この記事は2004年8月に掲載されたものです。
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京 チラシアートワーク指南/第5回カンパニーのトータルデザイン(4)
●分割掲載です。初めての方は「はじめに」から順にご覧ください。
boundという名を持って世の中に出て行くものは
全部コントロールしたい(京)
――チラシ以外はどこまで関与したいと思いますか。
京 関与をするしないという線引きはあまり考えていなくて、boundという名を持って世の中に出て行くものは全部コントロールしたいと思ってます。チケット、アンケート、アンケート表紙、劇場サイン、受付ディスプレイ、当日パンフ、名刺、全部一通りつくりたかったし、つくりました。
――アンケート表紙というのは、回収したアンケートを綴じる表紙ですね。こんなものをオリジナルでつくるのは、日本中で京さんだけではないでしょうか。
京 何度か言われたことがあります(笑)。綴じ方も指定しているんですよ。ほかにも、上演時間帯のエレベーター使用を禁止する貼り紙をオリジナルでつくったのも、めずらしいのではないかと思います。*1
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――受付ディスプレイは、具体的にどんなものですか。
京 お客さんを迎える玄関からboundにしたんです。アゴラ劇場のトイレ前の「満員御礼」の暖簾もイヤだったので、それに代わるものをつくりました。アゴラの受付の景色をまるで変えてしまったboundというのが気持ちいいですね。劇場の方も「こんなアゴラは見たことない」と言ってくださいました。
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1 ディスプレイ案 2-5 デイスプレイ写真
中埜 作品が劇場内で出来ていればそれでいいとは思わなくて、受付もそうだし、公演までのDMを開ける瞬間だとか、チラシもすべて「印象」という意味で作品に影響を与えると思っています。
京 そもそもチラシがあって周辺物があるという考えは、私も中埜君もしていないんです。すべてboundとしてある。宣美ってチラシが終わると当パンまでやることがなくて、舞台本編に関わっている人たちとテンションの山がズレるんです。boundでは宣美としてどうにか公演そのものに参加したかったので、なにかライブ参加出来ることはないかと考えているところから、だんだん受付周りに目が行きました。私の場合、手作業が好きということもあり、受付をデザイン+ディスプレイするということを思いついたんです。参加した感があって楽しかったので、そういう楽しさを他のデザイナーにも伝えたいと思いました。
――宣伝美術で物足りない人は舞台美術に手を染めたりするものですが、そうではない方向に進むのはユニークですね。
京 あくまで出来ることから発想しただけです。コンピュータで出来るグラフィックデザインだけでなく、視覚的な要素へのこだわりから発想して可能なことをしてみようと思っただけ。実は一度、boundで衣裳のコーディネートをやってみたんです。クレジットは出しませんでしたが。衣裳スタッフがいなかったので、視覚要素つながりでやってみようという動機だったんですが、あまりうまくいきませんでした。それで専門外に手を出すのは難しいなと実感したんです。専門家に任せたほうがいいなと。
必ずしもこれが完成形だとは思わない
大切なのはどれだけコンセプトを突き詰めるか(京)
――これからの方向性はいかがでしょう。
京 グラフィックデザインという軸足は離れることはないと思います。これからは「bound style」の方向性を人に知らせるツールをつくりたい。なにをやるかを主宰者が押し付けるのではく、関わる誰かがboundでやりたいと言ったときにサポートしていける場、演劇にとどまらず場を与えていくスタイルを提示したいですね。
中埜 そうですね。デザインには力があります。生活スタイルとしてのboundを展開する上で、牽引力の一つになっていただければと思います。
――ウェブサイトのデザインは手掛けられないのですか。
京 視野には入れていますが、グラフィックデザインの経験値だけでは手に負えないメディアだということだけはわかっているので、まだホームページという媒体に手を出すのは危険だなと思っています。ロゴや画像は提供しても、デザインや運営はやっていないですね。
――これだけのボリュームで作業されていて、ギャラが非常に気になるのですが。
中埜 チラシデザインにおいくらという形ではお支払いしていないです。
京 私は、boundというところから依頼を受けて、宣美としてやっているだけなんですよ。それに応える集団であったということです。
――打てば響く集団だから、ついやってしまったという意味ですか。
京 そう。ギャラで動いていない部分はありますね。私ならここまで出来るということを見せたかった部分もあります。私がデザイン業界のギャラの仕組みをよくわかっていない時期だったということもありましたね(苦笑)。
