この記事は2004年1月に掲載されたものです。
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「制作のお仕事」Q&A(『New Theatre Review』共同企画)
これは2003年12月に発行された福岡の演劇批評誌『New Theatre Review』(N.T.R.)11号の特集「制作のお仕事」*1 に掲載された、演劇制作に関するQ&Aです。福岡市と北九州市で観客対象に行なったアンケート(220枚回収)に寄せられた質問事項に答えたものです。
観客の視点による質問ですが、アンケート回答者に一部つくり手も含まれているため、そうした観点からの質問も含まれています。
最初にお断わりしておきますが、これらは「荻野への質問」という形で募集されたわけではなく、『N.T.R.』が集められた一般的なご質問に、私がお答えするものです。従って、多くのご質問が福岡エリアの身近な公演を想定されており、私の考える「演劇制作のあるべき姿」とはズレがあるかも知れません。福岡の実情を熟知しているわけではありませんので、その点はご了承ください。(荻野達也)
■劇団の管理・運営について
Q:特に小劇場系演劇では「主宰者=劇作家=演出家」ということが多い。たとえ専属の制作がいても、力関係が主宰者に偏っている場合が多いだろう。そのような劇団で、どこまで制作は劇団の管理・運営までに携わるべきだろうか。
A:主宰者は芸術面の専門家であり、興行面の専門家ではありません。名選手が必ずしも名監督になれないように、作品づくりと組織の運営は違います。それが理解出来ない主宰者の下では、優れた制作者は育ちません。こうしたところは、遅かれ早かれ解散の道をたどるでしょう。
Q:あまり将来的なビジョンがない主宰者が率いる劇団で、制作が「劇団の方向性について」の話を切り出す、あるいは話し合うよう促したり主導権を握ったりしていいのだろうか。
A:当然そうすべきでしょう。制作者はプロデューサーです。プロデューサーが長期計画を立てないで、誰が立てるというのでしょう。
■企画について
Q:小劇場系演劇では、託児施設の用意/手話通訳つき/留学生優待料金、等の工夫がほとんどない。想定している観客層があまりにも特定されていて、それ以外の客は来なくていいという姿勢にも見える。このような企画には関心がないのだろうか。必要がないのか。金銭的に無理なのか。新観客層の開拓に関心がないのか。
A:「小劇場系演劇では」と書かれていますが、これらの工夫はどの分野の興行でも不充分だと思います。なぜ「小劇場系演劇では」と強調されるのでしょう。託児サービスは小劇場系でも実施することがありますが、人件費や保険料などで1人数千円の別料金が必要です。チケット代以上の金額を支払ってまで利用する観客は限られ、それが普及を遅らせています。子供を持つ若い女性は演劇の重要なターゲットですから、各カンパニーとも関心はあるはずです。留学生優待料金ですが、学生料金の設定をしているカンパニーは多いと思います。こうした工夫の実現には、カンパニーだけでなく劇場側の協力も不可欠です。例えば託児サービスを行なうには、専用の部屋を確保する必要があります。新たな費用も発生しますので、行政からの助成も重要になります。カンパニーだけの努力には限界があることを理解していただきたいと思います。
Q:演劇をほとんど見ない観客を開拓するためにはどういうことが有効だろうか。
A:きっかけが重要だと思います。例えば友人に誘われたから、テレビで気になった役者が出ているから、作品の題材自体が興味深いからなどです。ギンギラ太陽’sが福岡で動員を得ているのは、その好例ではないでしょうか。
Q:地方の劇団がさしたるコネもなく東京公演を行う時に、動員目標を300人~500人とすると、何をすることが有効だろうか?(次回以降の東京公演に繋げていくことを次の優先事項とする)
A:こまばアゴラ劇場「夏のサミット」「冬のサミット」や、東京国際芸術祭リージョナルシアター・シリーズに参加することが最も有効でしょう。前者は劇場自体の支援会員制度があるため、首都圏の熱心な観客300名の来場が見込めますし、後者も話題作として大きな宣伝効果があります。どちらも劇場費無料に加え、様々な支援が受けられます。
■チラシやDMについて
Q:仮チラシを折り込む意味はあるのだろうか。
A:タイトルが未決定でも、折り込むに値する情報がある場合は仮チラシを出す意味があると思います。例えば、前例のない場所が公演会場に決まったり、大物客演が出る場合です。出演者が関係している公演に、「本日出演の××××が、劇団○○○○に客演決定!」と入れるのも効果的でしょう。期待感を煽る仮チラシのテクニックはいくらでもあります。ただし、センスがないと資源の浪費だと私も思います。
Q:劇団のイメージや雰囲気を重視する方向でいくのと、作品ごとに変化をつけ劇団としての統一感を出さないのと、どちらがいいだろうか。
A:センスがあれば、どちらでもいいと思います。
Q:場所・演目・観客層を考慮してチラシに違いを作っているか。そういった違いがないのなら、なぜ違いを作らないのか。
A:カンパニーのカラーは場所や演目で変わるものではありません。むしろ、観客のほうが自分に合ったカラーのカンパニーを探すものだと思います。各カンパニーが自分たちにふさわしい個性的なチラシをつくっていれば、それでいいのではないでしょうか(個性的なチラシでないとしたら、それは問題ですが)。それより、チラシを撒く場所を劇場以外に開拓すべきだと思います。
■チケット金額について
Q:舞台を制作する側の視点でチケット金額を決めるというのは果たして適切なことなのか? 他の商品などは、「この商品ならこのぐらいの金額が妥当(買ってもらえる)」といった購買側からの視点で金額を設定すると思う。舞台制作側の視点で、または同等劇団などの相場でチケット金額を設定していいのか?
