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京 チラシアートワーク指南――チラシづくりとは、情報を操作すること。
第2回宣伝美術発注の基本

●分割掲載です。初めての方は「はじめに」から順にご覧ください。

そのチケットを手にした瞬間から
公演が始まっている

猫ノ空 『knob』 『髪をかきあげる』 1 | 2 | 3

オリジナルチケット
1 猫ノ空『海のまぶたと記憶の砂』(1999.8)(トレーシングペーパー+E-print)
2 青年団若手自主公演『knob』(2000.2)(レーザープリンタ)
3 青年団若手自主公演『髪をかきあげる』(2000.2)(レーザープリンタ)
※2はAプロBプロがあり、耳紙を切ることでセット券・一般券兼用となる。そのため耳紙分だけ3より長い。

――デザイナーとしては、オリジナルチケットは用意すべきだと思いますか。

すべきかどうかはわからないけど、私はしたいです。やっぱりトータルに見せていきたいので、打ち合わせの段階で「つくっていい?」という話になりますね。過去印象に残っているのは、ダンスの宣美をやったときに、DMに招待としてチケットを入れて送ったら、チラシを見るより先にチケットがポロリと出てきて、「そのチケットを手にした瞬間から公演が始まっていると思った」と言っていただけたケース。それがこれなんです。

厚手のトレーシングペーパーで何回も印刷テストをして、しおり的に使ってもらえるものとしてつくったんです。実際、意図どおりに使ってくれた方が多かったようでうれしかった。個人的にこういう小さいものをつくるのは好きです。青年団若手自主公演はレーザープリンタで1色刷りで、チラシの写真と連動したものです。ミシン目は手作業で入れました。

――自宅のレーザープリンタとは思えないほど、写真が美しいですね。

これはboundとBoroBonの、同じセットを使った2公演という企画だったので、左右にミシン目を入れ、印刷物としては1種類で済ませました。boundだけ観る人には右側を切って売り、BoroBonだけ観る人には左側を切って。

bound×BoroBon『恋愛考』(2002.7)オリジナルチケット
チケット全体 半券説明

――期間中有効の場合はオリジナルチケットでいいと思いますが、日時指定になってくると、チケットぴあで印字したほうが楽じゃないですか。

bound×BoroBonは、片方が日時指定なしで、片方がありだったんですよ。だから片方は日時を白丸にして、そこにチェック入れてもらうようにしました。そうしたいろいろな条件をクリアして、仕様からデザインしたんです。

日時指定なし 日時指定あり

――全席指定になると、どうしても座席番号をプリンタで打たざるを得ないと思いますが、これぐらいの規模ならいろいろ工夫が出来ますね。

これは、旅先で見た劇場のチケットが妙にかわいかったので、わざとその雰囲気を狙ったshelfのチケットです。その公演が小さなギャラリーでの個展みたいなイメージでやりたいという話だったので、ぴったりだと思って。薄手の上質紙に特色1色でベースを印刷し、断裁せずにミシン目だけ入れておいてもらって、それをレーザープリンタに通して公演情報を後から刷り足しました。ちょっとぎこちない文字組が、ワープロ文字みたいでしょう。

チケットshelf『トマトと、』(2002.5)チケット

参考 海外劇場のチケット

――印刷費を浮かすために、私はチラシとチケットを面付して同時に印刷した経験があります。もちろん、チケットの枚数が膨大にならないよう工夫して。

それは賢いですね。私も、同じ紙、同じ厚さでの制作物が複数あって、A4やB5でないイレギュラーサイズのときには、面付を工夫してうまく印刷費を浮かすようにします。でも、チラシとチケットは向いている紙質、好みの紙質が違うので、あまり同時面付は考えません。

――当日パンフのデザインについては、どう思われますか。

私がなぜ当日パンフをデザインしたいかというと、舞台がナマモノである以上、持って帰ってもらえる唯一のものだからです。チラシも重要な事前情報として、それはそれでやりがいはあるけれど、当パンは実際に劇場に足を運んでくれたお客様をもてなすものだし、あとからふっと眺めて、「ああ、こういう舞台があったな。おもしろかったな」という記憶の糸口になるものですよね。お客さんが当パンを劇場に置いて帰ろうとするのを見ると、怒りが込み上げますね。追っていって、「お客様!」って言いたくなります。受付を手伝いながら自分が産んだ当日パンフを渡すのも、すごく楽しいですね。

パンフの役割は、その舞台を観るときに必要な情報を伝えるというのももちろんですが、私が重きを置くのは、後々見たときに舞台の記憶を思い出してもらう要素が入っていること。だからチラシや舞台本体との連動を考えます。色や質感など、紙にもこだわります。内容としては配役表よりも演出家のひとことを読んでもらいたいときのレイアウト、登場人物が多くて入り組んでいる場合の、キャスト表の見やすいレイアウトなど、その都度工夫します。基本的に暗い客席でも読みやすい配色と文字の大きさは絶対に押さえた上で。

bound×BoroBon『恋愛考』(2002.7)当日パンフレット
1 表1 2 表1+表4を開いた図 ※A5(白)とA5変形(グレー)の紙を重ね、折り目中央で赤と黄の糸で手縫い。