中埜 それはラッキーでした(笑)。
――金額ではないということは伝わると思います。ただ、この事例が特殊なケースと思われるのは寂しいと思います。他のカンパニーが自分たちにも実現可能だと思うには、どうしたらいいでしょう。
京 必ずしもこれが完成形だとは思わないし、受付周りのディスプレイを必要とするカンパニーばかりだとも思いません。骨太作品一本勝負のカンパニーなら中身一つで十分だと思うし、作品のテイストがそうではないのにオシャレぶっても鼻につきます。大切なのは、どれだけコンセプトを突き詰めるかではないでしょうか。
――私はスタイルを統一させることが重要だと思います。例えば、ポかリン記憶舎フロントスタッフの和服美人。大切なのは旗揚げ時から浴衣で行こうと考えて、それで統一させたことです。そうしたコンセプトワークがデザインだと思いますね。
中埜 京さんの場合、ほかのデザイナーより制作者的な視点があって、単純に宣伝美術だけではなく、そのチラシを誰にまくのか、どういう人が読むのかということもかなり考えさせられます。そういうところから話が出来たことが、とてもよかったですね。当パンにしても、その形や役割を「これでいいのかな」と訊くことから始めました。
京 すべての制作物の従来の形を一度壊して、再構築するところから話しました。
中埜 これはboundのコンセプトを理解してもらおうと、初期の公演のころ劇場ロビーに掲出したパネルです。美術館で展覧会のコンセプトや作品の詳細を貼り出しているのにヒントを得ました。いわゆる「芝居」ではなく、美術館に作品を観に来るような感覚で、劇場を訪れてほしかったんですね。
『blanc』で劇場ロビーに掲出したboundコンセプトのパネル(350×350mm)
――そうしたこだわりが、スタイルの統一ということだと思います。当日パンフの打ち合わせなどは本番直前だと思いますが、忙殺されている中で演出家がよく時間を割けましたね。
中埜 舞台装置の打ち合わせだから力を入れるというんじゃなく、当日パンフも装置も同じ意味合いなので、比重はつけていないです。
――舞台装置と当日パンフの比重が同じという演出家はめずらしいですよ。
京 演出家は作品の中身に集中していて、制作者が資料をかきあつめて「これで当パンを」というパターンが多いんですけれど、中埜君はboundのものに対しては、すべて先頭に立ってクオリティをチェックしている。お客さんの目に触れるものに、均等にディレクションしていますね。宣美もその一つで、パンフも「bound style」の要素の一つなんです。
――この演出家あっての宣伝美術という気がします。
京 完全にそうですよ。私は中埜君の意思を紙に落としているだけですから。それに私の技術をちょっと加えている程度のことで、中埜コウシの発信しているものすべてがboundであり、宣美は一つの手段です。そういう強いコンセプトを持ったクライアントがいてこそ、デザイナーは活きるわけです。私が一から全部つくったところで、いいものが出来るはずもないです。
紙のムダ遣いが圧倒的に多く
チラシとして意義のあるものはかなり少ない(中埜)
――現在の小劇場界のチラシの状況について、どう思われますか。
中埜 料理人がディスプレイするお皿にこだわるように、当たり前のことをなぜ考えられないのだろうと思います。つまり芝居の中身には一生懸命になるけど、観る人にどう届けるかを考えていない。劇場関係の人間が言うべきことではないかも知れませんが、いまのチラシは紙のムダ遣いが圧倒的に多いのではないかと思っていまして、チラシとして意義のあるものはかなり少ないと感じています。この程度の紙面でこの程度の情報なら、友達100人に直接電話して日程伝えるぐらいで充分です。本当に必要な人は見ないだろうし、その辺を考えずに公演情報をただ並べているだけのチラシがあまりにも多すぎるから、なんのためにつくっているんだろうと思います。
京 最近、データをすべて並列に扱って「デザイン重視でお願いします」という依頼がすごく増えてきたんですよ。レイアウト修正希望も、「出来ればでいいです。デザイン重視でいいから」って言うんですね。すごく履き違えていると思うんですけれど、「デザイン」は伝えたい情報があることを前提に成立するもので、なにもないところからはあり得ないんです。情報優先順位があって、それを正しく伝えるのがデザイン。情報こそが重視されるべきものなんですよ。制作者の方はそのことをぜひわかってほしいです。いまは、そうやって履き違えたまま好き勝手につくられたチラシが多いのかなと思います。逆に、「ここの文字を大きくしてください」って言われて「それはデザイン的にダメです」と言っているようなデザイナーだったら、食えなくなってしまえばいいと思います。クライアントの条件をすべて聞いた上で、なおかつ美しいものをつくるのがデザイナー。そうやってつくられてなきゃ、チラシじゃないです。
――ありがとうございました。
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- アゴラ劇場はビル内エレベーターの運転音が響くのを防ぐため、上演中の使用を禁止される。 [↩]