A:もしチケット代が妥当でないとお考えなら、そのカンパニーに足を運ぶ必要がないのでは。そうすれば観客を失って、そのカンパニーは自然淘汰されると思います。興行の観点から言うと、チケット代は経費を回収出来る価格に設定されるべきです。ところが演劇はどうしても経費がかかるため、それを単純にチケット代に転嫁しようとすると、動員数の少ないカンパニーだと1枚1万円くらいになってしまうでしょう。それでは話にならないので価格を下げるわけですが、その基準が同等キャリアのカンパニーになっているわけです。本来なら、チケット代は作品のクオリティによってもっと差をつけるべきでしょう。
Q:日本では諸外国と違って、プロの劇団とアマチュアの劇団のチケット金額の差があまりない。つまりアマチュアなのに高すぎるのではないか。(ただし、外国ではプロ公演でも学生や会員などの割引率が高いが)
A:演劇にかかる経費を考えると、私はチケット代が高いとは思いません。アマチュアでもプロに匹敵するクオリティの作品を見せればいいわけです。問題なのは、そのレベルに達していないアマチュアが、安易に公演を打ちすぎることではないでしょうか。
Q:「芸術作品だから高くていいのだ」という発想は、いつまでたっても馴染みのない人を観客にすることができない。果たして、芸術作品だから高くていいのか?(注:NTRで行なったアンケートによれば、「チケット金額は1000円以下がいい」と答えた人は、ほとんどが「演劇をほとんど見ない」人だった。舞台作品にかかる金額を知らないからだとも言えるが、そういっている限りは「ほとんど見ない」お客は巻き込めない。)
A:これはカンパニーだけの努力ではどうしようもありません。演劇文化を生活に根付かせるには、公的助成や企業協賛など、外部からの資金援助が必要です。そのために演劇人も努力しています。
Q:「予約/当日の同一料金制度」「予約料金<当日料金」「予約料金>当日料金」(注:NTRアンケートにおいて、「当日ふらりと行けるように、空席が多い公演は当日割引をしてほしい」という声がありました)について、荻野さんはどれが適当と思われるか。
A:私個人は「予約料金<当日料金」を採用してきました。この場合、「当日料金が予約料金より高い」のではなく、「当日料金こそが正規料金であって、予約された方にはそれを割り引いている」という考え方です。事前に決めた日時に来場するリスクを観客の方に負っていただくため、割引料金でお応えしているわけです。飛行機の早期予約割引と同じ考え方です。これとは別に、空席が多い公演を当日割引するサービスもあってよいと思います。
■チケットノルマ/管理/販売について
Q:荻野さんは団員のチケットノルマについてどう思われるか。
A:若いカンパニーの創生期には公演準備金確保のためにやむを得ない面もありますが、出来るだけ早期に脱却すべきものでしょう。私自身は一度も課したことはありません。
Q:チケットの売れ行き状況などをHP上で公開してほしいが、不都合があるか。
A:売れ行きが悪いと観客が「直前に買っても大丈夫」と考え、前売が余計進まないことになります。ですから残数が多い場合は実数を表示せず、「まだ余裕です」のように言葉で表現することが多いようです。
Q:劇団が経済的に潤う一つの方法は物販をすることだと本で読んだが、まだ人気のない劇団で、しかもウリが見つからない状況では物販は難しい。そういう場合は、物販より実力をつけることが先か?
