Pocket

●分割掲載です。初めての方は(1)から順にご覧ください。

客層が変化するタイミングを見逃さない

公演を重ねていると、カンパニーの客層が完全な身内客中心から、少し広がってきたと感じるタイミングがあると思います。例えば劇場を変えたり、ステージ数を増やしたときなどに、新しいお客様の来場を受付にいても実感するのではないでしょうか。このとき、そうしたお客様にいかに接するかが動員を伸ばす分岐点になります。

「身内客から一般客へ移行するためのロードマップ」「受付の極意」でも書きましたが、当日券のお客様に「劇団員に誰かお知り合いはいませんか」と尋ねるのは、俳優のチケットノルマを気遣うためだとしても絶対に禁句です。「××さんのチケットで」と言えば前売料金になる(=当日精算にする)ケースも見られますが、後ろに並んでいる他のお客様がどう感じるかを考えると、口頭でのやりとりではなく、当日精算券(または割引クーポン券)を事前に渡すべきです。いまなら、携帯メールの画面提示がいいでしょう。前売料金適用の根拠をきちんと提示していただくのが、一般のお客様に不公平感を与えないポイントです。

次に改善すべきは、終演後の面会です。舞台芸術の場合、友人知人が終演後に面会するのは一般的な光景ですが、これが度を過ぎていると、一般のお客様には稽古事の発表会のように映りますし、身内客があまりに多いことに疎外感を覚えると思います。公演期間が長ければ友人知人も分散して訪れると思いますが、若手カンパニーはステージ数が少ないため、身内度が余計に高まってしまう悪循環があります。身内客はカンパニーの創生期を支えてくださる大切なお客様ですが、客層の広がりにつれて、一般のお客様が違和感なく劇場を訪れる環境を整えることが重要です。

身内客と一般客を分離する

遊気舎が取った方法は、終演後のロビーでの面会禁止でした。お客様が面会を希望される場合は、楽屋スペースなど一般のお客様の目に触れない場所で行なうことにしたのです。遊気舎の客層が広がりを見せたのは、1992年に後藤ひろひと作品で扇町ミュージアムスクエア(大阪・扇町)を使用するようになってからですが、同劇場はバックヤードが駐車場になっており、楽屋もその端に建てられたプレハブでした。ロビースペースがほとんどないため、面会を希望されるお客様はバックヤードにご案内するしかなく、身内客と一般客が自然に分離される形になりました。ロビーや劇場前の道路に面会の輪が出来ることもなく、一般のお客様の立場で考えると、非常に居心地のよい空間になりました。扇町ミュージアムスクエアが観客に人気だったのは、こうした雰囲気も大きかったと思います。そこで、この方法を他劇場にも広げることにしたわけです。

扇町ミュージアムスクエアと共に本拠地となったAI・HALL(兵庫県伊丹市)は、京阪神の小劇場としては最も広い部類のロビーがありましたが、面会を希望されるお客様は必ず楽屋スペースにご案内しました。演出家や俳優が一度ロビーに出てしまうと、そこで必ず身内客に囲まれてしまい、次々と順番待ちになってしまいます。そのため、ロビーには絶対出さないようにして、お客様からの申し出を待つようにしました。楽屋入口には楽屋番を配置し、フロントスタッフが楽屋入口までご案内し、そこから先は楽屋番に引き継ぎました。楽屋番は楽屋スペースの混み具合を見ながら、順番に誘導するのです。瞬間的に楽屋入口前に身内客がたまる状況になりましたが、ロビーに人の輪が出来ることはなくなりました。

東京で本拠地となった駅前劇場、ザ・スズナリ(共に東京・下北沢)は楽屋スペースが狭いため、面会は客席で行なうことにしました。面会を希望されるお客様にはそのまま客席に残っていただき、一般のお客様が退出されたあとに俳優が客席に行くようにしました。客席クローズまで時間がかかり、次のステージのプリセットに影響があるかも知れませんが、場所的にこれしかないと思います。私は面会でロビーが混雑するなら、プリセットの時間が多少押しても仕方がないと考えています。

ロビーでの面会は、一般のお客様に発表会のような印象を与えるだけでなく、純粋にお客様の動線をふさいでしまいます。フロントスタッフがどんなに配慮しても、演出家や俳優を囲む輪が複数出来てしまうと、これをコントロールするのは難しいでしょう。ロビーからあふれたお客様は、ビルの共有部分や道路までふさいでしまいますので、他のテナントや通行人の邪魔になり、最終的に劇場に対するクレームの原因になります。終演後にお客様をスムーズに退出させ、劇場外の動線も確保出来れば、カンパニーに対する劇場の評価は格段に上がると思います。こうした運営上の積み重ねが劇場の信用につながり、よい条件での劇場契約につながっていくのです。

