この記事は2001年4月に掲載されたものです。
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究極の荷物預かり
旧態依然の荷物預かり
桟敷席が混雑した場合、荷物預かりを実施するカンパニーが多いと思います。足の踏み場もないようなときは、俳優自ら荷物札を手に舞台へ登場することもめずらしくありません。小劇場ならではの光景ですが、一方では開演時間を遅らせたり、お客様に煩わしい思いをさせることもあるでしょう。
桟敷席でお客様に詰めていただく手法というのは、場数を踏めばそれなりに洗練されていくようですが、荷物預かりと返却に関しては、旧態依然としたその場しのぎのやり方が多いのではないでしょうか。特に開演前の俳優を使えないカンパニーにとっては、限られたフロントスタッフで荷物をさばくのは大きな負担になります。お客様が納得し、カンパニーにとっても運営しやすい方法をここでは考えていきます。
荷物預かりをするかしないか
荷物預かりは毎回すればいいというものではありません。客席に荷物を持ち込める余裕があるのに預かってしまうとしたら、逆にお客様の利便を損なう結果になるでしょう。他のお客様の迷惑になるような大きな荷物だけをチェックし、あとはなにもしないのが適切です。まずステージごとの動員予測を明確にし、荷物預かりの必要性を判断することが大切でしょう。
預かるなら最初から預かるというのが、少ないフロントスタッフで運営していく場合の鉄則です。客席が混みだしたから預かるという場当たり的な対応ではなく、票券管理による予測値で混雑状態をシミュレートし、客並ばせの段階から動くことが必要です。これをしないと入場時に希望されるお客様の分だけ預かり、混みだしてから場内で再び預かるという二重の手間がかかることになります。
場内での預かりに、出番を控えた俳優を使うのも問題があります。それ自体がコミュニケーションと考えるカンパニーは別ですが、上演前に素の状態で荷物を預かる俳優の姿を見せるのは作品世界を損なうことになりかねません。俳優自身の精神状態にも影響しますし、俳優を使うのは最後の手段だということを制作者は自覚すべきでしょう。
フロントの業務フローを再考する
荷物預かりの方法を再考するために、まずフロントスタッフの開場時の業務をフローで示します。
このうち、もぎり以外は指定席の劇場では通常発生しません。パンフは事前にイスの上に置けますので、満席で座布団席や立ち見を出す場合以外は、フロントスタッフの業務はさほどありません。たいへん矛盾していることだと私も実感しますが、経験を積んだ有名カンパニーほど全席指定の劇場が使えるために客入れ・客出しは楽で、経験の浅い若いカンパニーほど全席自由の桟敷席で苦労をするのが小劇場演劇なのです。つまり、経験を積むにつれて試練が増えていくのではなく、いきなり早い段階から試練が訪れてしまうのです。
荷物預かり関係は赤色で示しました。受付時に荷物を預かってしまうという考えもあると思いますが、荷物預かりが必要なほど混雑している公演は、相当数の前売券が出ているのが普通です。前売券は整理番号付チケットがほとんどですので、受付不要でそのまま並ぶことになります。従って確実に荷物を預かろうとするなら、入場時のタイミングしかないわけです。
現在、多くのカンパニーがもぎり後にお客様自身の意思で荷物を預けていただき、桟敷が混んできたら再び荷物預かりを受け付けるパターンをとっています。この方法では、ロビーで急に荷物を預けるかどうか尋ねられるわけですから、小劇場に慣れていないお客様は判断が難しいと思います。預けたいと思ったお客様でも、荷物やコートをまとめたり、貴重品を取り出すのに時間がかかり、どうしてもロビーで滞留してしまうことになります。場内には整理番号順に入っていただくのがルールですから、前のグループが客席に着かないと次のグループを呼び込めません。結果的に客入れ全体の時間が長くなり、かといって確実に荷物が預けられるわけではないという、あまりスマートでない客入れになってしまっているのではないでしょうか。
さらにフロントスタッフの要員数の問題があります。この方法ですと、最低でもロビーにはもぎり1名、パンフ渡し1名、靴袋配り1名、荷物預かり2名が必要です。パンフを靴袋に入れて配る方法もありますが、これはお客様が客席入口でパンフを抜かねばならず、迅速な入場から考えてあまりお勧め出来ません。同じ時間帯に受付に1名、場外の客並ばせと呼び込みに2名、場内整理にも1名必要ですから、単純に合計しただけで最低9名になってしまいます。小劇場なのに中劇場以上にフロントスタッフが必要という、ここでもたいへん矛盾した結果を生み出しています。