A:物販が収入面で貢献するのは、グッズ購入意欲をそそるエンタテインメント系カンパニーで、なおかつ一定の動員数がある場合です。グッズには最低ロットがあり、製作数が少ないと非常に割高になってしまいます。ある程度の動員が見込めるまでは、様子を見たほうがいいのではないでしょうか。
■客演
Q:小劇場系演劇において客演との契約はどうすればいいのか。
A:小劇場系でも友情出演でも、契約書は交わすべきです。長らく口約束だけで動いてきた世界ですが、今後はきちんと手続きを踏むことが重要です。
Q:多くの小劇場系演劇では団員にギャラを払えないと思うが、無理をしてでも客演にはギャラを支払う姿勢を持つべきか。(たとえ100円であっても)
A:別に無理をする必要はないと思います。払えないのが現実なら払わなくていいでしょう。ただし、動員がどのくらいになったら払えるのか、そのためにはどうしたらいいのかを、劇団員に数字で示すべきです。はっきりした目標があれば、劇団員もがんばれるはずです。
Q:(福岡の状況だけかもしれないが)役者同士の客演しあいにより、観客からすると「お仲間で出演し合っている」とも見受けられることもある。客演が「仲間内」と見られないようにするには?
A:これは全国的な傾向です。その役者にとってプラスになるような客演先、役柄を選んでほしいと思います。自分の得意な役柄で客演し合っていると、「仲間内」と思われてしまうでしょう。
Q:中堅劇団になると役者それぞれに客演の声がかかって忙しくなり、肝心の劇団本公演が打てなくなることがある。この問題について、どう考えるか。
A:本公演の予定を立てるのが遅すぎるのではないでしょうか。2年先までの公演予定を立て、稽古期間も言い渡しておけば、そこに客演を入れないはずです。もし本公演より魅力的なオファーがあった場合は、話し合うしかないでしょう。
■稽古について
Q:公演時間が長くなりそうな時に、主宰者(演出)に注意をするべきかどうか。例えば終電に間に合いそうにないときは実際に観客が困るので注意できるかもしれないが、問題は生じないが長すぎるという場合。
A:劇場は退出時間が定められていますから、客出しや後片付けの時間を考えると、おのずと上演時間は決まってくるはずです。それを超えると延長料金が発生することになりますので、純粋に予算面の問題として注意したらいいでしょう。
■公演時について
Q:実際の開演時刻について。「客入りが悪い」「予約客(含・招待客)がまだ来ていない」「役者の準備が出来ていない」などの理由で予定開演時刻よりも10分から15分ほど待たされたことがある。実際の開演が予定より遅れる場合、どのくらいまでなら許容範囲だろうか。
A:開演直前に着く電車があるなど、明確な理由がない限り、定刻どおり開演すべきです。開演キューは、舞台監督が制作者の了解を得て出すのが普通だと思います。
■終演後について
Q:アンケートは、DMのためのデータとして以外に、どのように活用することができるだろうか。
A:酷評や問題点を指摘したアンケートは貴重ですから、真剣に対応してください。本来なら怒って帰るところを、わざわざアンケートを残してくださったのですから、額に入れて飾りたいくらいです。それ以外の普通の感想というのは、実は役者の癒しぐらいにしかなりません。自分に自信のない役者ほど、アンケートを読みたがるものです。
■その他
Q:究極的には「劇団の成長=観客動員増、収益アップ」なのだろうか?
A:興行面だけに限ると、エンタテインメント系カンパニーの場合はそうです。アーティスティック系カンパニーの場合は観客を選びますので、動員増だけに頼らない収入の確保、例えば公的助成や地域へのアウトリーチ活動に力を入れる必要があるでしょう。もちろん、芸術面の目標は別です。観客の人生に影響を与えることが出来る作品をつくることが、カンパニーの成長ではないでしょうか。
Q:専属の制作にわずかでも給料を支払うべきではないのか。
A:そう思います。カンパニーの中で最も先にギャランティが支払われるべき存在は、絶えず拘束されている専任制作者です。しかし実際には、有能な制作者ほど仕事を別に持って両立させていることが多いので、そちらで食べていけるわけです。日本の演劇状況を変えるためには、この制作者の待遇を改善し、フルタイムでカンパニーの企画運営をしてもらえる体制にする必要があるでしょう。
- サイト終了のため、Internet Archive「Wayback Machine」(2004年4月4日保存)にリンク。 [↩]