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壱劇屋『SQUARE AREA』

壱劇屋(本拠地・大阪府枚方市)が、代表作『SQUARE AREA』の3都市ツアーで大幅な動員増を達成した(大阪2/10~2/16=シアトリカル應典院、名古屋3/24=千種文化小劇場(ちくさ座)、東京4/6~4/10=王子小劇場)。当初は大阪で1,000名、3都市で2,000名が目標だったが、最終的に大阪で1,128名、名古屋・東京で957名、合計2,085名を動員した。*1

壱劇屋は、大阪府立磯島高等学校(現・枚方なぎさ高等学校)の演劇部全国大会出場メンバーで2005年に結成。08年から本格的な活動を開始した。イベント公演、外部出演も盛んで、いま関西で最も勢いがある若手カンパニーと言われている。『シアターガイド』16年1月号の特集「関西行ったらこの若手劇団を観よ!」にも取り上げられたが、大阪での動員数は1,000名を超えていなかった。『SQUARE AREA』初演(2013/6/12~6/16、大阪・シアトリカル應典院)は動員500名強で、500名から1,000名になるのに2年8か月要したことになる。これは高い壁に感じたのではないだろうか。*2

作風は演劇とパフォーマンスを融合させ、笑いも織り交ぜながら、テーマ性の高い物語をつくり込む。ダイナミックな照明効果と音響でも知られる。主宰の大熊隆太郎氏は、無期限ロングランを続けるノンバーバルパフォーマンス『ギア-GEAR-』(京都・ART COMPLEX 1928)にもレギュラー出演・演出参加している。

東京は公演直前まで予約が伸びなかったが、公演期間中に急激に増加し、楽日に追加公演を入れる盛況となった。壱劇屋は「(劇団員の)大半がツイ廃」と公言するほどTwitterを活用しており、その圧倒的なツイート/リツイートと、それに動かされた「CoRich舞台芸術!」のクチコミ効果が注目されているが、実際にはいくつもの仕掛けが相乗効果を生み出し、それが動員につながっていると思う。

クチコミだけでは観客は動かない。別のなにかが記憶の片隅に残り、作品の評判を聞くことで喚起され、予約や来場という行動につながるのだ。ここでは、壱劇屋が実行した10の事項をまとめたい。

  1. 代表作の再演で3都市ツアーを企画したこと

    東京公演が「三度目の正直」となる壱劇屋にとって、今回は背水の陣で臨む必要があった。そこで企画したのは、自分たちの真価を問うための3都市ツアー。初の名古屋公演も入れ、代表作の再演とした。「代表作」「再演」「ツアー」。この3要素が揃ったとき、カンパニーの本気度が観客に伝わる。セオリーどおりの公演企画をしたと思う。

  2. ツアーの上演環境を揃え、最大限のステージ数を用意したこと

    『SQUARE AREA』は四方客席が特徴だ。これが実現出来る劇場でないと意味がない。大阪は初演と同じシアトリカル應典院、名古屋は円形劇場で知られる千種文化小劇場(ちくさ座)、東京は自由な客席配置が可能な王子小劇場を選んだ。ムービングライトの効果を活かせる天井高、重低音の振動が許容される構造も配慮したと思われる。*3

    体力に自信があり、普段から連日2ステージを行なっているカンパニーだが、東京でも5日間9ステージ、さらに楽日午前に追加公演を入れ、5日間10ステージを行なった。勝負をかけた旅公演に、物理的に可能な最大限のステージ数で挑んだ。

    4/6(水) 19:30
    4/7(木) 15:00/19:30
    4/8(金) 15:00☆/19:30 ☆関西弁スペシャル
    4/9(土) 14:00/18:00
    4/10(日) 10:30★/14:00/18:00 ★追加公演
  3. 支援会員制度がある劇場で年度替わりに上演したこと