先に荷物を整理していただく
私の所属していたカンパニーでも試行錯誤を繰り返してきましたが、最終的に一つの結論に達しました。これに他カンパニーで見かけたアイデアや客出しのことも加味しながらブラッシュアップした方法を公開します。
この方法のポイントは、荷物を預ける準備を並んでいる段階でやっていただくことです。まず開場時間の少し前に荷物札セット(荷物札+預かり札)を配布し、場内が混雑していることを説明の上、荷物をまとめて荷物札を付けていただきます。荷物の貴重品はこの段階で取り出していただき、携帯電話も切っていただきます。屋外に並んでいただいている場合、早くコートを脱ぎすぎると寒いので、コートだけは入場直前にまとめていただきます。出来れば透明で丈夫な大きい袋も配布し、コートと荷物を一緒に入れられるようにしておくとベストです。
荷物札は入場順になるよう心掛けます。ここで荷物札をコントロールしておくと、客出しの際に順番にご案内することが可能になります。返却時の識別を考慮し、荷物札と預かり札は10番単位で色を変えておくべきでしょう。
お客様はもぎりのあと、荷物とコートの入った袋をロビーに置いていくだけです。ロビーの滞留はなくなり、荷物預かりの労力は激減されます。さらに荷物札セットを事前に配ってしまうので、この役割を他のフロントスタッフが兼ねることも出来ます。荷物預かりも1名でやっていけますので、全体で最低2名の省力化が実現します。
言葉で説明すると簡単なことですが、荷物預かりという行為を準備と受け取りに分け、準備を開場前にやっていただくというのはコロンブスの卵ではないかと思います。このフロー自体は遊気舎制作部の太木裕子氏が開発したもので、透明な袋に荷物とコートを入れるのは複数のカンパニーで実施されていることを付け加えておきます。
荷物札を利用した客出し
客出しの順序について、ツリー掲示板*1 で松田博行氏から苦しい姿勢で観ていた桟敷席から退出していただくべきではないかとの指摘がありました。これは私も同感ですが、その場合の荷物返却のアナウンスについても、入場順とは逆に荷物札の後ろからご案内したらどうかと思います。
最初に入られたお客様は比較的ゆとりある位置でご覧になっていると思いますので、退出順序を最後にさせていただき、荷物札の後ろから返却することで先に退出される桟敷席のお客様に対応しようというものです。例えば荷物札が100番まで出ている場合、次のようなアナウンスが考えられます。松田氏が紹介された早稲田大学演劇研究会のアナウンスに荷物札の要素を加味したもので、桟敷席が広い場合に有効ではないかと思います。
本日はご来場ありがとうございました。場内たいへん混雑しておりますので、勝手ながら退出の順番をご案内させていただきます。恐れ入りますがイス席のお客様はそのまましばらくお待ちいただき、桟敷席の××部分のお客様から順にお出ましください。入場時にお預かりしたお荷物は、まず荷物札100番?81番をロビーでお返しいたします。80番より前のお客様はご返却があとになりますので、しばらく客席でお待ちください。
この方法ですと桟敷のお客様を優先しつつ、さらに荷物札でコントロール出来ますので、荷物返却の混雑でロビーが身動き出来なくなる状態を防げるのではないかと思います。
荷物預かりの道具
常識的なことですが、お預かりした荷物は床に直接置くのは避けたいものです。整理中に一時的に置くのはやむを得ませんが、返却時には必ず養生シート等を敷いた上に並べたいものです。また、透明な袋に入れているからといって、無造作に袋を積み上げているカンパニーも見かけます。中に潰れやすいものが入っている可能性もあり、非常に無神経な扱いではないかと気になります。養生シートは高いものではありませんので、舞台関係だけでなく、制作者の側でも備品として数枚常備しておくといいでしょう。
荷物札セットは丈夫なプラスチック製のものを使うべきでしょう。洗濯用ピンチなどで自作してもいいでしょう。バインド線と厚紙でつくることも出来ますが、お客様の中には高価なバッグにバインド線を巻きつけることに抵抗を感じる方もいます。お客様の立場になって考え、荷物にされたら不快に感じることを現場ではしないように心掛けたいものです。
- 現在は設置していない。 [↩]