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手売りには必ず限界がある

どんなカンパニーも旗揚げ時は手売りからスタートします。全く無名のカンパニーがプレイガイドに配券しても、誰も買わないからです。けれど、劇団員の友人知人は無尽蔵にいるわけではありません。公演を重ねるごとに増えるわけではなく、むしろ稽古や作業(タタキや衣裳製作)の時間に追われ、友人知人と直接会ってチケット販売する時間が取れなくなっていきます。その結果、公演当日に代金を回収する当日精算が多くなったり、劇団員が振込手数料を負担して銀行振込してもらうなど、なんのために手売りをしているのかわからない状態に陥ります。

手売りの目的は下記の2点ですが、これが出来ないのなら、手売りをする意味がありません。また、手売りのために稽古や作業の時間が不足するのも本末転倒です。

  1. 公演前に収入を確保し、公演準備に充当する。
  2. プレイガイドの委託手数料を削減する。

だったら、なにも手売りに固執することはなく、チケットはプレイガイド中心に販売したらいいと思います。間違えないでほしいのは、劇団員がチケットを売らなくてもいいと言っているのでありません。劇団員はこれまでどおり、友人知人には声掛けします。ただし、直接会ってチケットの受け渡しをするのではなく、電話やメールでお願いして、実際の購入はプレイガイドで行なってもらうのです。

チケットノルマを設けている場合でも、観客が半券の裏などに劇団員の名前を書いておくことで、もぎり後の集計で誰の扱いかわかるはずです。事前にノルマの達成度を管理出来ませんが、手売りの場合も当日精算で来場しなければ同じことでしょう。友人知人なら事前の感触で、本当に購入してくれるかどうかわかるはずで、ある程度の把握は出来るでしょう。

プレイガイドの委託手数料や購入手数料に抵抗があるなら、現在は手数料が軽減された票券管理システムが次々と登場しています。カンパニーが直接登録してツールとして使うものですが、決済機能とコンビニエンスストアでの発券機能があるものを選べば、プレイガイドと遜色なく使えるでしょう。選択肢が大きく広がったわけですから、人手を介した手売りは代金が事前回収出来る場合に限り、あとは全廃してしまいましょう。

当日精算で必要な現金授受は、受付の大きな負担になります。当日精算をなくすことで、それまで2名必要だった受付スタッフを1名に減らせるとすれば、その人件費でプレイガイドの手数料は相殺出来るのではないでしょうか。

プレイガイドを使う意味

チケット販売をプレイガイドへ移行することは、少なくともチケットは日時指定になるということです。期間中有効のチケットも可能ですが、特定の回に観客が集中した場合に入場出来ない可能性があり、演劇の前売券とは呼べません。これは「当日精算券から前売券への移行」に詳しく書いていますので、お読みください。

日時指定チケットは整理番号を印字したり受付で整理券を発行して、整理番号順に入場させることが多いですが、これは桟敷中心の時代にやむを得ず行なっていた方法です。現在はイス席がほとんどだと思いますので、最初から全席指定に踏み切りましょう。なぜなら、全席指定こそがプレイガイドの存在と相まって、観客の意識と購買行動を変えていくものだからです。

全席指定にすると、当然ながら人気のある日時・座席から売れていきます。動員の少ない若手カンパニーであっても、平日より週末、後方や端より前方や中央から売れていきます。このとき重要なのは、この状況を出来るだけリアルに観客に情報提供することです。プレイガイドや票券管理システムで残席表示される○△×などの記号だけでなく、例えば前方の良席が少なくなってきたとか、中央で3席並びが取れるのはこの回しかないとか、座席配置図を見ながら具体的に紹介するのです。

いつ買っても差がないのなら、誰だってギリギリまで買いません。プレイガイドや票券管理システムは、残席状況をリアルタイムに紹介し、観客に購入を促すためにあるのです。最初から大きく枚数がさばけることはないでしょう。けれど、手売りを強制的にプレイガイドへ移行すれば、ある程度の枚数がプレイガイドで動いているように一般客には映ります。その動きで一般客も「この公演は注目されているんだな」と感じ、気に留めるようになります。もちろん、普段から残席状況をこまめにチェックする一般客は少ないので、カンパニーが積極的にアピールすることが必要です。