表1 表1+表4 1 | 2

――これは綴じが縫ってあるんですね。

手縫いなんです。私もやりましたけど、スタッフや役者さんもマチソワの間に手伝ってくれて、ゴメンナサイでした(笑)。


いくらビジュアルがいいと思っても
ジャケ買い的に行く人はまだ少ない

――カンパニーと最初の打ち合わせを持つ場合、具体的にどんな順序でオリエンテーションを受けますか。京さんからなにを質問しますか。

今日、まさに初めての打ち合わせだったんですよ。私も全くなにもわからず行くのも申し訳ないので、電話で依頼を受けた段階で企画書が上がっていればそれをFAXしてもらって目を通し、チラシのアイデアをざっくり考えます。お会いして芝居の詳しい概要や予算、スケジュールの話などを伺いながら、だんだん詰めていく。どういったターゲットに向けての公演であるか、意図的にどの方向の客層をつかみたいか、チラシをどんなところにまくか、そういった付随する情報は訊いていきますね。例えば再演ならいままでの客層に訴えたいか、それともより若い層にも広げていきたいかなど。「だったらこういうビジュアルはどうでしょうか」と、その場で思いつく範囲で制作者サイドの意向を伺います。

――いつもそうやってスムーズにコミュニケーション出来ますか。

なんだか企画書が全然わからないとか、もっと話を聞かないとこれはどうにもってケースもあります。なかなかうまく言葉で伝えていただけないときは、単純にその主宰者の好みとか、趣味的なところから絞っていくのは一つの手で、このチラシが好きとか劇団が好きとか、センスを探ります。私はポートフォリオを持っていくので、それを見てもらいながら「これいいですね」「これ好きだな」とかいう反応を頭の中にメモっておきます。

――紙のサイズなどは、早めに決まるのでしょうか。

予算を含めてお話していく中で決まることが多いですね。最近はA4とB5の印刷代もあまり変わらなくなって、A4が増えています。最初は私もB5の2色が全宇宙だと思っていた時期もありましたけど(笑)。あとは情報量ですね、これをB5に入れるのはいっぱいで余白がないとか、逆にこれでA4は埋まらないとか。だいたい裏面に左右されます。

――ビジュアル面以外のリクエスト、例えばデータ部分の扱いなどについて、カンパニー側は的確に依頼をしてくれますか。

情報をいただいた時点で、「これを目立たせてください」と言ってくださるケースは少ないですね。ギャラリーなど特殊な会場を使うのであればそこを強調し、スペックの中でキーとなる部分を探して、相談しながら進めます。制作者の意図が見えるとこっちもやりやすいし、「わかってるな」と思います。単にタイトルがあって場所があってという基本情報だけ流されてくると、「どこから手をつけようかな」と迷ってしまう。

――いろいろな要素のテキストがあると思いますが、どの部分の扱いを大きくするかなど、具体的には誰がどの段階で判断するのですか。例えば、あらすじと推薦文のどちらを強調しようかという場合です。

最初からいろいろな要素があるところは、ちゃんと考えて用意しているから、「この名前を大きく」とか指定してくださるケースが多いです。逆にスカスカのところほど、なにもなく並立です。

――素材を用意しているところはプライオリティを考えてあり、逆にスカスカのところはなにもないということですね。

そうそう。

――スカスカのときはどうしますか。

困るんですよ。「B5にしたってこれはちょっと……」と言っちゃいます。でも、それでもなにもないケースもあるので、表のビジュアルをアレンジして入れたり、言えるカンパニーならば、主宰者に「書け!」って言っちゃいますね。お客さんは裏の情報で、観るかどうかを決めるわけじゃないですか。そこが単純に基本情報だけだともったいない。せっかくチラシをつくるわけだし、前回公演の写真でも、アンケートの抜粋でも、演出家のコメントでも、推薦者の言葉でも、なんでもいいから客足につなげる要素を盛り込まないともったいないよと言います。

――基本情報以外なにもないところの割合はどのくらいありますか。

まだ3、4割はありますよ。戦略を立ててないなと思います。制作者がまず弱いというのもそうだし、それに対してアドバイスしてあげる人がいないという状況です。いくら表のビジュアルを整えたとしても、全く知らないカンパニーを観に行くのは賭けだから、ジャケ買い的に行く人はまだ少ないと思います。文字の裏づけがあって、魅力的な要素があって、誰か知っている人の推薦があって、という具合になにかが引っかからないと。アフタートークでも、誰と誰が話すというところまで決まっていれば、レイアウト的にクローズアップも出来るんですが、ただやるぞという告知しか出来ない場合は、タイムテーブルの中で丸を四角にして「アフタートークあり」とするしかない。本当にもったいないですね。

――演劇人は作品以外のことで勝負するのが邪道と思ってるんでしょうか。せっかくレイトショーでもそれを強調しないし。

例えば、先日の風琴工房は「お勤め帰りでも余裕を持ってご来場いただけます」というコメントがあって、それは気が利いていると思いますね。*1

風琴工房『紅き深爪』(2003.3-4)本チラシ(裏面タイムテーブル部分)
タイムテーブル

(この項続く)

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  1. このチラシ作成にあたっては、事前に風琴工房からfringeに相談があり、19:45開演を強調するために「お勤め帰りでも……」のコピーを入れることをアドバイスした。京さんはそれを知らずに注目されていたわけで、光栄である。 []