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演劇関連書の多くがすぐに絶版になってしまいますが、電子書籍で復刊されるケースも増えてきました。2021年3月7日現在、アマゾンのKindleで購入可能な電子書籍から、小劇場演劇に関わる制作者に読んでもらいたい10冊を選びました。過去に「fringe blog」「fringe watch」で紹介したものに加え、それ以前のものや電子書籍ならではの注目本も掲載しました。順不同です。

1. 平田節の原点であり完成形

平田オリザ著『芸術立国論』 (2001年、集英社新書) Kindle版

文化芸術基本法、劇場法(劇場、音楽堂等の活性化に関する法律)が出来る以前に、芸術と劇場の役割を見つめたアドボカシー(政策提言)です。演劇の公共性を訴え、そこに行政がどう関わるべきかをまとめた内容で、平田オリザ氏の主張の原点となり、それはいまも変わっていません。演劇の公共性という概念は、本書から始まりました。第7回AICT(国際演劇評論家協会日本センター)演劇評論賞受賞作。

2. 本の中の〈米屋ゼミ〉に通う

米屋尚子著『【改訂新版】演劇は仕事になるのか? 演劇の経済的側面とその未来』(アルファベータブックス、2016年)Kindle版

演劇を巡る創造環境を文化政策や公共ホールの動きと絡めながら紹介し、演劇を「業」として成立させるための道筋を提示したテキストです。柔らかい語り口はまるで〈米屋ゼミ〉の生徒になったようで、読むだけで基礎知識も一緒に得ることが出来ます。2011年発行の彩流社版を、その後の劇場法(劇場、音楽堂等の活性化に関する法律)成立を踏まえて大幅改訂したものです。

3. これぞ「制作者のバイブル」

岡田芳郎著『世界一の映画館と日本一のフランス料理店を山形県酒田につくった男はなぜ忘れ去られたのか』(講談社文庫、2010年)Kindle版

集客のために現在の制作者が思いつくアイデアのすべてを、1950年代に山形の映画館で実行した人物がいました。これを読めば、私たちが動員に苦労している話など、甘え以外の何物でもないような気がします。創客とはなにか、サービスとなにかを、真剣に考えさせられます。演劇書ではない波瀾万丈の一代記ですが、自信を持ってオススメする「制作者のバイブル」です。2008年に講談社から出版されたものの文庫化です。

4. いまこそ実行すべき創客のマーケティング

ジョアン・シェフ・バーンスタイン著、山本章子訳『芸術の売り方――劇場を満員にするマーケティング』(英知出版、2007年)Kindle版

本書が紹介された2007年当時、日本では舞台芸術に対するマーケティングという概念が希薄で、「創客」という言葉も一般的ではありませんでした。普段は劇場に足を運ばない人に対し、米英を中心とした具体的な成功事例を紹介し、いま読んでも全く色褪せない内容です。スマートフォンがほぼ全員に普及した現在こそ、ここに書かれた戦略の多くが日本でも実現可能ではないかと思います。

5. キャンペーンで意識や習慣は変えられる

フィリップ・コトラー+ナンシー・リー著、スカイライトコンサルティング訳『社会が変わるマーケティング――民間企業の知恵を公共サービスに活かす』(2007年、英治出版)Kindle版

上記『芸術の売り方――劇場を満員にするマーケティング』と同時発売された、現代マーケティングの第一人者として知られるフィリップ・コトラー博士の社会基盤を変えるための提案です。人々に根づいた意識や習慣を変えるためには、どうすればいいのか。シートベルト着用、ペット登録、エイズ対策、臓器提供、飲酒運転防止、節水などに対するキャンペーンを読めば、劇場を身近な存在にすることも決して夢ではないと思えます。

6. カンパニーの成功の数だけ制作者がいる

細川展裕著『演劇プロデューサーという仕事 「第三舞台」「劇団☆新感線」はなぜヒットしたのか』(2018年、小学館)Kindle版

第三舞台プロデューサーを経て、現在は劇団☆新感線エグゼクティブプロデューサーである細川展裕氏(ヴィレッヂ会長)の自叙伝です。制作者の自叙伝がKindleになっているのはこれだけではないでしょうか。カンパニーの数だけ物語はあると思いますが、歴史に名を残した第三舞台と劇団☆新感線を支えたプロデューサーの仕事論です。鴻上尚史氏、古田新太氏、いのうえひでのり氏との対談・鼎談も収録されています。

7. 専門家でない視点でまとめた小劇場演劇の系譜

風間研著『小劇場の風景 つか・野田・鴻上の劇世界』(1992年、中公新書)Kindle版

小劇場演劇の系譜を語る本がKindleになっているのは、これだけだと思います。新書というコンパクトな紙幅ながら、小劇場演劇がどのように生まれ、観客にどう受け入れられてきたかを、当時の記事を多数引用しながら紐解いていきます。演劇の専門家ではない著書がこれを書かざるを得なかった衝動こそが、当時の小劇場演劇のパワーでしょう。登場する第1~第5世代の分類が現在と異なるのも興味深いです。

8. 早大劇研とブタビの歴史が電子書籍で復刊

『大隈裏 1967―1989 早大演劇研究会と舞台美術研究会の22年』リニューアル改訂版(2020年、KSP屋根裏ブックス)Kindle版

1990年に演劇ぶっく社から『演劇ぶっく』増刊号として出版されたものが電子書籍になりました。大隈講堂裏で89年に取り壊された演劇長屋と呼ばれる部室とアトリエの歴史を、寄稿やインタビュー、内部資料で網羅したものです。早大劇研に興味はなくても、その出身者たちには必ず影響を受けていると思います。リニューアルに際して、筒井真理子氏、池田成志氏、清水宏氏の書き下ろしを収録。

9. 情報誌の歴史を知ることで見えてくるもの

掛尾良夫著『「ぴあ」の時代』(2013年、小学館)Kindle版

2011年にキネマ旬報社から発行されたものが小学館文庫になり、その電子書籍です。映画館の上映情報を網羅するために誕生した『ぴあ』。その創刊からPFF(ぴあフィルムフェスティバル)の発展、チケットぴあ創業から本誌休刊まで、怒涛の歴史が綴られます。同じく関西の情報誌の草分け『プレイガイドジャーナル』を回想したものに、大阪府立文化情報センター編『「プガジャ」の時代』(2008年、ブレーンセンター)があります(未Kndle化)。

10. 解散したカンパニーの経験に学ぶ

森山智仁著『劇団解散したけど質問ある?』(2019年、BCCKS Distribution)Kindle版

演劇制作に関する電子書籍と言えば、これを外すわけにはいかないでしょう。2016年に解散した劇団バッコスの祭(本拠地・東京都板橋区)の主宰が、その実態を具体的な経験や数字に基づいて、20の質問に答える形でまとめたものです。内容はまさにそのとおりで、初心者の方には参考になるでしょう。自分たちの目標はなんなのか、それを実現するためにはどうすべきなのかを考える材料にしてください。