この記事は2020年6月に掲載されたものです。
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舞台芸術ギフト化計画/はじめに
fringeでは限られた観劇人口を増やしたいと考え、従来の観劇人口を分け合う「集客」ではなく、普段劇場に足を運ばない人に観劇体験をしてもらう「創客」について、演劇関係者がそれぞれの立場でなにが出来るのかを2015年から考え続けてきました。その内容は、fringe blogで「演劇の創客について考える」として、随時発表しています。
「演劇の創客について考える」執筆のヒントになったのが、私自身が7年前から急にはまった万年筆の魅了です。考えてみると、演劇と万年筆は驚くほど類似点があり、「(3)人間の意識や行動パターンは変えられるか――万年筆の殿戦に学ぶべきこと」で6つのポイントをまとめています。これはどんな趣味にも共通すると思いますが、興味を持つまでの道程が長く、中でも芸術の場合は作品ごとの嗜好が全く異なるため、本人が好む作品と出会えるかが最大の鍵だと考えます。万年筆の場合も書き味は一本ごとに異なり、その一本に出会うまでのハードルの高さが万年筆離れを招いていたと感じます。
私が7年前に再び万年筆を手にしたきっかけは、プレゼントとして選ぶためでした。その試し書きでペリカンのスーベレーンのヌラヌラ感に驚愕し、それまで私が万年筆だと思っていたのはなんだったのかとショックを受けました。大げさではなく、私は他メーカーの堅めのペン先との相性が悪く、万年筆を使うことは二度とないだろうと思っていたのです。知識としてスーベレーンの人気が高いことや、パイロットが「色彩雫」というカラーインクを発売していたのは知っていましたが、それでも同じ万年筆だろうと思っていました。どんなに評判がよくても、プレゼントを選ぶという自発的な機会がなければ、私はいまも万年筆に興味がなかったかも知れません。
舞台芸術やその周辺業界にいる人は、例外なく舞台芸術が好きな人でしょう。そのため、作品の魅力が周知出来れば、観客を集められると信じていると思います。しかし、それは舞台芸術に興味がある人の背中を押す「集客」であって、舞台芸術に興味のない人にとっては、その広報宣伝に接したとしても知識になるだけで、実際に劇場へ足を運ぶという行動は伴わないと思います。自分自身が興味のない世界に、どうすれば興味を抱くのか。舞台芸術以外の趣味に置き換えて、普通なら自分では絶対に足を運ばないもの、絶対に手に取らないものに接し始めたきっかけはなんなのかを、私は考え続けてきました。
自分に合ったものとハズレなしで出会う――表現の振り幅が大きい舞台芸術でこれがどんなに大変なことかは、舞台芸術ファンなら痛感していると思います。逆に、だからこそ舞台芸術ファンは少ないのです。舞台芸術ファンとは、この幸運な体験をすることが出来た限られた人なのです。劇場に足を運ぶ人を増やすためには、この体験を最初に味わうことが大切です。それが出来るのは誰なのかを考えたとき、それは相手の趣味嗜好を知り尽くした友人などが、最初にプレゼントする形でしかないのではないかと考えました。
舞台芸術は作品によってはチケットが確保しづらく、そもそも指定席なのでプレゼントに不向きです。チケット自体に転売規制があり、メディア芸術のコンテンツのように、他人からプレゼントされること自体が想定されていないようです。こうした現状を踏まえ、自分に合った作品と出会う喜びを舞台芸術でも実現するため、fringeでは「舞台芸術を贈る」という概念を創出し、これをどのような形で実現出来るかを考えていく「舞台芸術ギフト化計画」を提唱します。
「舞台芸術ギフト化計画」は、公益財団法人セゾン文化財団2020年度現代演劇・舞踊助成「創造環境イノベーション」の「課題解決支援」に採択されました。この概念の実現を一緒に考えていただける方を広く募り、勉強会を発足させる予定ですが、新型コロナウイルスの影響により、現在は「創客」以前に芸術団体や劇場そのものが存続の危機にあります。再開されても、定員の削減や観劇のハードル自体が高くなり、「創客」どころではないかも知れません。もしかしたら、劇場で観劇することがいまより贅沢な趣味になってしまうかも知れません。
こうした状況で、なにが正解かはわかりませんが、「舞台芸術を贈る」ことを目指して、まずは一緒に考えてみませんか。セゾン文化財団に提出した企画書をWeb公開しますので、様々な立場からご意見を聞かせていただければと思います。
一読しただけだと、言いたいことが山ほどあると思います。ツッコミどころ満載でしょう。しかし、それが逆に可能性の裏返しだと思うのです。そういうところから議論をしたいのです。この企画は事業そのものではなく、「舞台芸術を贈る」という概念を票券管理に組み込んで広めたいという試みです。例えば「U-22」「U-25」という券種が広まったことで、従来の学生割引を超えて、収入の少ない若い世代が観劇しやすくなった――そんなパラダイムシフトを目指しています。舞台芸術作品を制作する方、票券管理や販売に関わる方、そしてこの仕組みで舞台芸術作品を贈ろうと思ってくださる観客の方の参加を歓迎します。
勉強会はオフラインミーティングを東京(セゾン文化財団森下スタジオ)で計画していますが、現状を考慮してリモート参加も併用したいと考えています。このため、首都圏以外からの参加も可能です。まずは一緒に運営していただける事務局メンバーを募ります。ボランタリーベースになりますが、ご協力いただける方はコンタクトフォームからご連絡ください。
fringeプロデューサー/荻野 達也