この記事は2016年10月に掲載されたものです。
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演劇の創客について考える/(15)チラシの必要性とチラシ束の必要性を明確に区別して考えよう

カテゴリー: 演劇の創客について考える | 投稿日: | 投稿者:

●「fringe blog」は複数の筆者による執筆です。本記事の筆者は 荻野達也 です。

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●分割掲載です。初めての方は(予告)から順にご覧ください。

演劇にとって、チラシは重要な宣伝ツールです。公演当日まで形になったものがない舞台芸術では、観客へイメージを伝えるものが必要ですし、スタッフ・キャストの拠りどころにもなります。前売券が先行予約で完売するような超人気カンパニーなら、チラシを配る必要はないはずですが、公演の証として必ず印刷するという話も耳にします。

私もチラシ自体は必要だと考えますが、配布方法が劇場でのチラシ束のまま変わらないことに、強い疑問を抱いています。チラシ束にも一定の効果はあると思いますが、その対象はすでに演劇を観る習慣がある観客です。これでは既存の観劇人口のパイの奪い合いに過ぎず、創客につながるとは思えません。

結果的に、同じ観客が同じチラシを何枚も受け取ることになり、効率も悪いと感じます。東京では、Next(有限会社ネビュラエクストラサポート)が不要チラシのリサイクルを行なっていますが、座席の足元に放置されたチラシ束を見ると、ほかに方法はないのだろうかと考えてしまいます。

チラシ束の是非については、以前から様々な議論が行なわれており、fringeでもkyo.designworksに協力して、2006年に「吉祥寺ちらし会議」を開催しました。当時は、チラシ束のパワーを認めた上での発言も多かったと記憶していますが、あれから10年が経過し、私はチラシ束の媒体価値に変化が起きているのではないかと感じます。

06年の時点では、チラシ束は様々な情報の詰まった〈おもちゃ箱〉のような存在だったのですが、現在は単なる〈紙の塊〉に思えることがあります。そう感じるようになった理由は次の2点です。

  1. チラシ束が非常に見づらい

    チラシは、それ一枚で完結したグラフィック作品です。当然ながら自己主張が強いわけですが、以前は表面4色/裏面1色が一般的でした。表裏がはっきりしているため、束になっていても、チラシを一枚ずつ楽しむことが出来ました。最近は両面4色が増えたため、まるで「トーンの揃っていない雑誌」をめくっている感覚になるのです。

    雑誌というものは、オールカラーであっても全体を通してディレクションされているため、パラパラとめくる楽しみがあります。チラシ束で両面カラーが続くと、一枚ごとのディレクションであるため、無秩序な〈紙の塊〉に感じるのです。判型や用紙に変化があればまだ楽しいのですが、A4判のコート紙が続くとうんざりしてしまいます。

    置きチラシとして一枚ずつ並べれば、個性を放つグラフィック作品なのですが、束にすると魅力を削いでしまうというのが、私の最近のチラシ束に対する率直な感想です。見やすくする工夫はないかと、親紙でインデックスを付けることを提言したり、B5判を推奨しているのもそのためです。

    チラシ束の中に冊子化されたものが入ると、〈紙の塊〉感が増してしまいます。東京では『ステージぴあ』『カンフェティかわら本』が入ることがありますが、こうしたフリーペーパーこそ各社が独自にラックを用意し、希望者が持ち帰るようにすべきではないでしょうか。

  2. チラシでしか得られない情報が乏しい

    ネットの普及により、演劇ファンならチラシより先に情報を得ることが多くなりました。宣伝写真や予告映像を見てからチラシを手にすることも多く、以前のようなチラシで初めて知る〈ワクワク感〉が激減したと感じます。ネットにより、チラシ束の媒体価値が相対的に下がっているのは事実だと思います。

    もちろん、チラシで初めて知る情報もありますが、ネットで得られる情報のほうが圧倒的に多いと感じます。以前のような、全く知らない団体をチラシだけで「ジャケ買い」するような体験から、演劇ファンは遠ざかっているのではないでしょうか。そうした〈ワクワク感〉が失われたことが、チラシ束を〈おもちゃ箱〉から〈紙の塊〉に見せていると思います。

