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はじめに

公演における受付の注意点ですが、これはなにも演劇に限ったことではありません。接客業なら業種を問わず通用することであり、制作者自身がお客様の立場になったときに、不快に感じることをしなければいいだけのことです。周囲への気配りがあり、普通にマナーを身に着けている人なら、難しいことはなにもないでしょう。

ただし、演劇の場合は開演間際の限られた時間に多数のお客様が集中します。飲食業におけるランチタイムのようなものです。そこで求められることは、いかに早くスマートに対応出来るかです。ここでは受付で目にする問題点を挙げながら、合理的な受付オペレーションの極意を紹介していきます。

「劇団員に誰かお知り合いはいませんか」は絶対に禁句

「身内客から一般客へ移行するためのロードマップ」でも強調していますが、当日券のお客様に「劇団員に誰かお知り合いはいませんか」などと、絶対に尋ねてはいけません。チケットノルマがある場合に、受付スタッフが少しでもメンバーのノルマを減らしてやろうという好意から尋ねているようですが、余計なお世話以外の何物でもありません。絶対に禁句です。

この言葉がフリーで来場されているお客様の神経をいかに逆なでるものか、よく考えてみてください。カンパニーの今後にとって非常に重要なフリーのお客様に知人の有無を尋ね、いないと答えると当日料金にしてしまうのですから。お客様は受付に並んでいるあいだに他のやり取りも目撃しているでしょうから、知人がいると答えると当日精算になることに気づきます。知人がいるというだけで露骨な差額料金を設ける、なんと身内意識の強い集団だろうと思われて当然でしょう。これでは公演というより発表会と思われても仕方ないでしょう。どうしてもノルマに反映させたければ、お客様のほうから「○○のチケットで」と言うように徹底してもらい、言わなければ自動的に当日券になるようにすべきです。これが出来ないカンパニーは、淘汰されても仕方ないでしょう。

一人のお客様へのベストが全体のベストとは限らない

受付に時間がかかる要因としては、現金のやり取り、チケットへの記入、差し入れ、指定席の場合の座席選びがあります。これらをいかに短縮するかが重要です。

現金に関しては、受付の順番が来てからお客様がお金を用意することが問題です。受付スタッフや案内スタッフは、並んでいるお客様全員に聞こえるよう、「当日券は××円、ご予約のあるお客様は××円になります。予めお手元にご用意ください」とアナウンスしましょう。ここでのポイントは、当日精算ではなく「ご予約のあるお客様」という言い方にすることです。露骨に当日精算と言うと、当日券のお客様は決していい気分ではありませんが、「ご予約のある」という言い方ですと正当性が強まり、多少安くても仕方ないという気分になります。また、これを耳にして「次回からは予約を入れよう」という意識も生まれ、前売や電話予約を促進させる効果があります。

チケットへの記入というのは、オリジナルチケット券面に住所・氏名欄があり、そこへお客様に記入していただくことです。プレイガイドのチケット裏面にも同様の記入欄があります。実際に使わないカンパニーが多いと思いますが、若いカンパニーの場合、ノルマの管理や少しでも観客名簿を増やしたいという思いから、受付で必ず書かせるところがあります。アンケートとは別に書かせるわけですから、お客様にとっては2回も住所・氏名を書くことになりますし、ノルマの管理はチケットに通し番号を打っておくことで対応出来るはずです。わざわざ受付で時間をかけてお客様に記入を求める必然性がありません。こうしたムダなことはやめるべきでしょう。

差し入れは、受付で預かるのは避けましょう。品物にお客様や贈り先の名前がない場合、その場で記入していただかなければなりませんし、記録したりディスプレイしたりなど、単に受け取るだけでは済まなくなります。かなりの処理時間がかかってしまうこともあります。差し入れは専門の担当者を置き、お客様の入場後にロビーで預かるようにしましょう。人数が足りない場合でも、荷物預かりなど、他のスタッフが兼務することで対応出来るはずです。受付とは明確に分離し、受付での滞留時間を短くすることが重要です。お客様には「恐れ入りますが、差し入れはご入場後、係の者にお渡しください」と伝えれば、決して失礼にはなりません。

