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小劇場系の演出家が手掛ける〈本当の〉リーディング公演を観たことがある人なら、リーディングは朗読とは全く別物で、可能性に満ちた新しい表現であることをご存知だと思います。決して「朗読会」「演劇公演の簡易版」ではありません。
台本こそ手にしますが(台本を全く手にしない場合もあります)、俳優が座り続けることはなく、シーンに応じて歩き回ったり、演技そのものをすることもめずらしくありません。アクティングエリアは限られますが、その狭い範囲で出来ることを駆使します。制約を逆手に取ったアイデアが全編にあふれ、制約自体を楽しむことがリーディング公演の醍醐味です。戯曲という素材を最大限に活かした、演劇の新しいアレンジと言っていいと思います。演出家の才能が、これほどはっきりわかる公演はないと思います。
この説明でうなずくのは、すでに〈本当の〉リーディング公演を観たことがある人だけです。未体験の人には絶対に伝わらないと思います。ましてや演劇を観たことがない人に「リーディング公演」と言っても、その魅力が伝わるわけがありません。普通の人がイメージするのは、感情を込めて戯曲を読む程度の朗読でしょう。
私自身、リーディング公演の魅力に目覚めたのは、2000年以降に若手演出家たちの表現に触れてからです。そのため昔からの演劇ファンであっても、〈本当の〉リーディング公演の魅力を知らない人が少なくないと考えます。
〈本当の〉リーディング公演の魅力をまとめてみましょう。
- 戯曲を読む行為自体をショーイングに昇華させる。
リーディング公演は戯曲を聴くのではなく、読んでいる俳優の姿を楽しむものです。すでに俳優は戯曲を自分のものにしていて、戯曲を手にするのはお約束に過ぎません。俳優の振る舞い自体をショーイング出来るのが、リーディング公演の真の魅力です。
- 劇場以外のスペースで上演することで、劇場以上にリアルな舞台を現出させる。
リーディング公演では、上演されるスペース自体が舞台美術です。戯曲にふさわしい場所で上演されたとき、その効果は劇場公演を凌ぐものになります。
- 俳優との距離が狭まり、動きの制約が想像力を掻き立てる。
限られたスペースの上演が多いリーディング公演は、アクティングエリアも狭まります。俳優は大きく動けないかも知れませんが、繊細な表情や仕草など、観客との距離感を武器にした表現が堪能出来ます。受動的ではなく、能動的な観劇が楽しめます。
- 登場するモノが限られているからこそ、効果的な使い方が楽しめる。
劇場公演に比べると、使える衣裳や小道具も限られます。だからこそ、どんな衣裳で作品世界を表現するのか、どの場面で小道具を使うかなど、究極の選択を味わえます。
- 空間全体をイベント仕立てにすることで、劇場公演以上の一体感を得られる。
舞台と客席が分断されがちな劇場公演に対し、リーディング公演は趣向次第で濃密な空間を生み出せます。サロンや秘密結社の集会、観客を〈当事者〉〈目撃者〉に見立てることが可能です。
- 大物客演やゲストを比較的容易に呼べるため、魅力的なキャスティングが可能。
劇場公演に比べて拘束期間が短いため、出演依頼が難しかった俳優にも声が掛けやすいはず。劇場費・舞台費が抑えられるため、ギャラも払いやすいはず。リーディング公演だからこそ、大物客演やゲストが実現出来ます。
- チケット代が安価なため、飲食とも組み合わせやすい。
費用が抑えられるため、チケット代も比較的安価に設定出来ます。そのため飲食とセットにした企画も実現可能で、飲食店でのリーディング公演が盛んになる要因となっています。
演劇と言えば、普通は劇場で上演されるものです。劇場だからこそ、舞台美術、照明、音響などの劇場機構を駆使した別世界へ誘ってくれると考えがちです。これは決して間違いではなく、そのとおりだと思いますが、その延長で考えてしまうと、劇場以外のスペースで行なわれるリーディング公演は、あまり魅力がないものに映ってしまいます。
〈本当の〉リーディング公演は、劇場機構がないことをメリットに変える演出家の挑戦です。効果が多いこと=優れているわけではありません。削ぎ落とされたシンプルな表現だからこそ、伝わるものがあります。料理でも、調味料に頼った味付けは誰にでも出来ますが、素材のよさを活かした繊細なメニューは一流の料理人しか出来ません。書道では楷書から始まり、行書、草書と進んでいきますが、草書は楷書をマスターしているからこそ崩せるのであり、草書だけを真似出来ません。
〈本当の〉リーディング公演も、劇場公演を極めた演出家だからこそ挑めるものだと思います。こうしたリーディング公演の神髄を、もっと広く訴求しましょう。才気あふれる演出家が、劇場機構に頼らないどんな表現を見せてくれるのか、そのワクワク感を伝えてください。〈本当の〉リーディング公演が、サプライズに満ちた演出であることを伝えてください。「リーディング公演」と書けばそれで伝わる――そんな思考停止に陥っている演劇関係者が多い気がしてなりません。
演劇関係者の多くは、リーディング公演の目的を「最終的に劇場に足を運んでもらうこと」だと考えていると思いますが、もっと積極的にリーディング公演を新しい表現ととらえ、「演劇ファン」ではなく、「リーディング公演ファン」を増やす気持ちを持てばいいのではないでしょうか。それがリーディング公演の魅力を伝える第一歩だと思います。
最後に、演出家が創意工夫を凝らしたものでないなら、「リーディング公演」と呼ぶのはやめていただきたいと思います。それは単なる「朗読会」でいいと思います。
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