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京 チラシアートワーク指南――チラシづくりとは、情報を操作すること。
第1回デザイナーとのコミュニケーション

●分割掲載です。初めての方は「はじめに」から順にご覧ください。

情報を伝えるものが
デザインでありチラシである

――まず、講座を始めるにあたってメッセージがあれば聞かせください。

演劇活動していく上で、チラシの位置づけをそれぞれのカンパニーが明確な意図を持って取り組んでほしいというのがあります。若いカンパニーほど、舞台上のことは気を配るけれど、チラシがもう一歩踏み込んでいない、作品のクオリティに見合っていない、気が回っていないというケースがまだまだあるような気がしています。事前情報を伝えるチラシという媒体もよく考えてつくってほしい。デザインだけ語るのであればもっと力量のあるデザイナーさんはたくさんいますけど、デザイン、チラシ、演劇という三つの視点を持ってやっている私が、そこを掛け橋にして今回のこの講座でお話し出来ることは、それなりにあると思っています。なんだかうまくつながっていないデザイン業界と演劇業界の糸口をもう少し見出すため、制作者の皆さんにもデザイナー側からの意見を伝えたいし、逆に演劇チラシの仕事にどういうおもしろみがあるか、デザイナーの方々にももっと知って欲しいですしね。

――いま、カンパニーとデザイナーのあいだには距離があります。お金の問題は仕方ないけれど、それ以外で解決出来ることをこの講座で考えていきたいし、演劇チラシは舞台芸術に関心のある人々に何万枚も渡るのですから、もしかしたら注目度の低い映画チラシ以上の意味があるかも知れません。

「まだまだ演劇の仕事は安いぞ」というデザイナーの概念を払拭するようなきっかけにして、演劇チラシ全体のクオリティが上がってほしいですし、知り合いだけで仕事を回すのではなく、演劇界の人々も自信を持ってやりたいことをアピールして求めてほしい。世の中に撒くし、残るし、純粋なアートしての側面を本気でとらえていけば、デザイナーとしてもおもしろい仕事だと思います。

――若いカンパニーにとって、どうしてもギャラが発生する外部スタッフの話は敷居が高く感じるかも知れませんが、いまは無理でも将来のために考えてほしいし、私は正直言ってチラシを見て行きたいと思う公演は本当に少ないんですよ。そういう現状を変えたいんです。

チラシの役割がなんなのか、自分のやる芝居にとってどれくらい大事なのかということを知って、それにお金をかける価値や意味を考えてほしいですね。チラシはイメージではなく情報を伝える唯一のものなんです。そこからお客さんが来る可能性があることを考えてほしい。デザインの話をすると制作者の人はわからない部分があるかも知れないけれど、情報を伝えるものがデザインでありチラシであるわけで、もっと切実に考えて取り組んでほしいです。


デザイナーはカンパニーの
「ちょっと気の利いた鏡」

――カンパニーにとって、デザイナーはどういう存在だと思われますか。

いい言葉がないか探して思い付いたのが、「ちょっと気の利いた鏡」です。どういう形で映りたいかというカンパニーの意図を聞いて、それを的確に映す。もうちょっと気を利かせて、具体的に紙の上にどういう形にすればいちばん伝わるかを考え、「この顔をいちばん見せたいんだよ」と言ってくればそれが似合うように映してあげて、「今回はこの靴を見せたいんだけど、なにを合わせたらいいかわからない」というときは、それをコーディネートして映してあげる。

――自分では見えないものを気づかせる存在でしょうか。そうなると日ごろのコミュニケーションや依頼するときの接し方が重要です。そうした関係を築けるデザイナーを探すのは難しいことだと思いますが、全く伝手がない場合、どこで探したらいいんでしょう。

私も自分で営業活動しているわけではないし、一覧表があってそこに名前が入っているわけでもないので、カンパニーに合ったデザイナーを探すのは難しいと思います。私の場合、折り込みチラシを見て、その問い合わせ先を通じて声を掛けてくださった例があるんですよ。それは私を全く知らない方が、実際の作品を通じて声を掛けてくださったということで、その熱意が純粋にうれしかったので、「ではやりましょう」という話になったんです。普通は知り合いのデザイナーに頼むケースが多いと思いますが、カンパニー側もチラシの的確なイメージがあって、それに合うデザイナーを一から探したいというのであれば、どんどん声を掛けてもいいんじゃないかと思います。

――その場合、チラシのクレジットを見て連絡先をカンパニーに訊くわけですよね。

教えられませんというケースもあるかも知れないけれど、基本的に熱意を持っていればあり得ると思いますよ。そのデザイナーが「芝居の仕事はもう増やしたくない」とか、「そのカンパニーだからやっていることでほかはやらない」というケースもあるかも知れないけれど。

――デザイナーの年鑑類も出版されていますが、こうしたものを見て依頼することも考えられますか。例えば、装丁を手掛けているデザイナーの作品を見て依頼するのは危険ですか。

危険は危険だと思いますよ。装丁デザイナーは装丁のプロだし、広告のプロはそのプロだし、棲み分けがあります。いま私にいきなり装丁をやれと言われても勉強しなきゃいけないことが多すぎて、すぐには受けられないですね。でもテイストが合うのであれば、まず話をしてみないと。装丁デザイナーでチラシも出来ますという場合もあれば、逆もあるだろうし。芝居である以上、チラシが舞台より先に世の中に出ていくわけだから、いくらいい芝居をつくってもチラシがダメだと敬遠される危険もあるので、慎重に選んだほうがいいと思います。


