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収入=支出では公演は出来ない

予算案で収入と支出を同額にしても、それだけでは公演は出来ません。それは実際に収入がカンパニーに入金される時期が遅いため、早期に発生する支出に追いつかないためです。主な収入の入金時期は次のようになります。

チケット代
手売り 一般的に公演直前が多い
当日券・当日精算券 公演当日
プレイガイド 公演半月後~2か月後
助成金
  公演数か月後

公演前に入金されるのは手売りチケット代だけで、それも公演直前が多くなります。これは手売りが個人間のチケット売買のため、代金回収に非常に手間がかかるのと、友人知人への売りさばきのため、早期に購入してもらいにくいという背景があります。観客の心理としては、友人知人の公演だからこそギリギリでもチケットは買えると考えるのが普通であり、それを逆に早く買ってもらうというのは抵抗が大きいようです。人気公演で手売り枚数が限られているなどの事情がない限り、早期の手売りは非常に難しいと言えます。

公演直前になってやっと入金があるという状況に対し、支払いは情け容赦なく発生してきます。公演終了前に支払期日が訪れる費目のうち、金額が大きいものだけを考えても次のようなものがあります。

費目 内容 想定される支払期日
劇場費 予約金・内金等で10%~50% 公演1年前~6か月前
残金 公演2か月前~楽日
舞台美術費・衣裳費・小道具費 材料購入費等は即時払いが原則 公演1か月前~
宿泊費 手付金等で部屋数×2万円程度 公演2か月前
残金 公演1週間前
移動費 全額 公演1か月前
郵送料 郵便料金は即時払いが原則 公演3か月~1か月前
飲食費 弁当・打ち上げは即時払いが原則 公演初日~楽日
稽古場代 即時払いが原則 公演2か月前~

旅公演の場合、ここに挙げた宿泊費・移動費だけでなく、劇場費・郵送料・飲食費もそれぞれ公演地の分だけ必要になります。本拠地での公演から充分間を置いての旅公演ならまだ余裕がありますが、この順番が逆になったり、間を置かない連続公演の場合は、資金繰りが大きな課題となってきます。

ここに書かれていない他の費目は、公演終了後の支払いにしてもらったり、少額なものはカンパニーの個人個人が立て替えておくことを想定していますが、そうした交渉が必ずしもうまくいかない場合もあるでしょう。例えば上記リストでは印刷費を入れていません。印刷会社との交渉で支払期日を延ばしてもらうことを前提にしていますが、それが認められない場合は本チラシなどの多額な印刷費がさらに加算されることになります。

公演計画を立てる際は、各費目の支払期日から予想される最大不足金額を計算し、それを補うための公演準備金を確保することが不可欠になってきます。収入=支出の予算案をつくるだけなら、ある程度経験すれば誰にでも出来ます。制作者にとって重要なのは、この公演準備金の調達なのです。

公演準備金の調達方法

一般的に次のような方法が考えられます。

  1. カンパニーの劇団費を充てる。
  2. 制作者がプロデューサーとして立て替える。
  3. メンバーから公演参加費等の名目で徴収して立て替える。
  4. 収入>支出の予算案を組み、余剰金を公演準備金とする。
  5. 劇団先行予約などを実施し、早期に入金を図って公演準備金を不要にする。
  6. 手売りチケットをメンバーに強制的に買い取らせ、早期に入金を図って公演準備金を不要にする。

1はカンパニーが毎月維持費として徴収している劇団費の積立金を充てるものです。メンバー数の多いカンパニーなら相当の金額を確保することが出来るでしょう。最も健全な方法と言えます。

2は制作者が個人的に立て替えることです。カンパニーによっては、そうした役割は主宰者が担っているかも知れません。もちろん最終的に予定されていた収入が確保されれば、決算時に全額返済されることが前提です。この方法は個人的な資金がなければ不可能ですので、誰にでも出来るというものではありませんが、私は制作者がプロデューサーとして認められる通過儀礼としては推奨します。小劇場界では制作者への理解はまだまだ乏しく、プロデューサーを名乗ることがためらわれる風潮すらあります。金銭的リスクを背負うという客観的なプロデューサーの必要条件を満たすことで、カンパニー内での地位向上が図られるなら、それだけの価値があるのではないかと思います。

3は個人的に立て替えずに、カンパニー全員で均等負担するものです。予定されていた収入が確保されなければ、この参加費はそのまま赤字補填に使われますので、メンバーの手売りにも熱が入るという効用が期待出来ます。

以上は公演準備金を予算以外から一時的に調達する場合の方法ですが、以下は発想を転換し、予算の収入を早期に入金させることで解決を図るものです。

4は収入が支出を大きく上回る(もしくは支出を厳しく抑えた)予算案を作成し、その差額が結果的に公演準備金の役割を果たすようにするものです。公演規模が小さく、プレイガイドにほとんど配券しないような場合は、手売り努力と支払期日の延長によって、こうした資金繰りが可能になる場合があります。

