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舞台芸術ギフト化計画 はじめに | 企画書 | 勉強会

この企画書は2019年10月に作成したものです。新型コロナウイルスの影響により、現在は「創客」以前に芸術団体や劇場そのものが存続の危機にあります。再開されても、定員の削減や観劇のハードル自体が高くなり、「創客」どころではないかも知れません。もしかしたら、劇場で観劇することがいまより贅沢な趣味になってしまうかも知れません。こうした状況で、なにが正解かはわかりませんが、「舞台芸術を贈る」ことを目指して、まずは一緒に考えてみませんか。※「はじめに」をご覧ください。

1. なぜ、舞台芸術の観客は増えないのか

人は、どんなきっかけで新しい物事に関心を抱くのだろうか。自分自身を振り返ったとき、その多くは親しい友人からの強い推薦だった。「とにかく絶対気に入るから、だまされたと思って一度××してみろ」。親しい友人ほど、相手の趣味嗜好がわかる。それなのに相手が気づいていない世界があるとすれば、紹介したくなるのは必然だ。私自身、友人に多くの存在を教えてもらい、逆に教えてきたと思う。

マスメディアの影響で自発的に興味を抱くものもあるが、それは以前から気になっていたものが、より詳しく紹介されることで関心に火がつくのであり、全く知らない世界に人を導いてくれるのは、やはり身近な人々の紹介ではないだろうか。信頼出来る人に薦められることで、「そこまで言われるのなら」と人は新しい世界へ足を踏み出すのだ。

多くの趣味は、これで問題ない。アクティビティが伴うものは、自分に合ったペースで活動をスタートさせればいいし、鑑賞系のものは紹介されたオススメ作品を、なんらかの方法で観ればいい。いまやネットやリアル、どちらかで必ず作品に触れられるはずだ。だが、舞台芸術はここが根本的に異なる。アーカイブとしての映像はあるが、本当の体験は劇場に足を運ぶことでしか得られない。そのハードルがとてつもなく険しい。

映画と比べてみよう。映画も上映期間があるが、複数館で複数回上映されることが多く、紹介されてから足を運ぶことは容易だ。そもそも人気作品なら、その集客に応じて上演期間が延長されるはずで、演劇のように「完売で観られない」ことはあり得ない。待っていれば必ず観られる。上映期間が終わったあとも、映像作品だからディスクや配信でいつでも観られるようになる。

舞台芸術の場合、上演期間は延長されないので、それが素晴らしいと演劇ファンに広まった段階で、すでに完売状態になっている。お試しで舞台芸術に触れてみる初見の人が、当日券の列に並びたいとは思わないだろう。空席があったとしても、いきなり言われて上演期間中に都合がつくとは限らない。そして、決して安価ではない舞台芸術のチケット代を、信頼出来る人からの紹介とはいえ、自費で購入するかという最大のハードルがある。

これらを考えると、舞台芸術に関心のない人に舞台芸術を紹介するとき、

  • 上演期間になってから紹介することが日程的に遅すぎる
  • 観たこともない芸術団体のチケットを購入するのは冒険

という2点がクリア出来ない限り、どんなことをしても、舞台芸術の観客は新しく増えないのではないだろうか。

これは紹介する側の舞台芸術ファンにとっても課題である。どんなに素晴らしい作品であっても、上演期間に入ってからの紹介は既存のパイの奪い合いにしかならないし、それで舞台芸術を初めて観ようという人が増えるわけでもないということを認識し、観客一人一人が新しい行動を始めないと、舞台芸術――特に現代演劇・現代舞踊は今度ますます衰退し、ごく少数の興味ある観客だけが通うマニアックな世界に陥るだろう。

現実問題として、いまのところ舞台芸術を紹介したい友人に対しては、「今度××という団体の公演があるから、絶対気に入ると思う」としか言えない。「一緒に行こう」と誘うことは出来るが、それも日程調整が必要だし、チケットをプレゼントしたくても日時指定が必要なので、映画のようにムビチケを贈ることも出来ない。舞台芸術は、他者にチケットや作品を贈ること自体が極めて難しいのだ。

