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身内客とはなにか

様々な定義があると思いますが、私は作品を観る場合に、その舞台だけでは得られないクローズされた情報を加味してしまう人々ととらえています。俳優の家族や親戚、友人知人はその典型ですが、彼らにとっては作品内容そのものより、その俳優の舞台姿を見ることのほうが重要な場合があります。これは俳優の日常というクローズされた世界を知っているからこそ、舞台に俳優が登場しただけで歓声がわくのであり、その演技を目撃するだけでおもしろいということになります。

一般の観客(一般客)でも、場合によっては身内客と称される場合があります。例えばそのカンパニーの古くからの常連で、俳優の個性や過去のネタを熟知している場合、初見の観客には全くわからないシーンで爆笑することがあります。それ自体は観客の責任ではありませんが、あまりに〈過去の作品を観ていないとわからないネタ〉にこだわっていると、そこで笑うのは身内客だと思われるでしょう。

どこまでが身内ネタなのかは難しいところですが、テレビ・映画・コミック・ゲームといったメディアで流通している内容ならば、一部の観客にしか通用しなくてもそれは単に〈マニアックなネタ〉に過ぎません。そこで笑える観客は、情報通として優越感を持てばいいでしょう。ところが学生劇団が学内のエピソードを取り上げた場合、それがどんなに周囲で話題になっていても、そこの学生以外には身内ネタと映るでしょう。特定のキャラクターがカンパニー内で固定化してしまい、初見の観客への背景説明なしに登場するようになるのも身内ネタの代表例です。エンタテインメント系のカンパニーにありがちな光景ですので、制作者は初見の観客心理を絶えず念頭に置きながら、客観的な視点で作家・演出家にアドバイスする必要があるでしょう。エピソードやキャラクターが普遍的な物語の一部にまで洗練されるのなら話は別ですが、そうでない場合は身内ネタとして批判される可能性があります。

身内客からの移行

身内客に対しては一般客が嫌悪感を抱く場合が多いようですが、カンパニーにとっては旗揚げを支えてくれた大切なお客様であることは事実です。観客がいなければ公演は成立しないのですから、その意味ではカンパニーの恩人と言ってもいいかも知れません。

どんなにメジャーになったカンパニーでも、若い旗揚げ時代は身内客からスタートしているはずです。学生劇団の学内公演は比較的簡単に集客することが出来るため、一般客の支持を得たという錯覚に陥りがちですが、学内でやっているうちは身内客が支持していると考えるべきでしょう。身内客の時代を経ずに大きくなるということは、無名のカンパニーの場合はあり得ないと思います。

身内客から脱却を図る場合は、身内客を悪ととらえて数を減らすのではなく、観客総数に占める割合を減らしていくように努めるべきでしょう。観客動員が増えれば、自然と身内客の割合は少なくなるはずです。身内客の中には特に演劇好きというわけでなく、付き合いでチケットを買ってくれた人も多いでしょう。カンパニーの作品世界が魅力的なものなら、身内客はそれが観劇の入口となって継続していくでしょうし、そうでないなら自然に淘汰されるはずです。若いカンパニーが留意すべきことは、初期の身内客が多い状態でいかに一般客に疎外感を持たせないようにするか、一般客への移行をいかに段階的に進めていくかということになります。

客層移行のフェーズ

客層移行概念図

上図はカンパニーの客層が移行する過程を概念的に示したものです。

左の暖色系が身内客、右の寒色系が一般客の世界を表わすと考えてください。まず、旗揚げ期は友人知人を中心とした身内客に、初見のカンパニーこそ観たいと考える少数の演劇フリークが客層となります。これが第1フェーズです。ここで忘れてはならないのが、友人知人には同行者がいる確率が高いということです。

演劇を普段から観慣れない人にとって、観劇は一人ではなく誰かと連れ添っていく傾向があります。友人知人もきっと誰かと一緒に来場してくれるでしょう。その同行者はカンパニーの直接の知り合いではなく、友人知人を介して接触した観客ということになります。身内客の同行者ですが、俳優と全く面識がない場合も考えられ、身内客の要件を満たさない一般客に近づいた存在と言えます。

