やりがい搾取、チケットノルマ、演劇を「業」にすることを考えるとき、公演予算を共有することが必要だと思う

カテゴリー: フリンジのリフジン | 投稿日: | 投稿者:

●「fringe blog」は複数の筆者による執筆です。本記事の筆者は 荻野達也 です。

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やりがい搾取やチケットノルマが問題になるとき、関係者で公演予算を共有出来ていないことが原因ではないかと感じることが少なくない。共有が出来ていれば相互理解が進み、こうした問題は起きにくくなるはずだ。さらには、演劇を「業」にすることを考える場合も、全員が公演予算をわかった上で話し合わないと、自分たちの道に進めないと思う。

やりがい搾取とは、相手のやりがいを利用して利益を搾取する行為である。本当に支払うべき原資がなく、それを納得の上で活動しているのであれば、同意の上のボランティア、プロボノだろう。それを判断するには、公演予算を共有する必要がある。どこにどれだけ使われているか、その金額が妥当なのか。客観的におかしいと思うなら、議論すればいい。解決しないかも知れないが、公演予算を共有していれば、次の行動を自分自身でジャッジが出来るだろう。

チケットノルマの場合は、チケットノルマを絶対に受け入れられない人は最初から参加すべきではないし、条件によって受け入れる人は、その判断材料として公演予算を共有させてもらえばよい。手売り、劇団扱い、プレイガイドの配券数がわかれば、その公演の規模から考えて、チケットノルマありきの構造になっているか、判断出来るはずだ。利益が公演以外の事業に流れていないかもわかるだろう。その上で、その公演に参加すべきかどうか、自分自身でジャッジすればよい。

演劇を「業」にすることを考えるときは、公演予算を共有しておかないと、議論が噛み合わないと思う。「自分たちがやりたいことを実現するにはこれくらいかかる」「ギャラを増やすためには、この出費を抑えるしかない」などをわかった上で、ならばどうするかを考えていく必要があるだろう。劇場費やスタッフ費を削ってでもギャラを確保したいのなら、劇場外でリーディング公演する選択肢もあるだろう。ギャラが出せないときも、公演予算がわかっていれば、全員が納得出来ると思うのだ。

公演予算の共有は、あまり詳細にすると、各自のギャラ明細がわかってしまう問題がある。どこまで共有するかはカンパニーごとに考えがあるだろうが、少なくとも主宰や作・演出にいくら支払われるか、公演以外の事業に収入が流れていないかは、関係者全員が共有してもいいのではないだろうか。ここがクリアになれば、原資があるかどうかの判断になるし、やりがい搾取、チケットノルマの不満は減るだろう。

いわゆる友達価格で受けている場合は、その金額が一人歩きすると困るので、サマリーにして明細をわからなくしたり、守秘義務契約を結ぶことも必要だろう。それでも私が公演予算を共有したほうがよいと思う理由は、予算組みは興行の根幹であり、それがブラックボックス化されていると、やりがい搾取やチケットノルマの問題がなくならないと感じるからだ。待遇や環境がこれだけクローズアップされてきたのなら、立場を超えて、上流にある予算に関係者全員が向き合う時代になったのではないだろうか。

予算組みは制作者の領域だが、制作者も分業が進み、上流工程から関わろうという人が少なくなっていると聞く。予算組みがわかれば、公演全体が見えてくる。それぞれの専門領域だけでなく、ぜひ予算組みを考えられるプロデューサーを目指してほしい。そして、予算を把握した上で、どうすれば待遇や環境を改善出来るのかを考えてほしい。それが出来るのが、制作者だと思う。

私がプロデュースしていた遊気舎では、公演終了後の精算会で収支明細を劇団員全員に共有していた。人数の多いカンパニーだったので、結局最後まで劇団員には純粋なギャラは支払えなかったが、この明細でそれを納得してもらえたと思う。作・演出への支払金額は明確にし、舞台費も外注スタッフの人件費はサマリーにしたが、どの領域にどれだけかかったかはわかるようにした。定価を示せるものはそのまま開示した。

買取公演のオファーがあったときも、公演予算を議論して、赤字になるとわかったツアーはお断わりした。まだLCCのない時代で飛行機代が高く、劇団員が多かったので遠隔地の公演は採算が合わなかった。条件自体は決して悪いものではなく、私から「交通費自己負担で公演しないか」と提案したが、劇団員から「赤字になってまで公演したくない」と反対されて見送った。出演者を減らした作品をつくる選択肢もあったが、劇団員全員を出演させることがポリシーのカンパニーだったため、これも納得の上でやらなかった。

こうした本音の議論が出来たのも、公演予算を共有する文化があったからだと思うし、遊気舎出身でカンパニーを旗揚げした俳優が多いのも、公演予算を理解していたことが強みになったと思う。