    王子小劇場は支援会員制度を持ち、東京の小劇場ファンが常に注目している。過去2回は小劇場てあとるらぽう(東京・東長崎、第26回池袋演劇祭参加作品)、シアターグリーンBASE THEATER(東京・池袋、グリーンフェスタ2015参加作品)という演劇祭絡みの上演だったが、今回の単独公演をどこでやるべきかを検討しての選択と思われる。

    16年度最初の劇場使用であるため、支援会員にとっては会員証が届き、最初に使える公演になる。このため、会員の注目度がさらに高くなったことが推測される。会員にはネット上で発信力を持つ演劇フリークも少なくないため、この会員を動かしたことは大きい。期末期初は企業の繁忙期のため、動員面で懸念もあるが、今回は支援会員制度の年度替わりがチャンスとなった。

  4. 著名人に推薦文をもらい、演劇情報ポータルに掲載されたこと

    チラシには池田鉄洋氏(表現・さわやか主宰)の推薦文が掲載されている。14年の東京初公演を池田氏が目にし、表現・さわやかの大阪公演スペシャルゲストに大熊氏を呼んだ関係だ。

    壱劇屋はたまにしか東京公演をしてくれない。壱劇屋は作風をその都度絶妙に変えてくる上に、いつも話題作。つまりは毎公演、必見なのだが、もう一度言う、壱劇屋はたまにしか東京公演をしてくれない。つまり、東京公演があるとなれば、見ないと後悔必至なのです。いわんや愛知公演をや!『SQUARE AREA』見逃し禁止です。

    この推薦文は演劇情報ポータル「エントレ」(ヴィレッヂ)で全文紹介された。主要な演劇情報ポータルへの掲載状況は次のとおりで、記事になったのは「エントレ」とそれを配信している「SPICE」(イープラス)だけだが、池田氏の名前が見出しになることでリツイートも目立った。どこか一つでもインパクトのある記事になれば、そこから広がっていく可能性がある。

    シアターガイド 基本データのみ掲載
    ステージナタリー 掲載なし
    CINRA.NET 掲載なし
    エンタステージ 掲載なし(2014年の東京初公演は記事にしたが、今回はなし)
    エントレ 池田鉄洋が「見逃し禁止」と太鼓判! 大阪で話題の劇団壱劇屋がいよいよ東京公演!
    げきぴあ 掲載なし
    SPICE 池田鉄洋が「見逃し禁止」と太鼓判! 大阪で話題の劇団壱劇屋がいよいよ東京公演!(エントレから記事提供)

    公演前半に右近健一氏(劇団☆新感線)が来場したことも話題になった。右近氏は東京初公演にゲスト出演している。先輩俳優に積極的に声掛けする姿勢(そして、それに応えてくれる人を見つける眼力)が、大熊氏にはあるのだろう。こうした人脈の積み重ねが、宣伝面でも活用されている。

  5. クラウドファンディングで支援を訴えたこと

    クラウドファンディングサービス「MotionGallery」を利用し、目標額20万円を募った。旅公演における現地スタッフの確保、宣伝活動、ご当地ゲスト出演者のオファー費用に充てるとした。

    締切までに42名から513,000円の支援を受け、最高額5万円にも3名が応じた。リターン内容に「演出メモ付き上演台本」を入れたことも魅力的だった。ページ自体が詳細な活動内容を紹介する場となり、目にした人の記憶に残る。劇団員に舞台写真家・河西沙織氏を抱え、クオリティの高い舞台写真・宣伝写真も効果的だ。

  6. チケット発売記念Ustreamを実施したこと

    壱劇屋は、以前から前売開始日にUstreamイベントを実施している。劇団員総出で予約を受けながら、トークなどを繰り広げる長時間ライブ配信で、東京公演でも目標30枚を掲げて行なった。これはありそうでなかったイベントで、前売開始を盛り上げるユニークな企画だ。エンタテインメント系のカンパニーだからこそ出来る、優れた〈バカ企画〉だと思う。