贈ること自体が難しい舞台芸術に対し、紹介したい相手に気軽に贈れるスキームを立案し、芸術団体と観客双方に「こうすれば舞台芸術を贈ることが出来る」と周知し、実際の公演で票券管理に組み込んで使ってもらい、それによって舞台芸術に関心のなかった人に足を運んでもらうこと――それが「舞台芸術ギフト化計画」である。

2. どうすれば、舞台芸術を贈れるのか

舞台芸術のチケットは、全席指定または日時指定だ。このためチケットを贈るには、相手の都合に合わせた日程調整が必要となる。この煩雑さのせいで、「一緒に行かないか」と誘うことは出来ても、チケットを贈ることが出来ない。チケット販売そのものが、観劇日時を決めてから購入してもらうという枠組みのため、舞台芸術に関心がない人に「期間中有効券」のようなものを贈り、行きたいときに気軽に行ってもらうことが出来ない。

定員のある劇場で、全席指定または日時指定をすることは、票券管理の鉄則であり、だからこそ安全な興行が出来ると言える。だが、舞台芸術を観たことがない人に対しては、最初の門戸を広げるために、敢えて「期間中有効券」のようなものを出すことは出来ないか。それを突き詰めて考えると、招待客に発行している招待状が近いのではないかと思う。

通常、招待客には招待状を送り、希望日時を返信してもらい、当日受付で招待券を渡す。希望日時の返信期限は公演3日前までのところが多く、完売の場合でもかなり融通が利く。招待客に対してこのような特別な計らいが出来るのであれば、同じ考え方を適用した「ギフトチケット」を新設し、舞台芸術を観てもらいたい人に贈ることも可能ではないだろうか。

スキーム原案

(スキーム原案)
① チケットを贈りたい人が、芸術団体に「ギフトチケット」を申し込む。
  ※料金はチケットを贈りたい人がこの段階で事前決済。
② 芸術団体が、チケットを贈りたい人に「ギフトチケット」を発行する。
③ チケットを贈りたい人が、観てもらいたい人に「ギフトチケット」を贈る。
④ 観てもらいたい人が、芸術団体に「ギフトチケット」記載のコードと希望日時を伝える。
  ※希望日時を伝える締切は出来るだけ遅く設定(例:公演3日前まで)。
  ※コードは類推されない英数字とする。
⑤ 芸術団体が、観てもらいたい人に座席を確保した旨を伝える。
⑥ 観てもらいたい人が、当日受付で「ギフトチケット」を招待券と交換して入場する。

このスキームでは、「ギフトチケット」が招待状の役割を果たし、そこに記載されたコードを芸術団体に伝えることで、招待状と同様に公演ギリギリまで座席確保の便宜を図る。一般の観客とは異なる対応になるが、それは「ギフトチケット」の価格に転嫁させることで不公平感をなくせばいい。完売となった日時でも指定可能なので、その優位性と手間のかかるオペレーションに対する手数料を加味した価格設定があってよい。そうすることで逆に付加価値が見える化され、観てもらいたい人に「そんな特別なチケットなら使ってみたい」と思わせる効果があるだろう。

チケットを贈りたい人の依頼を受けて、芸術団体が観てもらいたい人に直接「ギフトチケット」を送るスキームも検討したが、見知らぬ芸術団体から郵便物が来ても廃棄される恐れがあることと、本人の同意を得ていない個人情報を扱うことになるため、チケットを贈りたい人自身が観てもらいたい人に「ギフトチケット」を贈るべきと判断した。

これらはすべて概念であり、実現するために新たなシステムを構築する必要はない。販売する券種に「ギフトチケット」を追加し、事前決済を行ない、「ギフトチケット」枠の来場日時を従来の招待客と同じスキームで対応すれば、全国のどんな公演でも実現することが出来る。ただし、招待客の数が増加することと同義なので、人気公演や全席指定の場合は票券管理の技量が必要となり、ここは制作者のスキルアップが求められるだろう。

