この記事は2011年9月に掲載されたものです。
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劇場法(仮称)に関する議論まとめ(2011年9月25日現在)
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10年秋の臨時国会、11年1月の通常国会に提出されるとも言われていた劇場法(仮称)だが、未だ具体的な動きはなく、2月8日閣議決定された「文化芸術の振興に関する基本的な方針(第3次基本方針)」に基づき、文化庁「劇場・音楽堂等の制度的な在り方に関する検討会」が検討事項を整理している最中だ。この間、東日本大震災により劇場法(仮称)を巡る議論は進んでいないが、地域の公共ホールなどから現場の声が届き始め、法律制定の前に劇場に対する社会的コンセンサスを得る必要があるのではないかと改めて感じる。
文化政策部会「審議経過報告」に対するパブリックコメントは735件で、舞台芸術分野が236件だった。「事業仕分け」に対するパブリックコメントに比べると非常に少ない。これを受けた審議や関係団体へのヒアリングが続けられ、文化審議会が「文化芸術の振興に関する基本的な方針(第3次)」を1月31日に答申、「文化芸術の振興に関する基本的な方針(第3次基本方針)」が2月8日閣議決定された。
文化庁サイト
文化政策部会「審議経過報告」に対する意見募集の結果(概要)
http://www.bunka.go.jp/bunkashingikai/seisaku/08_09/pdf/shiryo_2.pdf
文化審議会総会「文化芸術の振興に関する基本的な方針(第3次)について(答申)」
http://www.bunka.go.jp/bunkashingikai/soukai/kihon_housin_3ji.html
文化芸術の振興に関する基本的な方針(第3次基本方針)(平成23年2月8日閣議決定)
http://www.bunka.go.jp/bunka_gyousei/housin/kihon_housin_3ji.html
劇場法(仮称)については、「審議経過報告」の段階から「法的基盤の整備についても早急に具体的な検討が必要である」と明記され、文化庁は「劇場・音楽堂等の制度的な在り方に関する検討会」を10年12月6日設置した。
文化庁サイト「劇場・音楽堂等の制度的な在り方に関する検討会」
http://www.bunka.go.jp/bunkashingikai/kondankaitou/engeki/
同じく「審議経過報告」に「新たな審査・評価の仕組み(『日本版アーツカウンシル(仮称)』)の導入」が盛り込まれたことから、日本芸術文化振興会は「文化芸術活動への助成に係る審査・評価に関する調査研究会」を10年12月24日設置。「文化芸術活動への助成に係る新たな審査・評価等の仕組みの在り方について(報告書案)」を6月1日発表し、パブリックコメントを実施した。1週間で募集を締め切り(141件)、6月13日には微細な修正のみで報告書を提出したため、コメント提出者から批判が起きた。研究会委員が納得しているのかも疑問で、日本芸術文化振興会の強い意向が感じられる。平成23年度予算がついたため、試行する音楽・舞踊分野でプログラムディレクター、プログラムオフィサーの公募を行なった。
日本芸術文化振興会サイト/芸術文化振興基金からのお知らせ「『文化芸術活動への助成に係る新たな審査・評価等の仕組みの在り方について(報告書案)』に関する意見募集の実施について」
http://www.ntj.jac.go.jp/assets/files/kikin/topics/pdf/kikin110601.pdf#zoom=94
日本版アーツカウンシルについては、劇場法(仮称)がなくても、審査・評価等の仕組みを整備すれば従来の公演助成で問題なく、劇場助成にシフトする必要はないのではないかとの意見がある。
日本芸術文化振興会「文化芸術活動への助成に係る新たな審査・評価等の仕組みの在り方について(報告書案)」(日本版アーツカウンシル)に関する意見募集への反応 – Togetter
http://togetter.com/li/144663
この間、芸団協は10年10月19日にフォーラム「文化芸術を国の政策の基本に」を超党派の音楽議員連盟と開催。文化予算拡充、劇場法(仮称)整備の請願活動を行なった。
もっと文化を!/新着情報
「10月19日(火)フォーラム『文化芸術を国の政策の基本に』を開催しました」