    目標には若干足りなかったが、50名以上が視聴し、こうしたカンパニーがあるということは記憶に残ったのではないだろうか。

    Togetterまとめ「東京公演『SQUARE AREA』チケット発売イベントUstreamまとめ」

  7. 東京公演ゲネプロを無料公開し、Ustreamで配信したこと

    壱劇屋は、以前から公開ゲネプロを実施している。『SQUARE AREA』でも大阪公演は23歳以下限定(1,000円)で実施した。東京は当初予定がなかったが、予約が伸びなかったため、急遽3日前に周知して無料実施。さらにその夜(初日深夜)にUstreamで配信した(画角は通常と異なる)。

    TIGET「劇団壱劇屋『SQUARE AREA』大阪公演ゲネプロツアー(U-23)」

    壱劇屋『SQUARE AREA』特設サイト「【緊急告知!】劇団壱劇屋「SQUARE AREA」公開ゲネプロ決定!!!」

    壱劇屋『SQUARE AREA』特設サイト「【緊急決定!】 壱劇屋「SQUARE AREA」ヘンテコ画角ver全編ユースト配信!」

    公演期間中の配信は異例だが、過去には本公演の千秋楽をUstreamでライブ配信したこともあり、作品を少しでも多くの観客へ届ける執念を感じる。作品に絶対の自信がなければ出来ないことで、これこそが壱劇屋の真骨頂と言えるだろう。

  8. 多彩な付帯イベント、ステージごとのゲスト出演を用意したこと

    リピーターを獲得するための工夫も詰め込まれている。まず、四方客席のため、4方向からの観劇が楽しめる。これを目当てに複数ステージに通う観客が目立った。

    ステージごとにゲストを招いたシーンがあり、ほぼアドリブで上演されるため、ゲスト目当ての観客も一定数いた。ゲストのリクエストは、前述の「チケット発売記念Ustream」内でも募集された。日曜午前の追加公演ゲストは、王子小劇場芸術監督の北川大輔氏(カムヰヤッセン主宰)が登場。カムヰヤッセンは吉祥寺シアター(東京・吉祥寺)で公演中だったが、その小屋入り前に出演するサプライズとして話題になった。

    付帯イベントは終演後に全ステージ企画された(追加公演を除く)。初日の公開反省会は、俳優へのダメ出しをイベント化したもの。2日目のワンシーン再現撮影会は、観客のリクエストに応じてシーンを再現し、写真撮影を許可するもの。3日目のワークショップは、劇中に登場するゴム紐を使ったパフォーマンスの解説。いずれも一般の演劇公演では見る機会のないものだ。

    4/6(水) 19:30 公開反省会
    4/7(木) 15:00 スーパー自己紹介
    19:30 ワンシーン再現撮影会
    4/8(金) 15:00 SQUARE AREAワークショップ
    19:30 壱劇屋相撲
    4/9(土) 14:00 おまけステージ
    18:00 ステージショッピング
    4/10(日) 10:30 ―(追加公演のため)
    ※本編ゲストに王子小劇場・北川大輔芸術監督が、カムヰヤッセン本番中にも関わらず出演。
    14:00 週刊壱劇屋公開収録
    18:00 劇団員アフタートーク

    金曜マチネ本編は、台詞を標準語から関西弁に変えた「関西弁スペシャル」を上演。大阪のカンパニーらしい企画と言える。

  9. 明確なビジョンを持って「CoRich舞台芸術まつり!」へ応募したこと

    「CoRich舞台芸術まつり!2016春」にエントリーし、第1次審査(ネット審査)を通過した10団体に選ばれた。関西からは唯一となる。審査員も指摘しているが、これは応募内容に書かれた「応募公演への取り組み」「将来のビジョン」が素晴らしい。こうした明確な理念と目標を掲げられることが、目にした人の心を打ったと思う。

    応募公演への意気込み

    (前略)