5は従来プレイガイドに配券していた前売券をカンパニーが直接販売し、公演2か月前に前売収入を確保することで資金繰りを解決するものです。プレイガイドで多くのチケットがさばける人気劇団の場合には、非常に有効な手段となっています。ただし、予約受付→入金確認→チケット郵送という膨大な作業が発生しますので、資金繰りの観点だけで安易に導入すると、制作業務全体に支障をきたす恐れがあります。一方、プレイガイドでの販売実績が少ないカンパニーでも、よい席番(整理番号)やオリジナルチケットなどの特典を付けることによって、思わぬ収入を確保出来ることがあります。この場合、事前に手売り客の管理を確実にしておかないと、単に手売りから劇団優先予約に流れただけという結果になりかねませんので、注意が必要です。

6はいわゆるチケットノルマです。若いカンパニーでは、現実的にはこのチケットノルマが主流と言ってもいいのではないでしょうか。買い取ったチケットを手売りで完売出来れば損にはなりませんし、買取価格をチケット額面より落として、マージンを発生させているカンパニーも少なくないと思います。動員数が少ない若いカンパニーは、どうしても手売りに頼らざるを得ない面がありますので、それを促進させる意味でもチケットノルマは有効な手段です。しかし、チケットノルマだけでは客席はいつまでたっても身内客だらけです。制作者はチケットノルマが最初のステップであることを認識し、どうやって客層を変化させていくかに心を砕かねばなりません。

これら6種類の方法は、単独で用いられることもあれば、併用されることもあると思います。制作者はカンパニーの資金繰りがどうなっているかをメンバーに説明し、充分な理解を得た上で公演準備金を調達すべきでしょう。自分たちのお金の使われ方には誰もが神経質ですので、それだけ真剣に聞こうとするでしょう。公演予算がどのように成立しているのか、その過程において制作者がどんな役割を果たしているのか、カンパニーにプレゼンテーションするよいチャンスだと思います。こうした日々の説明の積み重ねこそ、制作者の役割をカンパニー全員に理解させる基本なのです。

資金繰りのテクニック

ここでは入金を早めさせる方法と、支払いを遅くする方法をいくつか紹介していきたいと思います。

入金面では、プレイガイドの締日を知っておくといいかも知れません。現在多くのプレイガイドが、楽日から最も近い締日に精算し、自動計算して所定の支払日に銀行振込するシステムです。このスケジュールは問い合わせれば教えてくれますから、それを元に1日違いで支払いが半月遅れるなどの事態を防ぐことは可能かも知れません。ただし、あくまで優先されるのは公演日程のほうですから、楽日をいつにするか迷っている場合などの参考程度にしてください。

上記の応用として、プレイガイドの締日が公演期間中に来る場合、締日を1回逃してしまうことになります。公演期間が短い場合はやむを得ませんが、長い公演なら締日までと締日以降で興行コードを変え、前半だけでも支払いを早めることが可能だと思います。2本の公演を委託することと同じですから、委託基本料は倍かかりますが、プレイガイドの入金額が多いカンパニーにとっては価値があると思います。

プレイガイドである程度の売り上げがあるカンパニーの場合、委託時の交渉で公演前の入金が可能になる場合もあります。これは途中精算というシステムで、例えば公演2か月前から前売開始するとしたら、1か月前の時点で一度精算し、その時点の売上金の50%程度を前払いしてくれるというものです。出版社が執筆中の作家に印税前払いするのと同じことです。これはどのカンパニーに対してもやってくれるというものではありません。万一公演中止になったら、プレイガイドは払い戻しの原資が不足するわけですから、信頼のおけるカンパニーにしか認められません。プレイガイドが有力興行主から配券を受けるための営業政策の一つと考えてください。プレイガイドで途中精算が出来るようになれば、カンパニーとその制作者は自信を持っていいと思います。

支払い面では、あらゆる費目を売掛処理に出来ないか交渉してみることです。売掛処理は請求書発行→締日→銀行振込という後払いのシステムですので、信用のおける取引先でないとやってくれません。初めての付き合いの場合、まずは現金払いというのが一般的だと思います。しかし、すでに信用のある他カンパニーに紹介してもらったり、注文数を増やすなどの条件で、売掛処理になる可能性があるかも知れません。

私の場合、弁当代を売掛処理してくれる店と出会い、たいへん重宝しました。弁当単品は少額でも、公演期間中の全食分を合わせると大きな出費となります。当日券・当日精算券の収入があるとはいえ、手持ちの現金で弁当代が払えるのか不安になることもありました。そんなとき、公演後最長1か月待ってもらえたこの店は、非常にありがたかったです。普通、弁当は現金で買うものという先入観があると思いますが、探せば融通が利く店がいろいろあるのではないでしょうか。

外部スタッフは小劇場界の資金繰りをよく理解していますので、交渉次第で支払いを数か月猶予してくれる場合があります。しかし、増員で呼んだ場合は演劇界では基本的に取っ払い(とっぱらい)と呼ばれる即時払いの慣習があります。確かに取っ払いのほうがスタッフも喜ぶのは事実ですが、後日銀行振込だとダメというスタッフは今日日いないと思います。増員スタッフは領収書を持参していない場合もありますので、振込明細書が残る銀行振込のほうが制作者にもメリットがあります。どうしても手持ちの現金がないのなら、お願いしてみる価値はあるのではないでしょうか。