http://motto-bunka.com/nakami/news/20101102.htm
劇場法(仮称)制定をにらんだ経過措置とされる文化庁「優れた劇場・音楽堂からの創造発信事業」は、芸団協の提言する新たな助成制度に呼応する形で「重点支援劇場・音楽堂」「地域の中核劇場・音楽堂」に区分、平成23年度の採択結果を4月14日発表した。これに伴い「芸術拠点形成事業」は終了。有限会社アゴラ企画(こまばアゴラ劇場、アトリエ春風舎)は、「事業仕分け」の影響で前年の3分の1となる1,600万円に減額され、「開業以来の経営難」に陥ったと4月30日発表。
文化庁サイト
「平成23年度『優れた劇場・音楽堂からの創造発信事業』採択について」
http://www.bunka.go.jp/geijutsu_bunka/pdf/23_geijutsu_ongaku_saitaku_ver02.pdfこまばアゴラ劇場サイト「文化庁重点支援施設採択について」
http://www.komaba-agora.com/info/
これまで劇場法(仮称)は具体的な条文案が存在しなかった。このため、世田谷パブリックシアターの特別シンポジウムとして、10年10月18日に「劇場法を“法律”として検証する」が開催された。ここで福井健策弁護士(骨董通り法律事務所)が試案を公表、初めて条文案を使った議論が行なわれた。この試案は解説を加え、4月下旬に流通した日本劇作家協会会報「ト書き」47号にも掲載された。
骨董通り法律事務所/知財、メディア&アートの法務第13回
「『劇場法を待ちながら』―ライブ産業の基本法典を記述する」
http://www.kottolaw.com/column_110414_1.html
衛紀生氏は、東日本大震災以降、劇場を機能で分類する従来の劇場法(仮称)案に疑問を抱き、「舞台芸術拠点による社会包摂推進法」という新しい提言を6月1日行なった。前文と条文文言の趣旨も発表している。劇場には、創造と鑑賞以前に社会的使命があるという考えで、劇場法(仮称)にも前文を設けることが必須だとしている。
可児市文化創造センターサイト/館長の部屋「いまこそ『舞台芸術拠点による社会包摂推進法』の制定を―劇場経営から見るソーシャル・プログラムの効用。」
http://www.kpac.or.jp/kantyou/essay_113.html
平田オリザ氏は3月19日に金沢(主催/金沢市民芸術村)、5月7日に東京(主催/早稲田大学演劇博物館グローバルCOE「演劇映像学の国際的教育・研究拠点」芸術文化環境研究コース)などで劇場法(仮称)を訴えたが、9月2日の野田内閣発足と共に内閣官房参与を退任した。
劇場運営・経営のシンクタンク「ザ・ゴールドエンジン」には、公共ホールの動き、職員の声が集まっている。それによると、全国公文協は2月15日の理事会で「(仮称)劇場法について」の提言案を報告、芸団協案より地域住民の目線を意識した内容になっているという。10年11月時点での「劇場技術者たちの意見」も多数掲載されている。
ザ・ゴールドエンジン「公立文化施設のための劇場法に関する議論」
http://www.geng.ecnet.jp/gekijyohou.html
世田谷パブリックシアターが10年8月19日に開催した講座「公共劇場は、誰のものか」で大石時雄氏(いわき芸術文化交流館アリオス支配人)は、アリオスは「公立文化会館であって、公共劇場だとは思っていない」とし、劇場法(仮称)が施行されても貸館優先の集会場でいいと宣言。施設ごとに役割は違い、相互に補完する関係だとした。
世田谷パブリックシアター レクチャープログラム
講座記録2010「公共劇場の運営」Vol4.「公共劇場は、誰のものか」
http://setagaya-pt.jp/lecture/archive/archive_a_2010_02_04.html
10年8月20日発行のシアタープランニングネットワークのニュースレター「Theatre & Policy」62号は、猿田耀子プロデューサーの「公共劇場と芸術監督」を掲載。劇場法(仮称)が劇場運営を芸術家に取り戻すのは大賛成としながら、かつてSPACやまつもと市民芸術劇場で経験した違和感を挙げ、芸術監督制への疑問を書いている。
シアタープランニングネットワーク「Theatre & Policy」62号
http://www5a.biglobe.ne.jp/~tpn/no62.pdf