「ギフトチケット」の概念自体は、従来の招待状のスキームを応用したもので、それ自体は特段目新しいものではない。記載のコードで識別する方法も、カタログギフトなどで一般的に行なわれている。しかし、舞台芸術の世界では誰もが使える仕組みになっていないため、私たちは周囲に舞台芸術を贈ることをあきらめていたのではないか。仕組みがあれば、人はそれを使って行動を起こすのではないか。芸術団体が招待状という特別なスキームを拡大し、観客がどうしても舞台芸術に触れてもらいたいと思う相手をポケットマネーで招待する。両者の思惑が合致したとき、舞台芸術に触れるきっかけをつくることが出来るのではないか。

不特定多数の相手に舞台芸術を贈る仕組みとしては、地点(本拠地・京都市)が開発した「カルチベートチケット」の存在が知られている。私自身も、2019年8月に動員に苦戦していたDULL-COLORED POP(本拠地・東京都)「福島三部作」東京公演で初日限定カルチベートチケットを実施し、無料チケットが「集客」効果を持つことを実証した(DULL-COLORED POPサイト「fringe主催・初日限定カルチベートチケットのご案内」)。これらは新しい「集客」の試みだが、すでに舞台芸術に関心のある層への働きかけであり、まだ関心のない層を動かして「創客」につなげるためには、信頼出来る身近な人からの贈り物がふさわしいと考え、贈り手の姿が見える「ギフトチケット」を考案した。

観客を増やすことを、観客自身の「自分事」と意識してもらい、舞台芸術を観てもらいたい身近な人には、観客自身がチケットを贈る――そうした最上流での働きかけがない限り、舞台芸術の「創客」は難しい。そのための最後の切り札と考える。

3. アクションプラン

(勉強会の開催)
「ギフトチケット」という新たな券種が実際の公演に導入可能なのか、その際のオペレーション上の課題、芸術団体・観客の双方が使ってみたいと思う工夫など、制度設計と運用の課題をブラッシュアップしていくための勉強会を開催する。

  • 2020年4月~6月
    基本構想(本企画書)発表、勉強会参加団体募集
  • 2020年7月~12月
    月1回程度の勉強会を開催

(芸術団体に向けた周知)
「ギフトチケット」という概念を伝え、それぞれの芸術団体が導入するための手順を説明したマニュアルを整備し、周知サイトでPDF配布を行なう。

  • 2020年11月~12月
    勉強会でマニュアル編集、PDF配布

(導入キャンペーン)
勉強会参加の団体を中心に、賛同する団体に2021年春公演から「ギフトチケット」を導入してもらう。導入団体の紹介を兼ねた宣伝物の配布、演劇関連メディアへのプレスリリース、勉強会での意見を取り入れた周知ツールなどを展開したい。

  • 2021年1月~2月
    導入団体のための事前ミーティング
  • 2021年1月~3月
    春の公演シーズンでの導入を呼び掛けるキャンペーンを展開

(2021年4月以降)
以後、「ギフトチケット」という概念を定着させるため、啓蒙活動を継続していく。

4. 実施体制

勉強会の運営メンバーを募集し、そこを中心に運営していく。勉強会自体は無料とするためボランタリーベースとなるが、舞台芸術の観客拡大を真剣に考える問題意識を持った人材を集めたい。

5. 効果測定

構想フェーズ、周知フェーズ、導入後フェーズの3段階で、効果測定を想定している。

(構想フェーズ)
ネット上のアンケート調査を、構想発表段階とマニュアル発行段階の2回実施。芸術団体、観客双方の関心度・利用意向を図る。

(周知フェーズ)
マニュアルをPDF配布する際のアクセス数を集計。

(導入フェーズ)
導入キャンペーン実施時に、インセンティブのある登録制度を設け、利用実態を集計する。

例:キャンペーンチラシへの対象公演リスト掲載、デザインロゴの提供などの代わりに、利用者数を報告してもらい、公演アンケートで利用者の感想を集める。