この記事は2001年8月に掲載されたものです。
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アンケートの活用法(改正個人情報保護法は2022年4月1日施行まで追記)
作品の評価を本当に知るためには
演劇にアンケートは付き物です。私も長らく芝居を観続けてきましたが、アンケートのなかった公演はほとんど記憶にありません。アンケートはお客様の感想を直接知ることが出来る貴重な手段ですが、あまりに身近な存在ゆえ、その本当の価値を見失ったり、有益に扱っていない場合もあるのではないでしょうか。制作者なら習慣で実施するのではなく、明確な目的意識を持って取り組んでいきたいものです。
私自身は、アンケートを書くのがとても苦手です。終演直後の短い時間で考えをまとめるのは難しい作業ですし、かといって「おもしろかった」程度の形容詞でお茶を濁すのも不本意だからです。観終わった瞬間に評価が決まるエンタテインメント系の作品ならまだしも、じっくり全体を反芻しなければ意図がつかめない作品の場合は本当に困ります。
ところが実際には、どの公演も例外なしに「お帰りの際はアンケートにご協力を」と連呼します。アンケートを回収したい気持ちはわかりますが、この環境でお客様にどこまで踏み込んだ評価をしていただけるのか、たいへん疑問に感じます。長居をしてアンケートと格闘しようものなら、退出時間や次の本番準備が迫って、逆にフロントスタッフに追い出されてしまいます。
これは私の持論ですが、本当に作品の評価をお客様にお尋ねしたかったら、長期的にカンパニーを観続けていただいている方数名に後日集まっていただき、時間をかけてお話を伺うべきだと思います。マーケティング用語で言うところのグループインタビューです。そのほうが終演後に回収する数百枚のアンケートより、はるかに中身にある評価が聞けるでしょう。
グループインタビューが無理なら、お客様に後日アンケートを郵送していただいたり、Web上にアンケートフォームを設けて観想を書き込めるようなシステムを用意すべきでしょう。アンケート用紙を折って糊付けすれば、そのまま料金受取人払の封筒になるのが理想的ですが、それが難しいなら次のような文章を入れるべきだと思います。
例)アンケートはご郵送/FAXも歓迎いたします。お持ち帰りになって、ごゆっくりお書きください。
(アンケート郵送先の住所、FAX番号*1 )
インターネットでもアンケート用フォームをご用意しております。(サイトのURL)
劇場で回収するアンケートだけで作品の評価をつかむのは限界があります。そのことを制作者は理解し、新しい評価手法の開発に取り組むべきでしょう。アンケートに書かれていることは参考程度にとどめるべきであって、それに一喜一憂するのはナンセンスだと私は思います。私の周囲でも若い俳優がアンケートを食い入るように読んでいることがありましたが、それは逆効果だと思うほどです。現在のアンケートがどういう状態で回収され、それを読むにはどれだけバイアスをかける必要があるのかを、各カンパニーで制作者はメンバーにぜひ説いてほしいと思います。
回答者はカンパニーの応援者
一般的な傾向として、アンケートを出してくださるのは作品を好意的に感じたお客様です。好感を抱いたからこそ、終演後に時間を割いてアンケートを書いてくださるのです。次回公演の案内が欲しいと思ったからこそ、アンケートを書いてくださるのです。このため、回収されたアンケートに好評が多いのは当然で、これで公演が成功だと思ってはいけません。
中には酷評があるかも知れませんが、これこそ貴重なアンケートです。わざわざ手間をかけて悪い点を指摘してくださったのですから、心して読まなければなりません。例えば、あなたが店でなにか嫌な思いをしたと想像してみてください。ほとんどの方が黙ってその店を去り、二度と訪れないのが普通です。しかし、アンケートを書くということは、店長を呼び出してクレームをつけていることと同じなのです。わざわざ叱ってくださっているのです。叱るということは、改善のチャンスを与えてくださっているのです。嫌な思いをしても、クレームという行動に出るお客様はほんの一部です。一枚の苦言の向こうには、たくさんの同じ思いがあることを知るべきなのです。それを受け入れて改善すれば、もう一度お客様になってくださるチャンスがあるわけです。私は厳しいアンケートに出会うと、これを額に入れて楽屋に飾っておきたいと本気で思っていたほどです。