平田氏抜きで劇場法(仮称)を考える場も広がっている。主なものとして、10年8月23日に岡山県天神山文化プラザが勉強会、10年11月28日に愛知で日本アートマネジメント学会全国大会、10年12月12日に神戸で日本文化政策学会年次研究大会、1月19日に東京でTAGTASフォーラム、2月11日に名古屋で世界劇場会議国際フォーラム、2月17日に東京で全国公立文化施設アートマネジメント研修会、3月3日にとちぎ生涯学習文化財団が研修会、3月21日に鳥の劇場がアートマネジメント講座など。
日本文化政策学会のラウンドテーブルでは、地域では創造型と提供型の中間にある施設が多く、それを拠点施設に引き上げる必要があることや、中央集権的な文化政策にならないか監視し、アーツカウンシルは地域ごとに設けるべきとの意見が出た。
神戸新聞NEWS「芸術の適正な評価制度を『劇場法』めぐり意見交換」
http://www.kobe-np.jp/news/bunka/0003689579.shtml
現場の声を吸い上げる動きも活発化してきた。劇評サイト「ワンダーランド」は、10年8月16日から「芸術創造環境はいま―小劇場の現場から」を連載開始。全国の公共・民間ホールへのロングインタビューを続けている。
10年11月5日掲載の第3回では、シアターX(東京・両国)の上田美佐子プロデューサー兼芸術監督が、内容が明確になっていない法案が進んでいることへ警鐘を鳴らし、法律が持つ強制力に対し、芸術家はもっと緊張感を持つよう訴えた。
5月7日掲載の第9回では、あうるすぽっと(東京・池袋)の松島規支配人が、求められる役割や個性が出すぎる点から芸術監督制は原則的に反対で、劇場法(仮称)が芸術監督を義務づけることに対し、「本末転倒の議論が独り歩きしているように感じられる」とした。劇場法(仮称)が東京中心、公共ホール中心の視点で進んでいることに強い違和感を訴え、団体助成や民間劇場の必要性を語っている。
6月2日掲載の第10回では、三鷹市芸術文化センター(東京都三鷹市)を運営する三鷹市芸術文化振興財団の森元隆樹事業係長が、劇場助成より公演助成のままでよいとし、芸術監督制の具体的な疑問点を挙げている。現場がよほど成熟してチェック機能がないと、芸術面の客観的なジャッジが出来なかったり、不正の温床になりかねないとした。カンパニーも営業力の高いところだけが優遇される可能性があるとしている。
9月21日掲載の第12回では、ホールを持つ公立美術館の2氏が登場。高知県立美術館(高知市)の藤田直義館長、金沢21世紀美術館(金沢市)の近藤恭代交流課長兼チーフ・プログラム・コーディネーターとも芸術監督制は疑問だとし、学芸員に相当する専門スタッフの充実に努めたほうがよいと語った。近藤氏は「上から目線で、東京中心の中央集権的な考えで、芸術監督を置かなくちゃいけないという発想」だとし、スタッフが育てば制度的なものも解決されるはずで、時代に逆行しているとした。
ワンダーランド/連載「芸術創造環境はいま―小劇場の現場から」
第3回 上田美佐子さん(シアターXプロデューサー・芸術監督)
http://www.wonderlands.jp/archives/16286/
第9回 松島規さん(あうるすぽっと 支配人)、小沼知子さん(同プロデューサー・広報担当)
http://www.wonderlands.jp/archives/17876/
第10回 森元隆樹さん(三鷹市芸術文化振興財団事業課事業係長)
http://www.wonderlands.jp/archives/18020/
第12回 藤田直義さん(高知県立美術館館長)、近藤恭代さん(金沢21世紀美術館交流課長/チーフ・プログラム・コーディネーター)
http://www.wonderlands.jp/archives/18772/
10年10月上旬に流通した日本劇団協議会機関誌『join』69号は、検証座談会「改めて『劇場法』を考える」を掲載。高萩宏氏、蔭山陽太氏(神奈川芸術劇場支配人)はいまがチャンスだと主張しているが、劇場法(仮称)ありきで議論が進んでいる感がある。現在の立場を離れ、芸術監督制の功罪などをもっと掘り下げる必要があるのではないか。
10年11月1日に発行され日本演出者協会誌『ディー』5号は、平田氏へのインタビューを掲載。劇場法(仮称)に対する本音を引き出している。世界標準である劇場での創作に移行し、プロとアマチュアを明確に区分。健全な競争状態で世界に通用する状況を20年かけてつくりたいと語っている。日本演出者協会では劇場法(仮称)への反対意見が当初多かったが、法律制定後のリアルなイメージが描けない中、賛成でも反対でもない「疑問派」が増えてきたという。日本演出者協会では劇場法研究会を設け、議論を重ねている。