素の俳優を観客に見せない

これまでロビーで行なっていた面会を、楽屋スペースや客席に変更することは抵抗があるかも知れませんが、遊気舎では別の理由もあって一斉に切り替えることが出来ました。それは後藤ひろひと氏が、終演後の余韻を非常に大切にしていたからです。

面会となると、舞台衣装からジャージに着替え、メークも落として出てくる俳優が少なくないと思います。それまで作品の登場人物として生きていた俳優が、そんな格好でロビーにいたらどうでしょうか。お客様は余韻が吹き飛んでしまうのではないでしょうか。よほど親しい身内客を除き、そうした姿を見せてはいけないというのが、演出家としての後藤氏の考えでした。

作品世界に直結するこの考えは、俳優たちにも抵抗なく受け入れられました。制作面で求められる身内客と一般客の分離、芸術面で求められる終演後の余韻、この両方を実現するためにロビーでの面会を禁じたのです。客席に残っていただいて面会する場合も、俳優が舞台袖から舞台を通って客席に下りるのを禁じました。それまで登場人物として舞台にいた俳優が、素の状態で舞台から来るのは余韻を壊すためです。客席で面会する場合は、客席入口から入ることがルールとなり、これは相手が身内客であっても徹底されました。

サービスの世界で考えたとき、観劇とは作品だけを意味するのではなく、観客が劇場に行き、家に帰るまでの行為すべてを意味する言葉だと思います。同じレベルの作品なら、観客は気持ちよく帰ることの出来たカンパニーを選ぶはずです。これは飲食店で料理がどんなにおいしくても、店の雰囲気や接客が悪ければ、二度とその店に行きたくないのと同じです。どうやってお客様に満足して帰っていただくか、終演後のロビーの雰囲気でそれが大きく変わる可能性があることを、演劇人はもっと真剣に考えるべきだと思います。

面会場所を変えるメリット

ロビーでの面会を禁止すると、ほかにも様々なメリットがあります。まず、楽屋スペースや客席のように、本来は観客が長居すべきではない場所で面会することになりますので、身内客であっても自然に遠慮して、短い時間で帰っていただけるようになります。これはタイムスケジュールに従って進行している公演期間中は重要なことです。

ロビーで面会しているときは、俳優自身が集合時間を忘れて話し込むことがあり、身内客もプリセットなどは意識していませんので、なかなか立ち去りません。フロントスタッフにとっても、ロビーからお客様を追い立てるのは避けたいことなので、自然な流れでロビークローズに持っていきたいはずです。ロビーに身内客がたまっていると、これがなかなかうまくいきませんでしたが、面会場所を変えてからはスムーズになりました。

次に、ロビーでグッズを販売している場合は売れ行きが伸びます。ロビーが混雑しなくなってグッズに視線が行くこと、一般客だけの落ち着いた雰囲気になるので、初めてのお客様もゆっくりグッズを選ぶことが出来るからです。戯曲などを購入してくださるのは、純粋な演劇ファンである一般客の場合が多いと思います。ロビーが身内客であふれていると、その一般客がいたたまれなくなり、せっかくの売り場も素通りしてしまいます。一般客が一人で来場しても自然にグッズを選べる雰囲気が重要です。

同様に、小劇場の桟敷席などで荷物預かりを行なう場合に、終演後の荷物返却がやりやすくなります。そもそも、狭いロビーで荷物返却と面会をすること自体が間違っていると思いますので、荷物預かりをする場合は面会場所の変更が必須でしょう。動線をふさがれ、ごった返しているロビーでは、せっかくの作品の余韻も吹き飛んでしまいます。

最後に、面会場所を変えることで俳優たちの意識も変わりました。公演期間中の限られた時間を計算して上手に使うようになり、ある俳優はそれまでロビーで話し込んでいた友人たちと、休憩時間に喫茶店で会うスタイルに変えました。これで終演後の集合も早くなり、あとから心置きなく会話出来るようになったのです。ある俳優は劇場の外へ出るとき、服装に気を配るようになりました。終演後のジャージが余韻を壊すように、開演前のジャージも見られたくないと考えたのです。俳優たちが一般客の存在を意識するようになったことで、遊気舎の集客に対する考え方は大きく前進していったのです。

前の記事 カンパニーを進化させ集客へと導く具体的な方法/(2)招待状より御礼状を出す
次の記事 カンパニーを進化させ集客へと導く具体的な方法/(4)自前のお手伝いさんチームを組織する