当日券や招待券に使用するチケットも、プレイガイドで原券印刷されたものにします。オリジナルチケットは廃止します。これにより、劇場内はプレイガイドのチケットを持っている人だけになります。この光景が一般客の目に入ることで、「みんなプレイガイドで買っているんだな」と実感させることになります。これで次回もプレイガイドで購入しようという気にさせるわけです。

プレイガイドに配券することは市場を広げること

遊気舎では、劇場をステップアップするのを契機に、手売りを強制的にプレイガイドへ移行し、オリジナルチケットの印刷を廃止しました。持参すれば前売料金になる当日精算券の配布も廃止しました。当時の小劇場は桟敷中心だったため、整理番号付き日時指定チケットの形式を取りましたが、それまで手売りしていた身内客には「整理番号が印字されるので、プレイガイドでないと買えない」と説明し、納得してもらいました。現在のようにコンビニエンスストアでチケットが購入出来ず、プレイガイドの店舗に行かなければ発券出来ない時代でしたので、ハードルが高いことがわかると思います。それでも、私は断行したのです。

当時の関西小劇場界は、情報誌『ぴあ』に確実に掲載してもらうためにチケットぴあに委託し、全く売れなくて当然という雰囲気でした。チケット・セゾン(現・イープラス)も小劇場系はほとんど扱っていませんでした。チケットぴあで1枚でも売れると大騒ぎで、カンパニーでニュースになるほどでした。だからこそ、私は小劇場でもプレイガイドで売れることを示したかったし、そのことによって劇団員に自信を持ってもらいたかったのです。

インターネットがない時代ですので、プレイガイドからFAXで届く週報を基に残席状況を稽古場で報告し、それを劇団員が身内客にフィードバックして早めの購入をお願いしました。混乱や不満もありましたが、これを繰り返して数公演を経ることで、「遊気舎のチケットはプレイガイドで購入するもの」という意識が観客と劇団員に広がり、数枚だったプレイガイド販売数が倍々ゲームで増えていきました。これにプレイガイド側も注目し、情報誌での扱いが大きくなったり、先行販売を持ちかけてくれるようになりました。プレイガイド側も単にチケットを売るだけではなく、市場で新しい興行主を育てたいわけで、よい相乗効果が生まれたと思います。

プレイガイドでチケットが売れるということは、広い興行の世界で作品を選んでくれた人がいるということです。手売りは発表会と変わりませんが、プレイガイドは公演として足を運んでくれているということです。これは創作活動を進める上で大きな意義があります。プレイガイドでチケットが売れるカンパニーというのは、興行面だけでなく芸術面でも重要なことではないでしょうか。

現在はネットでの選択肢が増え、必ずしもプレイガイドだけが正解ではないと思いますが、市場とつながる販売チャネルはなにかを常に考え、その中で存在感を示してほしいと思います。確かに手数料だけを考えると、決済機能や発券機能のない無料の票券管理システムが最もお得に思えるでしょう。けれど、それでは受付の負荷は減らないし、カンパニーの直売という閉じた世界にとどまっていることになります。これまで劇場に足を運ばなかった新しい観客を開拓したいのなら、もっと世界を広げるべきです。無料の票券管理システムは、あくまで創生期の若手カンパニーが過渡期に使用するもので、中堅カンパニーなら勇気をもって次のステップへ踏み出してほしいと思います。

取り置きチケットを広げた受付はもうやめよう

小劇場の受付を訪れると、いまだに机に予約客のチケットを広げた光景を目にします。無料の票券管理システムを使っているためですが、事前に決済と発券が完了し、全席指定のチケットを持った観客が来場することを徹底出来たら、小劇場の風景はもっと変わり、新しい風が吹くのではないでしょうか。

繰り返しになりますが、いまはイス席の小劇場がほとんどで、制作者に舞台配置の事前調整と票券管理の能力があれば、全席指定は可能なはずです。全席指定が出来れば、座席単位の販売状況を公開することで、いまより必ず売れ行きは早くなります。それが一般客の目に留めるように宣伝し、注目の公演であることを印象づけていくのです。カンパニーにも痛みは伴いますが、これこそが集客への外科手術と言えるでしょう。

当日精算を一般客にも行なっているうちは、キャパが増える中劇場での公演も困難です。受付スタッフを増やして対応しても、開演押しの原因になります。公演の幅を広げるためにも、受付の改革を進めましょう。

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