    いまでも〈ワクワク感〉が残っているのは、仮チラシによる速報です。特に当日パンフの次に折り込まれる関係者チラシは、その場で情報解禁となった速報が入っていることが多く、ネットよりも早いので楽しみです。こうした仮チラシは制作者が内製した1色刷りが多く、以前のチラシ束が持っていた〈おもちゃ箱〉のイメージに近いと思います。関係者チラシは今後も価値があると考えます。

    チラシでしか情報を伝えることが出来なかった時代は、創客どころではなく、まずはチラシ束で集客する必要がありました。その環境が激変し、集客はネットで出来るようになったのですから、もっとチラシを創客に使うべきではないでしょうか。

チラシ束に替わる配布のヒントをいくつか挙げます。可能性を感じたら、ぜひ検討してください。

  • チラシを創客用と集客用に分けられないか

    既存の観客がネットで情報を得ているのだとしたら、ネットの見忘れだけを防げばよいので、チラシ束に折り込むのは1~2色の仮チラシにしたらどうでしょう(集客用チラシ)。このほうが、逆にチラシ束では目立ちます。

    1色チラシでも小劇場で3,000名動員出来ることは、今年のDULL-COLORED POP『演劇』が証明しています。チケットの売れ行きが早すぎて、本チラシをつくる必要がなかったそうです。公式サイトに掲載されている本チラシのような画像は、東京公演後に作成されたものです。

    こうして浮いた印刷費で、創客用の4色チラシを印刷したらどうでしょう。普段演劇を観ない人をターゲットにして、全く別のデザインにしたらよいと思います。一部は劇場の置きチラシにも使いますが、メインはそれ以外の新しい場所で配布するのです。

  • 観客自身に配ってもらうことは出来ないか

    チラシの配布を観客に手伝ってもらいませんか。配布可能な方を募り、友人配布用に10枚、勤務先置きチラシに30枚など、用途に応じて希望枚数を送ります。グッズなどのインセンティブを用意すれば、協力してもらえるファンは少なくないと思います。

    初めて観る友人に渡せる半額クーポンなど、相手を誘いやすい割引制度と組み合わせれば、さらに効果的だと思います。アンケート用紙に「次回公演チラシを配布してくださる方がいれば、チェックをお願いします(特典あり)」などの欄を設けることからスタートしたらどうでしょう。

  • ダイレクトメールをもっと活用出来ないか

    演劇ファン以外に関心を持ってもらう機会として、作品に描かれる題材との接点があります。例えば、題材に関連する団体がある場合は、会報などを郵送する際にチラシを同封してもらうのです。先方の事務局に同封してもらえば、個人情報の授受にはなりません。

    効果が見込まれる場合は、チラシ束への折込費用を削減し、郵送費を一部負担してでも同封してもらう価値があると思います。

  • 近隣の人々の関心を引くことは出来ないか

    普段演劇を観ない人でも、劇場の近くに住んでいたり、働いていれば、そこに劇場があることは気づいているでしょう。敷居が高いけれど、一度くらい観てみたいと考えているかも知れません。こうした近隣へのアプローチを試みてはどうでしょう。

    劇場の上がマンションやオフィスなら、特別割引を用意して、エントランスや社内に置きチラシが出来ないでしょうか。近隣のオフィスなら、平日の仕事帰りに余裕で足を運べます。企業の福利厚生に使ってもらえないでしょうか。

  • 団体の紹介チラシという考え方はないのか

    ユニークポイントの団体紹介リーフレット

    ユニークポイントの団体紹介リーフレット(クリックで拡大)

    ネットで必要な情報が伝わるのなら、重要なのは公演の周知より、その団体自身に関心を持ってもらうことかも知れません。関心を持てば、検索やQRコードでサイトを見てくれるでしょう。そう考えると、公演単位のチラシではなく、団体紹介のチラシをつくる手もあると思います。長く使えるものなので、デザイナー費用もかけられます。

    ユニークポイント(本拠地・静岡県焼津市)は、東京に本拠を置いていた08年に、団体紹介のリーフレット(A4判三つ折り)を配布していました。表紙には、普段演劇を観ない人へ向けたメッセージが書かれ、とても印象的でした。

    例えば、こうしたリーフレットに親交のあるアーティストから推薦文をもらい、著書に挟み込んでもらったり、個展に置かせてもらえたら、とても効果的だと思います。


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