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私は、助成金はエンタテインメント系より観客を選ぶアーティスティック系のカンパニーに配分されるべきだと考えている。もちろん、エンタテインメント系だって助成金がもらえるとうれしい。カネはあって困ることはない。私自身、初めて芸術文化振興基金から50万円もらったときは小躍りしたものだ。だが、プロデューサーとしての経験や小劇場界の状況を考えると、本当に苦しいのはアーティスティック系で、やはりそちらに重点配分されるべきだと思う。エンタテインメント系は観客動員を伸ばすことで入場料収入も増やせるし、グッズの物販収入も大きなウエイトを占める。役者の人気が出ればマスコミ出演の機会も増えるし、収入源を自己努力で確保出来る道が開けているのである。

昨年度の文化庁アーツプラン21のうち、公演ごとに助成される舞台芸術振興事業の内訳を見て驚いた。助成額の最高は劇団☆新感線『古田新太之丞東海道五十三次地獄旅~踊れ!いんど屋敷~』1,900万円である。2位は日本児童・青少年演劇劇団協議会『傷だらけのリンゴ』の1,150万円で、新感線は群を抜いているのだ。新感線といえばエンタテインメント系の代表格だが、そこにこれだけの金額を注ぎ込む意義というのは、いったいなんだろうか。もちろん、新感線が水準の高い作品を提供していることは事実で、カンパニー側が悪いというのではない。採択する側に理由を訊きたいのだ。国の文化予算、つまり私たちの税金が原資となっているアーツプラン21の場合、その配分には納得出来る説明が必要だ。舞台芸術振興事業は51件で総額2億6,900万円。そのうち7%の金額をエンタテインメント系の新感線1件に配分する理由はなんなのだろうか。

平成12年度舞台芸術振興事業演劇分野内訳

そして今年度、新感線はアーツプラン21の目玉である芸術創造特別支援に採択された。これはカンパニーの自主公演すべてを総合的に支援するもので、原則3年間継続される。日本の芸術水準向上の牽引力となることが期待される芸術団体を重点的に助成するもので、金額的にも従来の数倍と言われている。文化庁の審査委員会は、なぜこんなに新感線を優遇するのか。助成が本当に必要なところはどこかを、真剣に考えているのだろうか。

文化庁アーツプラン21「芸術創造特別支援」平成13年度採択団体

いま東京では、8月末の劇団☆新感線若手公演のチラシが出回っている。このチラシにも文化庁芸術創造特別支援のクレジットが入っている。若手公演といっても中劇場で5日間、在京の若手劇団から客演を多数招いた本格的なものだ。チラシには主宰・いのうえひでのり氏が文章を寄せ、この公演が企画された経緯を紹介している。それによると、新感線は今年3月に若手対象のワークショップを行ない、それが非常に充実していたため、「このまま終わらすのはもったいねぇ」ということになり、急遽芝居を打つことになったとある。

私が疑問に思うのは、いくら活動を総合的に支援するものであっても、事前に年間事業計画の確認くらいはあるだろうから、いのうえ氏が書いたことが本当に事実なら、その事業計画から逸脱した使途にはならないのかということだ。若手公演は以前から決まっていて、いのうえ氏の文章は話をおもしろくするための脚色なら問題ないのだが、いのうえ氏の書いていることが事実だとすると、芸術創造特別支援はカンパニー任せのノーチェックの助成金ということにならないか。芸術文化振興基金や舞台芸術振興事業が公演1件ごとに企画内容を厳しく審査され、多くのカンパニーが申請書作成に苦労していることを考えると、あまりの差に愕然とする。これまで芸術創造特別支援を受けたカンパニーは、それなりに身を引き締めて使っていた感があったことを思うと、いのうえ氏の文章は余計納得出来ないのだ。

結局のところ、こうした助成の審査は、選考委員の大半を占める演劇評論家の主観に左右されてしまう。新感線はメディアへの露出も多く、年配の演劇評論家にも受けがいい。人間は自分の理解出来る範囲内は冷静に評価するが、それを超越したものに対しては無条件に認めてしまう傾向がある。年配の演劇評論家にとって、新感線はまさにそういう存在なのではないだろうか。委員の中に新感線を強く推す者が一人いれば、それで助成が決まってしまうというのが実態なのではないか。これが違うというのなら、文化庁は委員ごとの採択判断一覧を公開してほしい。文学賞や戯曲賞では、最終選考会の模様が選評の形で公開されるのが一般的である。それによって私たちは各委員の多様な価値観を知り、衝突や葛藤の中で導かれた結果に納得するのである。助成金もこれぐらいの透明性があって当然だろう。繰り返すが、これは税金なのだ。

私は、芸術文化振興基金や文化庁アーツプラン21の採択基準については、設立当時から疑問を抱いている。エンタテインメント系への配分もそうだが、東京在住の委員たちが地域のカンパニーを正当に評価出来るわけがないと思っている。東京公演をしないカンパニーは、地元での劇評や受賞歴を山のように添付しないと評価されないはずだ。同等の作品を提供しているにもかかわらず、地域のカンパニーは東京の何倍もの苦労が必要になる。普段は地域からの文化発信を口にしている委員が、こうしたカネの配分になると消極的に思えてならない。あとで責任を問われないために、「観ていないがここなら大丈夫」という免罪符が欲しいのだろうか。

この文章は委員の顔ぶれを見ながら書いているのだが、事態を改善するには委員の入れ替えしかないのではないかと真剣に思う。高名な演劇評論家の名前が並んでいるが、彼らが小劇場クラスの新しいカンパニーに足を運ぶ行動力が本当にあるかどうかは、甚だ疑問である。こうした名ばかりの大家ではなく、寸暇を惜しんで現場を観てくれる若手劇評家クラスの方々に委員になってほしい。さらに最低全国各ブロックから、地元を熟知した委員を追加してほしい。

こういうことは日本劇団協議会が文化庁に意見しないと無理だろうが、劇団協議会に入るには入会金10万円+年会費36万円(月額3万円)が必要だ。なぜこんなに高額なのだろう。小劇場系の入会を難しくし、新劇系の既得権を確保するためだろうか。それとも、助成金や文化庁の芸術家在外研修員に推薦されることを思えば、46万円は安い投資なのだろうか。志あるカンパニーが46万円出して劇団協議会に次々と入り、過半数になったところで規約改正で会費を値下げし、若手カンパニーでも入会出来る環境を整え、そうして文化庁に堂々と意見書を提出する――こんな世の中は来ないものだろうか。