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とくお組「クッキング!」

Ustreamの登場は、演劇分野でもプロモーションやコミュニケーションの可能性を大きく変えようとしている。これまで映像を届ける方法としてはYouTubeがあったが、公演の予告編やオリジナルコンテンツのオンデマンド配信に使われていたのに対し、手軽にライブ中継が出来るUstreamは、稽古場や公演会場にカメラを持ち込んだ「だだ漏れ」中継や、意図的にオンデマンドしない一度限りの配信など、これまで想定していなかった使われ方が広がっている。

演劇分野で最初にUstreamが使われたのは、2009年8月30日にぽんプラザホール(福岡・キャナルシティ博多横)で開催された座”K2T3(本拠地・福岡市)『アーリー・myラブ』のポストパフォーマンストーク「地域劇団のロングランQ&A~私たちはこんな準備をしました~」と思われる。これまでセミナーのネット中継を試行していたNPO法人FPAP(本拠地・福岡市)が企画したもので、Ustreamをいち早く採用したもの。

10年2月からは演劇サイト「PULL」が、Ustreamを使ったインタビューや座談会のライブ中継を開始した。2月27日には名古屋市千種文化小劇場(ちくさ座)「千種セレクション」(2010/3/2付本欄既報)会場から名古屋の演劇シーンを伝え、地域間の距離を簡単に埋めてしまった。演劇人の本音を気軽に届ける「PULL」の手法は、その後のコンテンツ配信に大きな影響を与えている。

「PULL」編集メンバーの鳴海康平氏(第七劇場主宰、本拠地・東京都豊島区)がフェスティバルディレクターを務める「SENTIVAL! 2010」(4/14~6/27、東京・atelier SENTIO)では、全10作品でUstreamを使ったポストパフォーマンストークを実施。同フェスと実行委員の多くが重なる第17回BeSeTo演劇祭関連企画「BeSeTo+」(7/2~7/16、東京・新国立劇場特設会場)で全プログラムをライブ中継するなど、鳴海氏を軸とした流れが生まれた。

鳴海氏は、時間堂(本拠地・東京都北区)『月並みなはなし』(3/11~3/14、座・高円寺2)無料ワークインプロブレスのライブ中継も3月2日に行なっている。時間堂自身が稽古場公開に積極的で、この作品でも5回に及ぶ無料ワークインプロブレスを実施し、その最終回を中継したもの。オンデマンドでも見られる状態で、公演前の画期的配信だった。

続いて鳴海氏は第七劇場の舞台映像オンデマンド配信にも踏み切る。4月20日にはYoutube、5月17日にはUstreamを使い、千種セレクションで上演した『かもめ』(上演時間60分)を公開した。有料公演はDVD化するのが一般的だが、ネット上で視聴出来る状態にして、カンパニーの作品世界を紹介している。これに対し、Ustreamで1回限りのストリーミング配信をしたのがMU(本拠地・東京都)。予告編などで周知し、6月8日に短編作品『×』(上演時間45分)を配信した。MUを観る機会がなかった観客、地域の観客に向けたタッチポイントだとしている。

「ゲネプロちょっとだけ生中継」と題し、「試観劇」としてゲネプロ冒頭部分をライブ中継したのが庭劇団ペニノ(本拠地・東京都渋谷区)。『アンダーグラウンド』(6/6~6/13、東京・シアタートラム)で6月5日のゲネプロを15分程度中継した(以降は音声のみで30分すぎまで中継)。オンデマンドでも見られる状態で、これも画期的試みだった。ペニノは「仕込み風景生中継」として、6月2日11時~21時に「だだ漏れ」中継も行なっており、大掛かりな舞台美術で知られる同カンパニーへの興味を掻き立てた。

会場風景のライブ中継は、reset-N(本拠地・東京都世田谷区)も『視野』(6/11~6/14、東京・アサヒ・アートスクエア) で実施。開演1時間前からラウンジタイムが設けられ、ドリンクや軽食の提供がある時間帯をそのまま中継した。仕込み風景もテスト的に中継している。

有料公演を全編ライブ中継した例としては、3月に旗揚げした劇団ロ字ック(本拠地・東京都)が、7月18日にイベント公演『パラダイス』(上演時間30分)をそのまま配信している。フェスティバル「鬼FES.2010」(7/17~7/18、東京・APOCシアター)の一環で有料上演されたものだが、主宰が元レコード会社プロモーターということで、積極的にUstreamを使用したもの。

商業演劇でもUstreamは使われており、パルコ(東京都渋谷区)は6月17日の『LOVE LETTERS』初日記者会見を皮切りに、ライブ中継を積極的に行なっている。正式にアレンジしたもの以外に、囲み記者会見を当日急遽中継することもあり、ファンの注目を集めている。

公演のプロモーションではなく、Ustream上で公演そのものを行なったのがとくお組(本拠地・東京都大田区)。5月16日にライブ中継したTwitter×Ustream連動型演劇「クッキング!」は、ソーシャルストリームで視聴者からお題をもらい、その場でエチュードを行なうユーザ参加型コメディで、世界初の試みとしている。

とくお組は、これまでも会場で観客から携帯電話でお題を募る方法で「クッキング!」を上演しているが、今回は同等のものを無料公開する試み。会場は5月10日にオープンしたばかりの渋谷Ustreamスタジオ(東京・渋谷)を使用し、21時~23時に配信。短期間の告知にも関わらず、同時最大アクセス300名以上・累計3,000名を記録し、公式ブログでは「これからの無限の可能性を感じざるを得ません」としている。第2弾も6月25日23時~26時にUstreamルーム(東京・渋谷)からライブ中継した。以前からYouTubeやポッドキャストでオリジナルコンテンツの発信に積極的なカンパニーだが、さらに勢いがついている。

有料コンテンツの配信については、東京で開催されるセミナーの全国配信を希望する声も聞かれるが、採算面や内容の公開を巡って課題が残り、不特定多数への配信はほとんど実現していないのが現状だ。芸団協(社団法人日本芸能実演家団体協議会)が4月30日~5月1日にラウンドテーブル「劇場法(仮称)で何が変えられるのか?!」を芸能花伝舎(東京・西新宿)からライブ中継(4月30分はオンデマンド)したが、これは合意形成のための無料企画で例外と言えるだろう。リーチを広げるために有料コンテンツをどこまで無料配信するか、関係者のあいだで模索が続いている。

札幌市教育文化会館(札幌・西11丁目)は、8月12日~15日に開催する「守輪咲良メソッド演技ワークショップ」初日をほぼ全編ライブ中継する。初日はオリエンテーションで無料見学可能のため、Ustreamで公開するもの。視聴者からの質問もチャットで受け付ける。敷居の高いワークショップの間口を広げる試みとして注目される。

今後のUstreamを使った主な企画としては、稽古場施設である大阪市立芸術創造館(大阪市旭区)がUstreamスタジオを設置し、7月から自主番組配信「GEISOU.TV」を開始。10月に一般開放する準備を進めている。THE ORIGINAL TEMPO(本拠地・大阪市)は本公演の公開稽古を10月18日にライブ中継予定。

この1年で演劇界にも急速に広がったUstream。ライブという演劇に不可欠な要素が加わり、どのように映像を活用するかが問われている。プロモーションやコミュニケーションを重視しながらどこまでコンテンツを見せていくのか、可能性を模索している段階と言えるだろう。

NPO法人FPAPサイト/ぽんプラザホール「ロングランシアター」アフタートーク
http://www.fpap.jp/lrt/2008/after.html

とくお組ブログ「世界初達成!」
http://www.tokuo-gumi.com/MT/blog/2010/05/post_514.html