この記事は2001年3月に掲載されたものです。
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客入れ成功の秘訣
はじめに
全席自由の公演で制作者を最も悩ますのが、客入れです。様々なトラブルでカンパニーへの不満が生じるのも、この客入れの不手際からです。
私自身これまで制作者として、あるいは観客として、客入れで多くの経験をしてきました。他の制作者や劇場スタッフからも様々な意見を聞いてきました。そうして至った一つの結論をご紹介したいと思います。
お客様の疑問
客入れで大切なのは、必要な情報を的確にお客様に伝え、臨機応変な誘導が出来ることです。そのためには、まず客入れを担当するスタッフ自身が情報を把握し、起こり得る事態へ迅速に対応出来る予備知識を持っておく必要があります。
全席自由の公演は整理番号順に入場していただく場合が多いと思いますが、例えばその整理番号はプレイガイドによって異なるのか、異なる場合はどこへ並んだらいいのか、欠番が生じている場合はどうしたらいいのかなど、お客様を惑わす点がいくらでもあります。私は決して好ましいとは思いませんが、同じ整理番号なのに手売りをプレイガイドより先に入場させるカンパニーもあるようです。これもお客様にとっては納得が行かないでしょう。
このように、的確な説明と誘導がない限り、お客様は疑問だらけになってしまいます。このときフロントスタッフが的外れなことを言ったり、お客様の質問に答えられないようでは、カンパニーへの不信感が起きて当然ではないでしょうか。
ポイントはお手伝いさんの教育
ここで最大の問題は、フロントスタッフ全員が事情に精通している制作者とは限らないということです。普通のカンパニーでは、フロントに立てる制作者は1~3名がせいぜいでしょう。中には俳優兼任の制作者しかおらず、フロントにはカンパニーの人間が誰もいないという場合もあるでしょう。フロント業務には最低でも5~6名は必要でしょうから、不足する人数はどうしても外部の制作者やお手伝いさんに頼ることになります。
整理番号の付け方やプレイガイド別の並べ方、なぜそうしているかなどは一種の〈決め事〉ですから、それを決めたカンパニーの制作者から説明がない限り、外部の制作者やお手伝いさんにはわかりません。こうした細かい説明をせず、ただ単純に並べ方を教えているだけでは、お客様の質問や不測の事態に対応することは不可能でしょう。お客様には、カンパニーの制作者とお手伝いさんの区別はつきません。いちばん近いところにいるスタッフに尋ねるのが普通です。そこでの対応、第一印象がすべてを決めるのです。
ところが若手カンパニーの場合、外部の制作者やお手伝いさんは、友人の伝手などで〈お願いして来てもらっている存在〉です。教育をするのが立場的に難しかったり、そのための時間も取れないというのが実情でしょう。人気カンパニーになってくると、お手伝い希望者が多くて面接するくらいですから問題ないのですが、若手はここが大きな壁になってくると思います。ボランティアのお手伝いさんにどこまで要求出来るかということです。
お手伝いさんに自覚と責任を
ここで発想の転換が必要です。お手伝いさんはボランティアだから多くを要求出来ないというのではなく、ボランティアだからこそ自覚と責任を持ってもらうのです。そもそも小劇場演劇の多くは金銭的目的のために動いていません。表現したいことがあるからこそ、公演を行なっているはずです。お手伝いさんも友人知人だからという理由だけで参加しているのではなく、多少なりとも作品や演劇そのものに共感してくれているはずです。ならば報酬とは無関係に、スタッフの一員として責任を果たしてもらうべきではないでしょうか。
組織というのは、結局は一人一人の人間の集まりです。お客様にとっては、いま目の前で対応している一人が組織そのものであり、それでその組織の評価が決まります。カンパニーの制作者はお手伝いさんが自分たちの第一線にいる事実を認識し、もっと時間をかけて客入れのノウハウを教えるべきなのです。「なにかあったら私を呼んで」と言っているようではダメなのです。お手伝いさん自身に問題解決能力があって初めて、そのカンパニーの客入れは素晴らしいと評価されるのです。
お手伝いさんに教育すべきこと
整理番号順で入場する公演の場合、下記のような点をお手伝いさん全員に教育する必要があるでしょう。受付開始直前に来てもらったのでは、これだけの分量を教えることは不可能です。仕込み日に集合してもらって説明会を開いたり、本番日なら2時間前に来てもらって充分に説明する必要があるでしょう。
- 基本
- 笑顔
- 言葉遣い
- 声の大きさ
- スタッフの一員であることの自覚
- 全般
- フロントスタッフの役割分担
- 情報の伝達ルート
- 開場キュー・開演キューの出し方
- 客席の状況(客席スタイル、室温の具合)
- 定員と動員予測(それはどの程度混むことになるか)
- 劇場要件
- 上演時間(演出上の都合により伏せる場合はその理由)
- トイレ・公衆電話の場所
- 禁煙・飲食禁止の場所
- 携帯電話・写真ビデオ撮影の禁止
- (土足禁止の場合)靴をどうするか
- (雨天の場合)傘をどうするか
- 荷物・コートの預かりはどうするか
- 入場後の外出方法
- 面会希望への対応方法
- 客入れ方法
- チケットの種類・料金
- チケット別の入場方法(プレイガイド別に詳しく)
- 具体的にどこに並んだらいいか
- 何番がどの辺になるのかの目安
- 列が長くなったらどう声を掛けるか
- 列が混乱したらどう声を掛けるか
- 整理番号に欠番がある場合はどうするか
- 整理番号が重複していたらどう対応するか
- チケット紛失にどう対応するか
- 優先的に入場出来るのはどんな場合か
- 前売券で開場時刻に遅れてきたお客様への対応
- 当日券の発売方法
- 当日券をお待ちのお客様の待機方法
- 前売券のキャンセルを要求された場合の対応
- 開演時間に遅れてきたお客様への対応
- 客止めの時間・タイミング(暗転中のドア開閉防止のため)
- 最後に
- 答えられない質問をされた場合の対応
教えることで理解を深める
逆説的ですが、お手伝いさんを教育することは、カンパニーの制作者自身の理解をより深めるメリットがあります。他者に説明するためには、まず自分自身がその背景や必然性を完全に把握しておかねばなりません。普段あまり考えたことのないようなチケットや客入れの疑問を、初心者のお手伝いさんにわかりやすく説明することで、制作者自身の考えがまとめられていくはずです。お客様のとっさの質問にも答えられる理論武装が出来るのです。
演劇の世界には、なぜそうしているのかを理解せずに、「先輩がそうしていたから」「よそがやっているから」というだけで行なわれていることが少なくないような気がします。制作者は一つ一つの行為が持つ意味を深く考え、合理性がないことは改め、新しい方法を積極的に導入していくべきではないでしょうか。客入れはそれを試す絶好の機会なのです。