前日まで前売券は売りたい。この場合は電話しか対応方法がないが、小屋入りした多忙な制作者にとって、自動的に予約を受けられるシステムが必要だった。

その後、高機能な担当者別の集計機能を持った現在の票券管理システムが登場する。身内客に対する手売りを支援するもので、担当者別の予約フォームを用意することで、身内客に直接予約してもらうことが可能になった。スマートフォンの普及に伴い、「プレイガイドで買ってください」と言えなかった身内客に対し、URLを伝えるだけで同じことが可能になったのである。

担当者別のURLをブログやSNSで周知すれば、身内客以外でも予約が可能になる。手売りを拡大するには手っ取り早い方法で、チケットノルマやバックマージンがある場合はありがたいだろう。だが、ここで注意すべきなのは、顔の見えない一般客にも当日精算が適用されることだ。無断キャンセルのリスクを考えると、身内客は当日精算、一般客は銀行振込のように支払方法を分けるべきではないか。予約フォームの種類をきちんと管理し、用途に応じてコントロールすれば可能なはずで、便利になったシステムをいかに使いこなすかが問われていると思う。

票券管理の歴史を見ると、ネットやスマートフォンがない時代に、来場日時を決めてもらうことが大変だったことがわかる。現在の票券管理システムは最初に日時指定するのが前提で、その瞬間に座席が確保される。ならば当日精算ではなく、そのまま事前決済まで処理すればいいはずだが、なぜ多くの制作者は決済機能のないシステムで満足しているのだろう。プレイガイドで高額だった手数料も下がり、「演劇パス」ならクレジットカード決済で手数料無料(要チケットプレゼント2枚)、「LivePocket-Ticket-」なら手数料5%で携帯キャリア決済が使える。携帯キャリア決済はチケット代が携帯電話料金と共に支払われるもので、クレジットカード不要だ。担当者別フォームがつくれないのが課題なら、劇団扱い(一般客向け)だけをこれらのシステムに切り替えることから始めればよい。

システムや仕組みを変更することに消極的な制作者も多いが、どんな優れたシステムも慣れないうちは苦痛に感じるものだ。しかし、それを恐れていてはなにも変えることが出来ない。制作者が「雑用係」と呼ばれてしまうのも、従来の方法をあまり変えようとせず、合理化や新しい仕組みの導入に取り組まない面が影響しているのではないだろうか。これだけ新しいシステムが普及しているのだ。勇気を持って一歩を踏み出してほしい。


筆者自身も観客の立場だと、当日精算が便利すぎて、用意されているとほぼ利用してしまう。観劇のハードルを下げてくれることは確かだ。このため、知名度の低いカンパニーがお試しで観劇を訴える場合や、プレイガイド販売終了後の直前予約に利用するなど、特性とリスクを理解した上でなら、広く活用すればよいと思う。小規模な会場で、当日精算で受付が混雑しても確実にオンタイム開演出来るのなら、敢えて事前決済を導入する必要はないだろう。ただし、その場合でも一定のリスクヘッジは必要だ。

  1. 当日精算を前売券より高くする
  2. 開演5分前に予約解除
  3. 対象客を限定

時間堂『ゾーヤ・ペーリツのアパート』

1は当日精算を前売料金にする必要はないという考え方だ。座席を確保した上で当日受付で支払うのは、観客が有利すぎると思う。その意味で、当日料金と同じにしても納得する観客が多いはずだ。もし無断キャンセルがあったとしても、当日精算全体の売上がアップするので、キャンセル分の損失補填になる。今年3月に有限会社レトロインク(東京都三鷹市)が行なったオンラインアンケートによると、当日精算の連絡なしキャンセルは10%だという。時間堂『ゾーヤ・ペーリツのアパート』(7/29~7/31、東京・東京芸術劇場シアターウエスト)は前売4,500円/当日精算5,000円にしており、ちょうど10%アップだ。

2は開場5分前までに受付を済ませない場合は、当日精算の予約を解除して当日券として販売するもの。この旨を予め観客に伝えておけば、問題ないだろう。遅れてでも行く場合は、電話連絡を義務づければよい。こうすれば、無断キャンセルで空席なのに当日客に販売出来ない事態は避けられるだろう。

3は一般客を対象にする場合でも、従来の当日精算の考え方に立ち戻り、もう少し顔の見える相手に絞るというもの。SNSの普及に伴い、身内客とファンの線引きが困難になっているのかも知れないが、例えば観客名簿に登録された方だけにパスワードをメールやダイレクトメッセージで周知し、それがないと予約出来ないようにすればいい。「観客名簿に登録」⇒「郵便物が届いている」⇒「氏名・現住所を把握している」わけで、一定の抑止力になるのではないか。