アンケートを書いてくださるということは、その内容が良かれ悪しかれ、その時点でカンパニーの応援者であると言えます。すなわち、アンケート回収はその方々の貴重な名簿を手にすることであり、それは公演案内に活かされなければなりません。アンケートの束は自分たちを応援してくださる方のリストだと考えれば、そのデータを扱う気持ちも違ってくると思います。
観客名簿の整備方法
アンケートには公演案内送付のため、住所・氏名欄などが設けられています。こうした個人データをパソコン入力して、観客名簿を作成する際のポイントをまとめておきます。
使用ソフト
データベース、表計算、年賀状ソフトなどが使えます。データ件数が少ないうちは年賀状ソフトで充分でしょう。最近の年賀状ソフトは入力支援機能が優れているので、郵便番号7桁を入れると町名まで自動入力されます。データベースで入力画面を設計する手間を考えると、入力はこうしたソフトで済ませてしまうのも賢い選択だと思います。ただし、件数が多くなると年賀状ソフトではどうしても重たくなりますので、データ本体の保存や検索は別のソフトに任せるとよいでしょう。
宛名印刷はタックシールを使う場合が多いと思いますが、1,000通以上発送する場合はバーコード付郵便物の割引が受けられますので、必ずカスタマーバーコード生成機能があるソフトを選びましょう。最も汎用的なタックシール(A4カット紙に2列×6段=12枚レイアウトされたもの)に、きちんとバーコードが印刷出来るソフトは、そう多くありません。私の場合、データの管理や条件検索はExcelで行ない、宛名印刷はデータをCSVファイルで宛名職人に渡して行ないました。1万件までなら、この方法がオススメだと思います。
アジェンダ製品案内(宛名職人Windows版/Macintosh版) http://www.agenda.co.jp/products/
郵便番号は必ず7桁で
バーコード印刷のために郵便番号は7桁が必須です。番号を調べるのは非常に手間ですので、お客様自身に郵便番号を7桁で書いていただくよう、アンケート用紙を工夫しましょう。下記の例では、どちらが7桁で書こうという気になるでしょうか。
名寄せの重要性
データ件数が多くなると、同じお客様を複数件登録してしまうことが多くなります。ソフトによっては重複チェック機能を持つものもありますが、件数が多くなるとレスポンスが悪くなりますし、同姓同名の方というのは意外にいるものです。また、同じ世帯の方が別々にアンケートを書かれ、結果的に同じ家に何通もDMが届くことがあります。
これらを防ぐため、データ追加時には名前や住所で名寄せ処理を行ない、同一人物や同一世帯の場合はデータを統合する必要があります。この場合に重要なのは、データが統一されたルールで入力されていることです。入力が統一されていないと、データの並び替え(ソート)をしても連続して並ばないため、パソコンによる重複チェックが不可能になります。悪い例を挙げておきます。
姓名のあいだに空白があったり、なかったりする:
山田 花子
山田花子
丁目・番地の書き方がバラバラ:
1丁目2-3
1丁目2番3号
1-2ー3
全角と半角が統一されていない:
ハイツフリンジ303
ハイツフリンジ303
住所の区切りが統一されていない:
住所は長いため、ソフトによっては住所1、住所2のように項目を分けて入力します。例えば住所1は市区町村名までと決めておかないと、並び替えが出来ません。都道府県名を省略するかどうかも同様です。
東京都中央区銀座/1-2-3
東京都中央区/銀座1-2-3
統一されたルールで入力されていれば、Excelで並べ替えをして、同一内容のセルが2行続いた場合に警告を表示させることが出来ます。これはExcelのEXACT関数を使います。EXACT関数は二つの文字列を比較し、同じものであればTRUE、異なればFALSEを返すものです。この機能で面倒な名寄せも簡単に行なうことが出来ます。
転居されたお客様の住所変更が行なわれず、データが複数になってしまう場合も多いと思いますが、この場合は同姓同名かどうかを判断するために、生年月日などの不変データでチェックする必要があります。女性客の場合は生年月日の記入を嫌がるケースが少なくありませんので、誕生日(月日)だけの記入欄にするなどの工夫も必要でしょう。
お客様番号の設定