    劇団にとっても役者にとっても負担のかかる遠征公演を決めた理由は、「関西小劇場界に身を置く劇団のパワーを全国の観劇ファンに観てもらいたい」「今後も劇団を存続していくために地域の垣根を越えた活動拠点を得たい」という思いからです。
    中途半端な作品を携えて三都市を周ることは有り得ません。勝負を懸けるなら自信作で無いといけない、ということで白羽の矢が立ったのが、再演希望の声も多くいただいていた、この「SQUARE AREA」でした。
    劇団としての活動が活発になり始めた2013年、劇団としてもう一つ上を目指し始める2016年。劇団員のみで上演できるという強みを活かして、今後も劇団の成長に伴って上演されるであろう演目です。
    今はまだ、潤沢な予算も知名度も無い劇団です。ですが、この三都市公演を経て、「大阪に壱劇屋という劇団がある」ということを知らしめたいと考えています。

    将来のビジョン

    (前略)

    小劇場という枠組みで見ても、関西を拠点に活動していても人気が出始めると東京へと進出していく劇団がほとんどで、関西に居ながら全国に向けてその独自性を発信している劇団は僅かしかいません。
    その上、近年は劇団の解散や休止、ユニットの台頭、カフェ公演の普及が目立ち、「劇団」として「劇場」で作品を上演している団体の数が下火になっているのが現状です。
    壱劇屋の最終目標は、東京へ出ることではありません。そして、劇団が今置かれている立ち位置で現状維持し続けることでもありません。
    壱劇屋を観るために、全国からお客様が関西へやってくるような知名度を得て、それに応えられるだけの高水準な作品を創ること。
    関西から全国に向けて発信できる、演劇エンターテイメントのひとつになりたい。これが、壱劇屋の目指す場所です。

  10. Twitterを駆使した情報拡散を展開したこと

    そして、最後に圧倒的なツイート/リツイート。壱劇屋はメールやTwitterのレスポンスが非常に早いと評判だ。公演中は観客の反応を絶えずリツイートし、本番5分前までツイート/リツイートが繰り返される。タイムラインが壱劇屋関係だけで埋まってしまうので、コアなファン以外はフォローを避けると思うが、Twitterを徹底的に活用してバズ効果を生み出しており、これはこれで一つのスタイルではないかと思う。

    チケット残席状況も頻繁にツイートした。大量の売れ残りを周知するのは、通常は逆効果ではないかと思われるが、残数に「∞」を表示するなど自虐的に事実を伝え、残数が減っていく過程を共有する雰囲気をつくっていた。

    あまりにコアなファンが多いと、初見のファンは疎外感を抱きがちだが、カンパニーの中身を意図的にさらけ出すことで、身内の感覚を一般の感覚に昇華させているようだ。これを狙って成功させているとしたら、大したものである。

    隠すものはなにもないカンパニーだけに、Twitterではネガティブな意見もきちんとリツイートしている。「MOTHERを彷彿させる」のツイートを見て、升毅氏に公演の案内も送っている。こうした一連のリツイート自体が、すでに芸の域に達している。

    「(劇団員の)大半がツイ廃」だからこそ出来る技で、他のカンパニーが真似るのは危険すぎるが、このTwitterの拡散手法は目を見張った。

壱劇屋のプロモーションと言えばTwitterを連想するが、こうして列挙すると、伝えるべき企画そのものが充実していることがわかる。他の制作者は単なるTwitterの活用ではなく、複合的なプロモーションの一環として考えてほしい。

  1. Twitter公式アカウントからのまとめ。大阪動員報告名古屋動員報告総動員報告。 []
  2. 壱劇屋日記「スクエリ終わりました(大熊)」より []
  3. 王子小劇場は地下2階だが、初日はマンション7階まで振動が伝わり、重低音を抑えたという。過去に同じことがあったのは、バナナ学園純情乙女組だけだという。 []