この記事は2021年1月に掲載されたものです。
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私が選ぶベストワン2020

カテゴリー: フリンジのリフジン | 投稿日: | 投稿者:

●「fringe blog」は複数の筆者による執筆です。本記事の筆者は 荻野達也 です。

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日本劇団協議会機関誌『join』の「私が選ぶベストワン2020」に参加させていただいた。3月発行予定の99号に掲載されるそうだ。

コロナ禍での選出ということで、編集部でもアンケートを行なうべきか議論があったそうだが、「やめてしまえば、こうした異例な状況を反映した貴重な記録の一つがまったくなくなってしまうことから、やはり何らかの形で残したほうが意義があるだろうと考え、例年通り実施することにしました」とのこと。配信作品も対象外にはしない。

公演数は限られても、観るべき作品は多かったと思う。劇場再開後の魂の叫びのような作品だけでなく、緊急事態宣言前の公演出来るかどうか瀬戸際の作品にも、演劇を送り届けることの喜びが満ち溢れていた。鶴屋南北戯曲賞は上演された作品が限られることを理由に選考中止となったが、作品の数とクオリティは比例せず、公演された中から選ばれることが演劇という表現の宿命であって、そこに公平・不公平という概念はないと思う。上演されなかった作品は新たに上演を目指し、そこで評価されればいい。

舞台 『愛する母、マリの肖像』T-works
主演俳優 山像かおり 『愛する母、マリの肖像』T-works
助演俳優 谷戸亮太 『江戸系 宵蛍』あやめ十八番
演出家 谷賢一 『エブリ・ブリリアント・シング』東京芸術劇場+りゅーとぴあ、『アンチフィクション』DULL-COLORED POP、『人類史』KAAT
スタッフ 松井康人
(分野:プロデュース)
『愛する母、マリの肖像』T-works
団体 燐光群 粛々と公演を継続し、着実に問題作を送り届ける揺るぎない姿勢に。
戯曲 『謁見』 笠浦静花
ノンジャンル 『12人の優しい日本人』リモート読み合わせ生配信(配信)

T-worksは、元・劇団そとばこまちの松井康人(松矢一平)氏が丹下真寿美氏という才能を知らしめるため、2017年に結成したプロデュースユニット。『愛する母、マリの肖像』が3作目となる。過去2作は関西小劇場系の人脈で固めていたが、本作は戯曲を古川健氏(劇団チョコレートケーキ)、演出を高橋正徳氏(文学座)に依頼。そとばこまち同期の辰巳琢郎氏に協力を仰いだ豪華な座組となった。

T-worksの目的とは異なるが、タイトルロールのキュリー夫人を演じた山像かおり氏(西瓜糖)が本当に素晴らしかった。ベテラン俳優には失礼な言い方かも知れないが、まるでこの役のために生まれてきたかのような印象。夫人がそこに「存在」していた。ツアーが行なわれた3月中旬~下旬は新型コロナウイルスの影響が拡大し、公演が次々と中止になっていった時期だ。その状況が、放射能の影響を意識しながら探究を止めなかった夫人の人生とも相まって、観客自身にいまを意識させた。作品、主演俳優、そしてスタッフは人生を懸けて世に送り出したプロデューサーの松井氏を挙げたい。

助演俳優は、あやめ十八番『江戸系 宵蛍』から。東京五輪と三里塚闘争を絡め、語り継ぐべき記憶に挑んだ意欲作で、あらすじでこれほど観たいと思った作品は近年ない。谷賢一氏「福島三部作」が福島第一原発を巡るトリロジーなら、この作品は150分で成田空港を巡る三つの家の祖父と孫を描いたファミリーヒストリー。政府側として辣腕を振るう空港公団/会社幹部を二役で演じた谷戸亮太氏が印象深い。

演出は多彩な作品で存在感を見せた谷賢一氏。特に『エブリ・ブリリアント・シング』が心に残る。一人芝居の限界を観客参加型で超えることがシャイな日本人に可能なのか。そんな不安を一瞬で杞憂に変える手腕は、コロナ禍の生活を描いた一人芝居『アンチフィクション』の挑戦にもつながっていた。演劇の力を信じる思いが伝わってくる。

団体はコロナ禍でも3作品の上演を完遂し、その幸運にふさわしい秀作を届けた燐光群に。『拝啓天皇陛下様 前略総理大臣殿』は長年温めてきた題材らしいが、森友問題と絡めた発想と構成に驚愕。カンパニーの新たな代表作になるだろう。時代を行き来し、財務局職員の妻を演じた円城寺あや氏は燐光群歴代ベスト級好演だった。

戯曲のやみ・あがりシアター『謁見』は、6月下旬という劇場再開直後の厳しい制約を逆手に取り、口布(くちぬの=マスク)を着ける慣習がある世界で繰り広げられる女王への謁見を描く。散りばめられた伏線、圧巻の回収、観客を取り込んだメタ要素。俳優陣も見事だった。1ステわずか定員8名なのがもったいない大傑作。ウェルメイド感が半端ない。恐るべし、笠浦静花。ぜひレパートリー作品にしていただきたいので、ネタバレ出来ない。

ノンジャンルの『12人の優しい日本人』リモート読み合わせ生配信は、まさに緊急事態宣言下での実施。東京サンシャインボーイズのメンバーが結集し、この企画を無料配信してくれたことで、どれだけ多くの人が励まされたことだろう。こうした必然性のある内容なら、リモートも悪くない。そして、来たくてもここに来られなかったメンバーのことを思う。人は、その人を忘れない人がいる限り生き続ける。

(参考)
私が選ぶ2005年ベストワン
私が選ぶ2006年ベストワン
私が選ぶ2007年ベストワン
私が選ぶベストワン2010
私が選ぶベストワン2016
私が選ぶベストワン2017
私が選ぶベストワン2018
私が選ぶベストワン2019