折り合いがつけば
ギャラ以外の部分で引き受けることもある

――ほかのチラシを見て頼んでいたら、チラシを手掛けるデザイナーが広がらないのではないでしょうか。特定のデザイナーの得意先が増えるだけで、チラシの世界に新しいデザイナーを引き込むことにならないんじゃないかと。チラシは何万枚も刷って舞台芸術ファンの手に直接渡るものだし、作品の発表の場としてデザイナーにもそれなりに魅力的ではないかと思うんです。

それは多いにありますね。例えば1万5千枚の営業ツールが私の代わりに勝手に歩いてくれているわけですから。ギャラはこうだけどこういうメリットがあるよとか、うまく口説き落として、いろいろな人に参入してほしいと思います。知り合いの知り合いという、狭いところでぐるぐる回っているのが現状だと思いますので、どんどん裾野を広げてほしいです。

――映画やイベントのチラシを担当されている方にお願いしてもいいわけですよね。いきなり相手の会社に電話して連絡先を教えてくださいというのは勇気が要ると思いますが。

何事もやらないと始まらないし、会社挟んでたりすると手続き上いろいろ厄介があるかも知れないけれど、作品を見てこの人にお願いしたいと思って来てくれたというのは、デザイナーにとってとてもうれしいと思います。

――商業的な分野で仕事をされている方は、きちんとしたギャラをベースに仕事をされています。そういう方が果たして無名のカンパニーのチラシを引き受けてくれる可能性があるんでしょうか。

正直なところ、ギャラが全く変わってしまうのはデザイナー側もわかって話を聞くと思うので、「お金以外のどこにやる価値を見出すか」という折り合いがつけば、絶対に商業広告並みのギャラでないと受けないということはないと思います。デザイナーとしては、ギャラがそういうことならば「とにかく1案で好きなことをやらせてください」とか、歩みどころを見つけてやっている方もいます。

――いつも得意先で制約のある仕事をしているため、好きなことをやらせてくれるならノーギャラという方もいますね。

それは稼ぎのベースがあっての話ですよね(苦笑)。

――京さんご自身、今後ギャラが上がっていった数年後、無名のカンパニーが「お金がないけどやってほしい」と来た場合はどう対応されますか。

話は聞きますよ。そのとき私の「こういうデザインで遊んでみたい」「こういうデザインに挑戦してみたい」というタイミングと合ったり、そのカンパニーが全く新しいことをやろうとしていて、その話がおもしろければ全く無下にはしないです。

――作品の中身が琴線に触れるようなものであれば、引き受けることはあり得ますか。

あり得ます。

――それは著名なデザイナーでも同じですよね。

同じだと思います。それは関わる以上、仕事仕事でやるよりは「好きだから」「応援したいから」という気持ちがあったほうがやりやすいですし、自分のテイストと合う劇団だから「持っていくものも合うだろう」「評価されるだろう」という下地が出来ますね。

――年鑑類を見ていて、デザイナーの連絡先とカンパニーの本拠地が異なる場合がありますが(例えば東京と関西)、それを依頼するのは無謀でしょうか。

充分な時間と通信環境を揃えれば無理ではないと思いますが、やはり顔を合わせて時間をかけてやりたいことを話すというのは、初めての付き合いでは特に大事です。いきなり遠隔地操作ではなく、最初に密に会っておかないと。スケジューリングが大切ですね。「今日バイク便で」というわけにはいかないので。


お断わりしたいのは
「誰かデザイナーを探している」

――初対面のデザイナーにお会いする場合、カンパニーはまずなにを伝えないといけないでしょう。逆にデザイナーはなにを知りたいと思われますか。

継続してお願いしたいということであれば、カンパニーの成り立ちからどういうことをやっていきたいかという中長期的な展望を聞いて大枠を理解し、「それでは今回のお芝居はこれで」というのを知りたいですね。長期計画があれば、きっちりしているカンパニーなんだなということがわかるし、それがなくて「いまこれをやりたいんです」だけでは、ちょっとどうかなというのもあります。

――動員数などの具体的数字も必要ですか。

立ち上げだとデータもないと思いますが、何回か公演を打ったところは数値をもらえると、いろいろな意味で公演の全体像を描けますので、デザインも具体的に考えが及びます。

――初回の打ち合わせは、制作者+主宰者で行くべきですね。

いきなり制作の方というよりは、主宰の方とお話ししたいです。制作さんとだけ進めるのもなんだかという気がするし、両方とお話ししたいですね。主宰者もデザイナーと話したいでしょうし。初めて会うカンパニーの方にはポートフォリオをお見せし、私の振り幅を見てもらって、そこからお話をしていきます。

――ほかに持参すべきものはありますか。

カンパニーのコンセプトがなにかの形でまとまっていればそれを。過去の公演ビデオや舞台写真なども見たいです。次につくりたいチラシのイメージも、言葉でうまく説明していただければいいんですけれど、わからなければ「こんな感じのもの」ということで、イメージに近いものを世の中の印刷物から集めて、「こんなのがいいと思う」とガンガン実例を挙げてくれるとありがたいですね。実際に作品を見たほうが早いですからね。

――もし次回公演が近々にあるのなら、それにご招待するのがベストですね。

そうですね。

――50作品以上のチラシを手掛けられてきて、こういうカンパニーならぜひやりたい、遠慮したいというのはありますか。

残念ながらお断わりしたいのは、「誰かデザイナーを探している」という場合です。私の過去の作品を見てお願いしたいというのはうれしいですけれど、「誰か知り合いでデザイン出来る人を探していてたどり着いた」というのはどうかと。それは「なにをやりたいんですか」とこっちが突っ込んじゃいます。

――カンパニーではなく1回限りのプロデュース公演や、継続性がわからない集団でも問題ありませんか。

プロデュースの意図があれば、問題ありません。

(この項続く)

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