この記事は2002年9月に掲載されたものです。
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助成金と旅公演のテクニック(松尾洋一郎+詩森ろば+荻野達也)(2)
●分割掲載です。初めての方は(1)から順にご覧ください。
旅公演における劇場の選択
荻野 青年団の旅公演でおもしろいと思うのは、劇場の選択なんですね。演劇の場合、どの劇場でも出来るというものではないと思うんですけれど、逆にそれを駆使されて、大きいホールの場合、独特な言葉だと思うんですが「舞台上仮設劇場」というシステムをやってらっしゃいますね。
松尾 「舞台上仮設舞台」や「舞台上仮設劇場」という言い方を自分たちではしています。青年団の公演に適したホールというものは、キャパシティがだいたい400名くらいになります。それほど大きな声を出して踊ったりする芝居ではなくて、かなり細かいと言いますか緻密と言いますか、普通の声のトーンでやる芝居ですから、どうしても大きなホールだと出来ないという弱点がありました。「舞台上仮設舞台」に至ったのは、まだ青年団がICU(国際基督教大学)という大学で学生劇団だったころに遡ります。大学の中は劇場のようなところは大きな講堂しかないんです。では、学生たちはどういうところで公演していたかというと、会議室のようなところがありまして、そこを改造して使っていたんです。客席を雛壇に組みまして、舞台はフラットにして、照明はないですから外から電源を引っ張ってきて、鉄パイプで箱を組んで、そこで照明を吊り込んで公演をやっていたんです。
こういうシステムを持っていたんで、中ホールしかない劇場に行ったときに、この舞台上の仮設舞台というのが出来るのではないかと思いました。そこでホールの担当の方に提案するわけです。私たちは過去に大学でやっていますから、ノウハウはあるんですけれど、ホールの担当の方は「劇場をちゃんと劇場として使ってほしい」というリクエストが当然あるので、実現までにはちょっと苦労しました。実際、担当の方にお話しすると理解を示してくださるんですけれど、決裁の権限を持っている上の人は非常に立派な劇場ですから、「やっぱり劇場として使ってほしい」というリクエストがあります。劇場としてちゃんと使うと私たちの演劇はうまく見せることが出来ないんで、そこを説得して「舞台上仮設舞台」として使うのは苦労しました。ただ、一度「舞台上仮設舞台」で公演してしまうと実績になりますから、2回目以降はうまくいくケースが多くなってきました。
荻野 青年団はそうしてテクニックを駆使されているわけですけれど、実際にカンパニーが招聘される場合は、すでにある劇場に来ませんかという場合が圧倒的だと思うんですね。そこで詩森さんにお尋ねしたいんですが、カンパニー側としてどの劇場でもいいということはないと思うんですよ。やっぱりやりたい劇場とか、そういった魅力のようなものを勘案されると思うんですが、どういったところを重視されますか。
詩森 風琴工房の場合は場所を決めてから戯曲を書くというスタイルを取っているので、作品を会場に持っていって当てはめるというのが難しいというのと、仕込み自体も同じスペースで最低2日、長い場合だと1週間取ってやる形になるので、なかなかパッと旅公演に持っていくというのが考えづらい形態ではあるんですね。むしろ旅公演に行くんだったら、空間を見せていただいて、その空間のために作品をつくるという形だったらものすごく魅力を感じるし……。それはどういう会場だったら魅力を感じますということをこの場では言えないんだけれど、その会場と一緒にモノづくりが出来るというアーティスト・イン・レジデンスみたいな感じの環境だったら、すごい魅力を感じます。東京でつくった作品をまた3か所持っていくというのは、いまの体制だと難しい感じはありますね。
様々な旅公演のスタイル
荻野 単に呼ばれるのではなく、その劇場に合った作品を一緒につくりたいということですね。アーティスト・イン・レジデンスという言葉が出ましたけれど、ちょうど青年団はそういったつくり方をご経験なさっていますよね。『南へ』でしたっけ?