データには必ず固有のお客様番号を設定しましょう。データベースでは自動付番されるものもありますが、番号に意味を持たせて管理したほうが便利です。例えば頭1桁を公演地の識別に使って、大阪が本拠地のカンパニーなら次のようにします。
大阪公演のお客様 100001~
東京公演のお客様 300001~
頭1桁をエリアコードにしておくと、公演地に応じてデータを抽出するのも容易ですし、番号が若いほど古くからご覧になっているお客様ということになりますので、公演地ごとにお客様管理が可能です。お客様番号をタックシールに印字しておけば、宛先不明で戻ってきたDMデータの削除も素早く出来ます。
観劇履歴の管理
公演回数を重ねてデータ件数が増えてくると、カンパニーから離れてしまうお客様も出てきます。こうしたお客様にDMを送り続けるのは郵送料のムダですから、名簿から削除していく必要があります。一つの目安として、2公演続けてご覧にならなかった場合は削除対象になるのではないかと思います。
これを厳密にチェックしようと思うと、アンケートの回収率を高めると共に、観劇履歴を入力する必要があります。これは大変な作業で、どのカンパニーも苦労していると思います。例えばアンケートにお客様番号を記入していただき、その番号で名簿との照合を容易にするとか、DMを劇場に持参していただき、回収ポストを設けて来場を確認するなどです。しかし、前者はお客様が番号を控えているとは限りませんし、後者は景品などを用意してDM持参の御礼をする必要があります。
職業欄の活用
アンケートの個人データ項目で最も活用出来るのは、職業欄ではないかと思います。例えば、お客様に占める社会人の割合が多いカンパニーでは開演時間の検討材料になりますし、学生が多ければ試験シーズンをはずした公演日程が求められます。DMを数パターン用意しておき、職業に応じて使い分けることも不可能ではありません。世代や立場に応じた宣伝計画を立てることも出来るわけです。また、専門職のお客様には、思わぬことで公演に協力していただけることがあるかも知れません。
他カンパニーとの名簿貸し借り
小劇場の場合、客演先や旅公演先での観客名簿の貸し借りはめずらしくありませんでしたが、2005年4月1日から個人情報保護法(個人情報の保護に関する法律)が完全施行され、過去6か月に5,000件を超える観客名簿を扱うカンパニーに法の規制がかかることになりました。17年5月30日施行の改正では5,000件以下も対象となり、1件でも個人情報を扱っていれば個人情報取扱事業者になりました。任意団体・法人を問いませんので、カンパニーは要注意です。22年4月1日施行の改正では罰則が強化されています。
観客名簿は整備するのに膨大な手間を要します。住所に変更ないかなど、〈生きている名簿〉を維持するための労力と経費は馬鹿になりません。カンパニーの重要な財産であり、いかなる理由があっても貸さない、無償では外部に貸さないところも以前からありました。観客側も、自分のプライベートな情報が無断で第三者に渡ることに不快感を示すようになり、個人情報保護法の有無にかかわらず、名簿の扱いに配慮すべき時代になったのです。
個人情報保護法と観客名簿
- 個人情報とは、氏名・住所・電話番号・メールアドレス・生年月日など、個人を特定出来る情報。もちろん観客名簿は個人情報。
- 1件でも個人情報を事業に利用していたら「個人情報取扱事業者」。営利・非営利は問わないので、任意団体でも該当する。
- パソコンのデータベースだけでなく、検索可能な状態にある紙のファイルも対象。安全に管理しなければならない。
- 利用目的以外で個人情報は使えない。「劇団Aのご案内をお送りします」という目的で集めた個人情報は、観客本人の同意なしで劇団Bに渡せない。
- 劇団Bに渡したければ、最初からアンケートにその旨を明記するか、ネガティブオプション*2 で改めて観客全員の同意を得る必要がある。
- 観客本人の求めがあれば、保有している個人情報の開示・訂正・利用停止を行なう義務がある。
- 個人情報保護委員会の措置命令に従わなければ、1年以下の懲役または100万円以下の罰金。法人の場合は1億円以下の罰金。
すべてのカンパニーが観客名簿は慎重に取り扱う必要があるでしょう。アンケート用紙には必ずお断わりを入れておきましょう。
例)このアンケートは劇団××××の公演案内のほか、役者の外部出演や演劇関係の情報をお届けする場合に使わせていただくことがあります。ご了承ください。