この記事は2002年10月に掲載されたものです。
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閉館が続く関西小劇場界で制作者に期待すること
劇場閉館について、いま私が訴えたいことはテーマ「劇場がなくなること=演劇がなくなることではない」ですべて書きました。まずこれをお読みください。
その上で、わかりやすい例え話をしたいと思います。
観客・劇場・表現者の関係は、私たちの日常の暮らし――消費者・店・メーカーの関係と同じだと思います。演劇を商品に置き換えることに違和感を覚える方もいるかも知れませんが、私は演劇が特別な存在とは思いません。むしろ表現だからといって、客観的な分析をしないでいるほうが事態を不透明にしていると思います。
演劇は観客や劇場が育てるものですが、それは商品も同じことです。消費者や店の声が商品に反映されます。店がメーカーと共同でオリジナル商品を開発することもあれば(演劇なら劇場のプロデュース公演)、メーカーがお店以外の場所で即売会をすることだってあります(野外公演や劇場以外での公演がそうでしょう)。
劇場の閉館は店がなくなることです。消費者にとっては不便なことですから、反対運動や新しい店の誘致をするのは自然なことだと思います。ならばメーカーはどうすればいいのか。消費者と同じように困っているだけでは仕方ないでしょう。メーカーとして、商品を消費者に送り届けるためのルートをつくらないといけません。
演劇はライブが宿命の表現です。媒体に記録される他ジャンルの表現とは、流通の重要性が全く違います。限られた時間と空間に観客を集めなければ、表現そのものが失われてしまうのです。演劇に携わる人間は、作品を観客に届けることに最大限の情熱を注がなければなりません。観客と同じレベルで閉館を嘆いている暇などないはずです。
観客の方々の嘆きはありがたく受け止め、だからといって表現者までが困惑することなく、自らの行動で新しい劇場を開拓していってほしいと思います。店がなければ、メーカーはあらゆる手を使って流通を確保するでしょう。演劇も全く同じです。なんとしてでも商品を届ける気迫が、関西小劇場界にはまだ足りないように感じます。
関西というのは本当に温かいところで、努力していれば周囲が切り拓いてくれた道を知らぬ間に進んで、いつの間にか知名度のあるカンパニーになったところも少なくありません。けれど、興行面は学生サークルとなんら変わらないところもあると思います。今回もそのうち誰かがなんとかしてくれると思っているのではありませんか。
いまこそ制作者が戦略を練り、差別化の行動をするときです。自らの公演はもちろん、劇場に代わって東京のカンパニーを招いたっていいのです。その意味で、ぜひ制作者が発言していただきたい。なぜ、制作が専門ではない主宰者ばかりが発言するのでしょう。作品さえよければ自然に観客に届くと錯覚している主宰者に、演劇の流通の重要性をぜひ理解させてほしいと思います。
関西の制作者よ、ガンバレ。
劇場閉館という逆境は、優れた制作者の実力を見せつけるチャンスでもあるのです。