座席選びは、ほかにお客様がいないのなら時間をかけて選んでいただいても構わないのですが、お客様が並んでいる場合は、受付スタッフのほうから「現時点でいちばんよいお席をご用意します」と声を掛けて決めるべきです。座席による見え方は舞台装置によっても大きく変わりますので、お客様はどこがよいかを判断する材料を持ち合わせていません。視力の関係で端でもいいから前方がいいとか、後ろでいいからグループ全員が一列になりたいとか、お客様から特別な希望がない限りは、受付スタッフが残席の中で最もよいと思われる席番を選ぶのが妥当です。お客様にじっくり席を選んでいただくと、そのお客様自身はたいへん満足しますが、後ろで待っているお客様をさらに待たせることになります。一人のお客様にベストを尽くすことが、全体にとってのベストになるとは限らないのです。なにが本当のベストかを認識してください。

起こり得る事態を予測し、対応を決めておく

受付では、通常のチケット処理以外に様々な事態が発生します。慣れないスタッフですと、それだけで慌ててしまい、受付がそこで止まってしまうことになります。事前にどんなことが起きる可能性があるかを予測し、その対応を決めておくことが重要です。

領収書
チケット代の領収書を請求されるお客様がいます。事前に住所・カンパニー名を記入し、捺印した領収書用紙を準備しておきましょう。万一準備がない場合は、「お帰りの際にご用意しておきます」と答えて受付が止まらないようにし、上演中に用意します。

払い戻し
前売券を2枚購入したが、1人都合が悪くなったので払い戻してほしい。――こういったお客様が必ずいるものです。カンパニーによって対応は異なると思いますが、事前に対応を決めておき、受付スタッフにも徹底しておきましょう。私の場合は払い戻しは一切お断わりしましたが、「お客様自身で当日券を買いに来られた方に直接売られたらどうですか」とアドバイスしました。カンパニーとしては黙認するので、ご自分で処理してくださいという意味です。

相手が来ない
チケットを2枚持っているのに相手が開演間際になっても来ない場合、そのチケットを受付に預けることがあります。この場合は、相手と本人の名前の両方を必ず控えるようにしましょう。片方だけですと不正確なことがあり、トラブルの原因となります。逆にチケットを持っている方が来ない場合、これは待っていただくしかないでしょう。

チケットの紛失
これもカンパニーによって対応が異なると思いますが、私自身は次のように対応しました。購入の証明が出来る場合は柔軟に対応しましたが、なにもない場合はお客様の言葉だけで入場させるわけにはいきません。預かり金をお支払いいただきました。興行上これは仕方のないことですから、きちんとルールとして説明すれば、お客様も納得されると思います。

プレイガイドの発券証明書を持参された場合
指定席 その席番が開演時間まで空いていることを確認してから入場許可
手売りの場合
自由席 販売したメンバーに照会してから入場許可
指定席 同上だが、席番不明の場合は空席に振り替え
なにも証明がなく、指定席の席番を記録されている場合
その席番が開演時間まで空いていることを確認してから入場許可
なにも証明がなく、自由席の場合や指定席の席番が不明な場合
前売料金を預かり金として徴収、チケットが見つかれば郵送と引き換えに銀行振込で返金

現金・金券を扱っていることを忘れない

現金を扱っているという意識が非常に希薄ではないかと思われる受付を見かけることがあります。お客様に金庫の中が丸見えになっているもの、万札を無造作に置いているもの、ひどいときには金庫を置いたまま席をはずしている場合さえあります。無用心極まりない状態です。

お客様に悪意がないとは言い切れません。現金が見えることで、魔が差すこともあるのです。金庫は中が覗かれない位置に置き、釣り銭として使うことのない万札は金庫の下に移しましょう。どんな事態になっても絶対に金庫からは離れないようにし、やむを得ない場合は金庫自体を持っていくようにします。

チケットも金券です。カンパニーは意識が麻痺しているかも知れませんが、お客様にとっては現金と同じです。これも無造作に机に広げるのは出来るだけ避けましょう。受付でチケットをきちんと管理する姿自体が、お客様の信頼感を増すことにもなるのです。