10年11月20日には、伊藤裕夫+松井憲太郎+小林真理編『公共劇場の10年』(美学出版)が出版された。公共劇場の活動が本格化した90年代後半からの動きを概観し、今後の在るべき姿を考えるもので、劇場法(仮称)への論考、10年7月までの動きをまとめた資料を収録している。
鈴木忠志氏(SCOT主宰)は「STAGEWEB」1月23日掲載のインタビューで、現在の動きに対して知識がないと前置きしながら、一度法律が制定されると行政はそれを執行しようとし、不便なことが出てくるので、制定する前に「劇場とはなにか」を国民的に議論して認識を合わせるべきだとした。平田氏に配慮しつつも、法律の怖さを知る世代の真っ当な発言に思える。
STAGEWEB「鈴木忠志が語るSCOTの活動展開と劇場法」
http://www.stageweb.com/2011/01/scot2011.html
3月15日に発行された企業メセナ協議会機関誌『メセナnote』68号「文化政策ウォッチング」に、荻野達也(fringeプロデューサー)が「劇場法(仮称)の議論に必要な視点」を寄稿。これまでの提言をまとめた。
fringe/荻野達也の原稿「劇場法(仮称)の議論に必要な視点」
http://fringe.jp/about/profile/articles/a002/
4月28日に出版された『これからのアートマネジメント “ソーシャル・シェア”への道』(フィルムアート社)で、「『劇場法』ってなんですか?」を曽田修司氏(跡見学園女子大学教授)が執筆。これまでの流れと今後の動きをまとめている。
5月20日に開催された「Space早稲田演劇フェスティバル2011」のシンポジウム「小劇場と小劇団のこれからを考える」は、劇場法(仮称)と助成制度を巡る議論となり、村井健氏(演劇評論家)が法案の具体的な内容が見えず、民間劇場も対象にした法律に変わるのではないか、との噂を伝えた。助成金を受けるために「管理された表現」になる危険性や、創造拠点が既存のカンパニーとマッチングせずにプロデュースにシフトすれば、「間接的な劇団の解体促進法ともなりかねない」とした。平田氏は具体的な条文案をつくり、異論のある人と意見を戦わすことが必要としている。
参加した制作者の吉田重幸氏(ストーリー・レーン)は、日本では公共ホールに対する社会的コンセンサスがまだ取れておらず、劇場が創造拠点だという認識がないとし、そこに助成を出しても地域に還元があるとは思えないと発言。法律はどうにでも運用出来るので、縛りや未完成なものへのフォローがないと「演劇はダメになる」と語った。これに対し座・高円寺(東京・高円寺)の桑谷哲男支配人は、日本にはスタンダードという模範や常識がないことがいちばんの問題だとしている。
Space早稲田演劇フェスティバル2011/シンポジウム「小劇場と小劇団のこれからを考える」
http://ameblo.jp/2011waseda/entry-10995561027.html
衛氏は、8月15日に「【提言】『第五世代の劇場』を―顧客の受取価値がすべてという考え方。」を発表。公会堂(第一世代)、市民会館(第二世代)、多目的文化会館(第三世代)、専用劇場・ホール(第四世代)を経て、市民とのソーシャルマーケティングを第一義とした「社会機関」を目指すべきとした。
劇場の役割を機能で区分せず、「舞台成果という『製品志向』ではなく、関係づくりという『顧客志向』」で考えるべきという主張は、劇場法(仮称)と一線を画すアリオスの大石氏の理念と通じるものがある。大石氏は、「アリオスは劇場やホールよりも、公園とトイレとキッズルームに力を入れている」と語っている。これまで推進派は、劇場を芸術家の手に取り戻すことが結果的に観客の利益にもなると主張してきたが、ここでは芸術家と観客という関係性よりさらに広い視点が求められている。
可児市文化創造センターサイト/館長の部屋「【提言】『第五世代の劇場』を―顧客の受取価値がすべてという考え方。」
http://www.kpac.or.jp/kantyou/essay_116.html
文化庁「劇場・音楽堂等の制度的な在り方に関する検討会」は東日本大震災の影響で3か月半以上中断し、まだ検討事項を整理している段階だ。内容も各論併記となっており、結論が出るには設置期限の12年3月までかかりそうだが、劇場法(仮称)は議員立法で上程されると言われており、必ずしも文化庁の法案制定と同期するとは限らない。慎重に推移を見守る必要があるだろう。