作品が本当に素晴らしければ、この同行者に次回の公演案内を送れば、再び訪れてくれる可能性が大きくなります。その際は、同行者は新たにその人自身の友人知人を誘うかも知れません。この時点で最初の俳優の友人知人とは関係がなくなり、全く新しい観客の創出になります。一方、演劇フリークも作品がよければクチコミやネットで情報を伝えるでしょうから、コアな演劇ファンの耳に入ることとなります。これが第2フェーズです。

第3フェーズでは同行者の友人知人の輪が大きくなり、コアな演劇ファンから一般の演劇ファンへ客層が広がります。身内客と一般客の外輪に重なる人も現われ、そうした区別自体が無意味になってくるでしょう。もちろん最初の友人知人も残ってはいますが、観客全体に占める割合は初期に比べると非常に小さいものになっているでしょう。

チケット料金や券種設定、チラシや記事掲載といった宣伝活動は、こうした各フェーズの客層を理解して進めるべきでしょう。

第1フェーズは接客が命取りに

第1フェーズでは圧倒的に身内客が多いため、一般客の存在自体が忘れられがちです。フロントスタッフの意識も友人を迎える感覚のため、接客業の基本が出来ていない場合も非常に多いと思います。そんなところを目利きの演劇フリークに見せたのでは、作品内容以前の厳しい評価をされてしまうでしょう。

公演準備金を用意する方法も、第1フェーズではチケットノルマに頼る場合が多いと思います。非常によく見かけるケースですが、チケットノルマをさばけなかったり、公演前にチケットを渡すことが出来なかった場合に、受付で「××さんのチケットで」と言うことによって、その場でノルマ扱いのチケットを発行することがあります。通常は観客の側から受付に依頼するものですが、中には当日券と言っただけで「劇団員に誰かお知り合いはいませんか」と尋ねられる場合があります。

受付スタッフが少しでもメンバーのノルマを減らしてやろうという好意から尋ねているのでしょうが、知人がいれば前売料金になるという露骨な二重価格構造を一般客の面前で言うのは、非常に問題があります。わざわざこのカンパニーを発掘して足を運んだと思っている一般客の気持ちを逆なでし、公演を打つ姿勢そのものが問われることでしょう。限られた第1フェーズの一般客を怒らせるようでは、そのカンパニーの前途は暗いと思います。

第1フェーズでチケットノルマがあるのはやむを得ませんが、そのときの受付こそ重要なのです。率直に言って、このレベルのカンパニーは未熟なことだらけです。そこで洗練された応対をすれば他カンパニーとの差別化が図れ、突出した印象を一般客に与えるはずです。これで作品内容がよければ、観客は決して逃げることはないはずです。

戦略が物を言う第2フェーズ

第2フェーズは、第1フェーズの同行者や演劇フリークが鍵を握ります。この基礎データとなるのがアンケートで、出来るだけ回収率を高め、それが友人知人・同行者・演劇フリークのどの客層に属するのかを正確に把握することです。この段階でのデータ数はさほど多くないはずですから、カンパニー全員で閲覧すれば分析は容易でしょう。

こうした得たデータを元に、第2フェースでは友人知人以外へのDM戦略や劇団先行予約、カンパニーの評判をマスコミに載せて外堀から埋める方法、ペアチケットやグループ割引を企画して同行者を増やす方法などを積極的に取っていきます。制作者の手腕が最も発揮されるフェーズであり、その意味ではやりがいがあるのではないかと思います。

このフェーズは、カンパニーによっては相当長期間続くと思われます。第3フェーズに至らずに解散する場合も多いでしょう。なにより作品が魅力的なことが重要ですから、制作努力だけで解決することには限りがあります。作家・演出家の実力を、いま一度検証する時期かも知れません。

選択を迫られる第3フェーズ

若いカンパニーには具体的実感がわかないと思いますが、動員的に軌道に乗った第3フェーズでは、劇場選択やカンパニーの収入源をなにに求めるのかなど、今後の方向性が大きな問題になってくるでしょう。先に述べた旗揚げ以来の一般客が身内客に見えてしまう現象も、この時点で起こっているかも知れません。動員が増えるということは、従来の基盤となっていた客層以外の観客が多くなることですから、作品のレベルが低下したり、つまらないミスをすれば、観客を失うのも早いということです。

第1第2フェーズの観客が、カンパニーの成長を共に見届ける姿勢の客層なのに対し、第3フェーズはその時点で気に入った作品だけを観る移り気な客層です。制作者はより慎重かつ大胆に、作品づくりを進めていく必要があるでしょう。