この記事は2019年7月に掲載されたものです。
状況が変わったり、リンク先が変わっている可能性があります。



東京商工リサーチのキャラメルボックス関連記事で腑に落ちない点

カテゴリー: フリンジのリフジン | 投稿日: | 投稿者:

●「fringe blog」は複数の筆者による執筆です。本記事の筆者は 荻野達也 です。

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東京商工リサーチが公式ウェブサイトに掲載している「データを読む」で、6月27日~7月1日にかけて、演劇集団キャラメルボックスに関する記事が3本も掲載された。よほど演劇に関心のある記者がいるのだろう。

東京商工リサーチサイト/データを読む
「『演劇集団キャラメルボックス』、関連会社2社も破産」
「『演劇集団キャラメルボックス』、観客動員数の落ち込みで破産を決意」
「キャラメルボックス、給与未払いでも舞台に立ち続けていた」

株式会社ネビュラプロジェクトの破産申立書を独自に入手し、取材したとのことだが、読んでいて腑に落ちない点が2か所あった。

1. 2011年『夏への扉』の動員率はそんなに低かったのか

2本目「『演劇集団キャラメルボックス』、観客動員数の落ち込みで破産を決意」から引用する。

 また、多額の費用を投じて「夏への扉」(著・ロバート・A・ハインライン)の公演権を獲得したが、東京公演中に東日本大震災(2011年3月)が発生。観客動員は予定の3割にも届かず、公演数の増加などで挽回策を図ったが浮上できなかった。こうした状況から2018年末、成井豊氏が加藤昌史社長にキャラメルボックス休団の意向を伝えたという。

この記事では、11年『夏への扉』の観客動員が予定の3割に届かなかったように読めるが、公式発表されている『夏への扉』の動員数は、少なくとも劇場キャパの4割ある。

演劇集団キャラメルボックスは公益社団法人日本劇団協議会の正会員だったので、同協議会が毎年発行している「正会員団体上演記録」に動員数が記載されている。それによると、大阪公演・東京公演合わせて36回、16,289名となっている、

ここで注意が必要なのがステージ数で、当初は大阪7ステ、東京27ステだったが、東京公演中に東日本大震災が発生したため、3月11日~13日の計4ステを中止し、その後、3月23日と27日に追加公演を2ステ行なっている*1 。36回というのは当初の34回より2回多いので、公演中止の4ステをそのままカウントし、それに追加公演2ステを足しているわけだ。この条件で、動員率を計算してみる。

(大阪公演:サンケイホールブリーゼ)
定員912名×7ステ=最大キャパ6,384名

(東京公演:ル テアトル銀座 by PARCO)
定員772名×29ステ=最大キャパ22.388名

(最大キャパ)
6,384名+22,388名=28,772名

(動員率)
●公演全体:16,289名÷28,772名=0.566 ⇒56.6%
●東京のみ:大阪が満席だったと仮定すると、東京は16,289名-6,384名=9,905名
   つまり、東京が最も入らなかった場合でも9,905名
   9,905名÷22,388名=0.442 ⇒44.2%

このように劇場の定員上限での計算でも、11年『夏への扉』の動員率は公演全体で56.6%、東京公演のみの場合でも44.2%だ。低い数字なのは事実だが、「観客動員は予定の3割にも届かず」ではない。

11年『夏への扉』終演後、キャラメルボックスは赤字を抱えて存続が危いと発表し、当初計画になかった『賢治島探検記』『銀河旋律』を緊急上演しているので、文章全体の流れは合っているのだが、『夏への扉』が「予定の3割にも届かず」というのは、どうしても腑に落ちない。もしかしたら、「正会員団体上演記録」では公演中止した4ステを売れたものとしてカウントしているのだろうか。そうなると、最大772名×4ステ=3,088名が失われるので、

(動員率再計算)
大阪が満席だったと仮定すると、東京は16,289名-6,384名-3,088名=6,817名
つまり、東京が最も入らなかった場合でも6,817名
6,817名÷22,388名=0.305 ⇒30.4%