松尾 そうですね。『南へ』という作品が1995年に南西諸島――沖縄のはるか南西の日本の最西端に与那国島という島があるんですけれど、そこに一か月ほど滞在して『南へ』という作品をつくったことがあります。
荻野 具体的にどんな感じなんでしょうか、アーティスト・イン・レジデンスの現場というのは。
松尾 作・演出の平田オリザと劇団が全体で行きまして、与那国島で体育館を一つ借りて、そこで夏のあいだ稽古していました。ただ稽古するだけでは地元にとってもなんのメリットもないですし――私たちとしても稽古するだけでもおもしろいんですけど――もうちょっと公共性のある仕事をしたいというのがありまして、地元の小学校・中学校の生徒や地元の大人を対象にワークショップや講演会をしていました。1か月間の長期滞在ですから、ワークショップも非常に長いものが出来るんです。平田オリザがよくやるパターンなんですけれど、いろいろ課題を出しておいて、10分から15分くらいの作品をワークショップの受講生たちに創作させるんです。そういったものも1週間かけてつくることが出来ましたので、非常にそれはおもしろかったです。
与那国島というのは人口がすごく少ないんです。1,800人くらいで高校がない。小学校も生徒が20人ぐらいですから。劇団員が野球の道具を持っていって一緒に野球をしたりですとか(笑)、サッカーをしたり、普通の草の根交流みたいなこともしました。自分たちの島の子供たちだけだと、22人いないからサッカーチームがつくれないんです。半分は女子ですから、男子は10人程度です。劇団員が行くと一緒にゲームが出来るんで、非常に楽しかったようです。
荻野 青年団は海外公演も経験されてると思います。ストレートプレイのカンパニーが海外公演を実現させるのはまだ少数派だと思うんですが、どういったご苦労や印象がありますか。
松尾 海外公演については、青年団の場合は海外のカンパニーあるいは演劇人に対して、影響を与えようという目的があります。単に日本から来て、上演して、「おもしろかった、よかった」では終わらせたくないという思いがありました。だから、海外公演に対しては非常に綿密な準備をしています。劇団の活動やプロフィール、主宰者のプロフィール、主だった劇評などを英訳して資料をつくりまして、私たちに興味がある団体には配布しておきました。ビデオもこちらで英語字幕付きのものをつくりまして、それも興味のある劇団や演出家の方に配れるようにしています。うちの劇団の活動を理解してもらって、呼んでくれる劇場やカンパニーの元に行きたいと思っているので、準備段階から考えると非常に時間はかかるんですけれど、その分の成果は上げていると思っています。
旅公演実現のポイント
荻野 それでは実際に、旅公演を実現させるにはどういったところがポイントなのかを話し合っていきたいと思うんですけれど、率直に言って青年団を招聘するのに必要な条件とはなんでしょう。
松尾 もし一点に限るのであれば、しっかりした受け入れの体制が整っていることです。あとは情熱を持って呼んでくだされば、なるべくそれには応えたいと思っています。実際には予算面とか会場とか、そのような問題が出てくるので、それをどうクリアしていくかになります。
荻野 遊気舎の過去の例を申し上げますと、旅公演の招聘は結構あったんですけれど、半分くらいしか実現しておりません。これはキャスト・スタッフ合わせると50名くらいの大集団なもので、どうしても宿泊費・交通費が予算でペイ出来ないという問題があったりとか……。大阪に本拠地のあるカンパニーでしたから、「東京公演の帰りにこの都市に寄ってくれないか」とか、「帰る途中だからいいでしょう」という言い方もよくされたんですけれど、その辺がいわゆる新劇系カンパニーと小劇場系カンパニーの違うところじゃないのかなと私は切実に思うんです。そういったところはいかがでしょう。
松尾 50人というのは人数が多いのでびっくりしました。私たちも多いのですが、ツアーに行くのは30人くらいです。それくらいの人数なんで、その予算で出来るかどうか考えます。私たちも1か所だけ単独で公演をして帰ってくるよりは、俳優の拘束期間もギュッと固められますから、ツアーを組んだほうがやりやすいです。公共ホールから公演のお話をいただいたときは、まず日程の調整をします。その劇場をうまく軸にしてツアーが出来ないかということを考えます。例えば、その地域からそれほど遠くないところで過去に公演をした劇場や、親しい劇場・劇団の方がいるところに声を掛けていって、「もしこの時期だったらそれほど予算がかからないで出来るけどどうですか」という感じで打診をして、調整することがあります。私たちからお話があったところを軸にして打診しているんで、単純に「帰りだから出来るでしょう」というのとは違うんですね。
荻野 そういったツアーの日程を組まれるためには、お話のスタートとして、公演のどれくらい前から声をお掛けしたら実現する可能性というのはあるんでしょうか。
松尾 だいたい声が掛かってくるのって、予算の概算請求の時期くらいですから、いま(8月)の時期とか、これから1か月くらいのあいだです。そこで最初に話が来ますから、それから軸にという感じです。ただ、絶対そこでなければ出来ないということではないですね。例えばもうちょっと遅い時期に来ても、その地域と近い地域の公演があれば、その時期にスケジュールを合わせてもらうということは可能ですから、いつということはないですね。ただ、半年前だと厳しいですから、ある程度の余裕は持ってお願い出来ればという感じです。
(この項続く)
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