●長期連載です。2015年に掲載した(予告)から順にお読みいただけます。
演劇と映画の宣伝の大きな違いとして、完成前の段階で宣伝する演劇はあらすじが不充分だったり、舞台写真がなくイメージ写真しかないことがありますが、もう一つ特徴的なこととして、スタッフ・キャストの過去作品、過去の代表作を積極的に紹介しないことがあると思います。
映画のサイト、ポスター、チラシでは、スタッフ・キャストの名前に重ねて代表作のタイトルを入れたり、説明文の中で監督や俳優の過去作に触れるのが一般的です。これに対し演劇は、団体の紹介文に受賞歴を入れることはありますが、個人の代表作を紹介することは小劇場系や新劇ではほとんど見かけません。
このような違いがあるのは、主に下記のような理由が考えられます。
- 小劇場系・新劇の場合、カンパニーとしての公演が中心だったので、座組を毎回紹介する必要がなかった。観客もその団体の歴史を知っていた。
- 演劇は保存されない表現なので、過去の作品を引き合いに出して紹介する文化がなかった。紹介しても過去の作品を観てもらうことが出来ない。
1については、確かに90年代まではそうだと思いますが、プロデュース公演、ユニット公演が盛んになったゼロ年代からは、公演ごとに新たな座組をしたわけで、そのときにメンバーの過去の代表作を紹介してもよかったはずですが、所属団体をクレジットする程度でした。そもそも客層が限られているので、演劇ファンなら紹介不要と思われたのかも知れません。
2についても、これまで過去の作品を観る機会がほとんどなかった観客にとっては、タイトルは記号としての意味しかなかったかも知れません。しかし、コロナ禍で演劇の配信が一般的になり、高解像度での収録・上映も始まっています。作品をアーカイブして未来に残そうという機運が高まってきた現在、過去の作品はアーティストのキャリアとして伝えるべき意味があると思います。
これらのことを考えると、私は演劇の宣伝で、もっとスタッフ・キャストの代表作や過去作を紹介してもいいのではないかと思います。噂だけ聞いていた過去の話題作に、その俳優が出演していたことを知ることで、新たな観劇のきっかけになるかも知れません。映画のように気軽に過去作にアクセス出来るわけではありませんが、「そんな過去作があったのか」と心に留めることで、いつか再演や配信があったときに琴線に触れるかも知れません。こうした小さな興味が積み重なることで、知らない団体、知らない俳優も観てみたいと思うのではないでしょうか。
振り返ってみると、演劇というのは絶えず前ばかりを見ていて(それ自体は演劇の美学だと思いますが)、過去を顧みることが少ないと思います。保存されない表現というのが最大の理由ですが、これがアーカイブやハラスメントの課題にもつながっていると感じます。これまでやってきたことを目に見える形で残し、それをキャリアとして誇れるような文化を構築するときではないかと思います。
映画の過去作がアーティストのキャリアとして宣伝されているのに対し、演劇の宣伝手法がそうなっていないのは、文化の違いとはいえ、かなりもったいないと感じます。――演劇は簡単に過去作にアクセス出来ない。だからこそ過去作を知り、再演を待ち望むような文化、他団体の公演にも興味を広げていくような文化がつくれないでしょうか。これこそが、演劇の創客につながるヒントのような気がします。