と3割に近づく。有料動員だけだと東京公演は3割を切るかも知れないが、それで合っているのだろうか。

記事では11年から18年末にいきなり飛んでいるので、破産申立書の内容を極端に端折って書いている可能性もある。キャラメルボックスの動員数は、全盛期は年間16万名、公演単体でも6万名を動員していた*2 。最後に動員数が公表された「正会員団体上演記録2017」によると、年間33,813名、公演単体の最高は8,972名なので、どちらも3割に満たない。このため、近年は全盛期の3割を切るようになったというのならわかる。

「観客動員は予定の3割にも届かず」の主語がなんなのか、もやもやしている。

2. 「劇団員」「スタッフ」はどこまでを指すのか

3本目「キャラメルボックス、給与未払いでも舞台に立ち続けていた」から引用する。

 東京商工リサーチ(TSR)の取材で、破産申請時の債権者数は228名、負債総額は5億2,071万円だったことが判明している。劇団関係の債権者数は65名で、債権額は合計1億9,779万円に達する。このうち、劇団員は45名で債権総額は6,318万円。1人当たり平均額は140万円に及ぶ。最高は、出演料等で790万円だった。
 また、スタッフ20名の債権総額は1億3,461万円で、1人当たり平均は673万円。20名分の内訳は、未払給与9,810万円、退職金3,587万円、解雇予告手当63万円だった。
 未払給与は、2015年の退職者分から生じ、退職金は2014年から未払いが散見されていた。

劇団関係の債権者は65名で、うち劇団員が45名、スタッフが20名とある。劇団員のところでは「出演料等」と書かれているので、劇団員の俳優を指すと思われる。スタッフのところでは「未払給与」と書かれているので、ネビュラプロジェクトの従業員を指すと思われる。

ここで、記事タイトルが「給与未払いでも舞台に立ち続けていた」となっているのはなぜか。給与は雇用している従業員に対するもので、俳優なら通常は個人事業主なので「出演料未払い」ではないだろうか。これだと劇団員の俳優が雇用契約を結んでいたように読め、本文と矛盾している。スタッフも、一般の読者が読んだ場合は舞台スタッフを連想すると思うが、この内容だと雇用契約を結んでいる従業員なので、主に制作系のスタッフを指すはずだ。そうなると舞台系の外部スタッフは含まれないことになる。

劇団員の俳優とネビュラプロジェクト社員には未払いが発生していたが、外部の客演やスタッフに未払いがあったどうかは不明で、この記事ではレイヤーが異なる劇団員とスタッフという用語を並べて書いているため、非常にわかりにくい記述になっている。未払い自体は許されることではないが、もし外部の客演やスタッフへは支払いがきちんと行なわれていたのなら、読者の印象は大きく変わるはずだ。

演劇に疎い記者が書いたというのであればそれまでだが、東京商工リサーチでは5日間に3本の記事を掲載しているため、演劇に強い関心を持つ記者が書いたと考えるのが自然だ。だったら、そうした点こそ取材して書くべきではないだろうか。

(2019年10月13日追記)

1点目の2011年『夏への扉』の「観客動員は予定の3割にも届かず」だが、加藤昌史プロデューサーが2011年4月11日に書いた個人ブログ「加藤の今日」に、稼働率が書かれていた。

 震災翌週の平日は稼働率が30%を切る状態で上演し続け、翌週も40%。最後の3日間だけはたくさんのお客さまにご来場いただくことができたのですが、それでもはやり劇団史上最大の赤字となりました。

 そのうえ、震災で止まったハーフタイムシアターの予約も、一般前売が始まってからも大きな伸びは無く、4月11日現在で東京公演の稼働率は35%。この時点でのこの数字も、いまだかつて無い低迷した状態です。

だとすると、「観客動員は予定の3割にも届かず」は「震災翌週の平日」のことを言っているのではないか。前述のとおり、公演全体を通じて「3割にも届かず」は計算に合わない。破産申立書、もしくは記事における要約の仕方が正確さを欠いている。

  1. fringe「東日本大震災における東京・神奈川の公演対応状況まとめ」参照。 []
  2. 加藤昌史著『拍手という花束のために』(ロゼッタストーン、2005年)p.81「観客動員数一覧」参照。 []
  3. ブログ閉鎖のため、Internet Archiveにリンク。 []