この記事は2019年8月に掲載されたものです。
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演劇の創客について考える/(28)DULL-COLORED POP「福島三部作」でカルチベートチケットをやってみる

カテゴリー: 演劇の創客について考える | 投稿日: | 投稿者:

●「fringe blog」は複数の筆者による執筆です。本記事の筆者は 荻野達也 です。

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●分割掲載です。初めての方は(予告)から順にご覧ください。

この連載「演劇の創客について考える」では、これまで様々な提言を続けてきました。スタート時の(予告)でも書いたとおり、創客の答えは一つではなく、演劇界全体の課題として、それぞれの人間がそれぞれの立場で出来ることを積み重ねていくしかありません。

提言ばかりで行動を伴っていないという批判もありますが、fringeの立場で出来ることとして、2018年2月~4月に開催された「佐藤佐吉大演劇祭2018in北区」(主催/同実行委員会)では「fringe創客賞」を提供し、創客につながるポイントが最も多かった劇想からまわりえっちゃん『尊厳の仕草は弔いの朝に ~1・2・3ショットマンレイ~』の制作者、横井佑輔氏(Play Plan)を表彰しました。

fringe「佐藤佐吉大演劇祭2018in北区『fringe創客賞』について」

これは制作者に賞を贈ることで鼓舞する試みでしたが、今回は創客にダイレクトに寄与する方法はないかを検討し、fringeとしてカルチベートチケットを実施することにしました。

カルチベートチケットとは、地点(本拠地・京都市)が13年から続けている無料の当日券です。観客自身が新しい観客を耕す(cultivate)という意味を込め、誰でも使えるチケットを購入して、受付にストックするものです。観客がいないと成立しない演劇という表現で、潜在的な観客を掘り起こすことを目指しています。

地点サイト「カルチベートチケット」

観客の善意に頼る部分が大きいため、当初は理想どおり運営されるのか半信半疑でしたが、現在はすっかり定着し、同じ試みをする芸術団体も増えました。クラウドファンディングと組み合わせた導入もあります。今年3月~4月には、シーエイティプロデュース『BLUE/ORANGE』で出演者の成河氏が自身のメルマガ会員に寄付を募った243枚のカルチベートチケットを実施し、大きな反響を呼びました。

論座「成河、『カルチベートチケット』の成果と限界/上」
論座「成河、『カルチベートチケット』の成果と限界/下」

今回、fringeがカルチベートチケットの対象に選んだのは、DULL-COLORED POP「福島三部作」です。東日本大震災の福島第一原発事故を、原発誘致の1961年から事故発生の11年まで、原発に翻弄される地元の家族を軸に描いた大河ドラマです。福島出身で原発技術者だった父を持つ谷賢一氏が、自身の出自に向き合いながら、なぜ福島に原発が必要だったのかという視点と共に描いた作品です。昨年先行上演された第一部『1961年:夜に昇る太陽』を観ましたが、福島第一原発事故を描いた従来の作品群とは全く違うアプローチで、ここから新しい議論が始まっていく予感がします。私自身、今年最大の注目作だと期待しています。

DULL-COLORED POP「福島三部作」

新作2本を加えた今回の三部作一挙上演では、1週目が第二部『1986年:メビウスの輪』、2週目が第三部『2011年:語られたがる言葉たち』の単独上演で、長めの休演日を挟んで3週目が通し上演となっています。シャッフルされた日程ではないため、3週目の通し上演に売れ行きが集中しており、このままでは前半がガラガラで、通し上演になってからクチコミが広まっても、もはや満席という残念な結果に終わってしまいます。

優れた作品には再演希望も寄せられますが、この規模の公演は物理的に再演が困難です。それ以前に中劇場を3週間以上借り切っての公演は大きなリスクがあり、前半がガラガラならカンパニーの存続自体が危ぶまれる事態になるでしょう。長期公演を応援するfringeとして、それはないんじゃないかと思い、微力ながら第二部と第三部の初日にカルチベートチケットを実施することにしました。

DULL-COLORED POP「福島三部作」カルチベートチケット
※カンパニーの承諾を得た上でfringeが勝手に実施。

  • 実施日時
    第二部『1986年:メビウスの輪』東京初日、8/8(木)19:00開演
    第三部『2011年:語られたがる言葉たち』東京初日、8/14(水)19:00開演
  • 会場
    東京芸術劇場シアターイースト(東京・池袋)
  • 実施枚数
    各10枚、合計20枚
  • 利用方法
    当日受付で「fringeのカルチベートチケットを使いたい」と申し出た先着10名が対象。
    1名につき発券は1枚まで(その場にいない方の分は用意しません)。
  • 利用条件
    特になし。一般・学生どちらでも可。

このカルチベートチケットはfringeが勝手に行なうもので、主催するDULL-COLORED POPの企画ではありません。すでに前売券を購入された方は、その点を何卒ご理解ください。ただし当日運営に迷惑がかからないよう、事前にカンパニーの承諾をいただき、チケット準備・座席の割り当てもカンパニーにお願いしています。カルチベートチケットの趣旨に則り、見守っていただければ幸いです。

個人的には、中劇場の全席指定になった今回のタイミングで、演劇から遠ざかってしまった元小劇場ファンに観てほしいと思います。それはDULL-COLORED POPが、いまや数少なくなったカンパニーと共に同時代を生きていく感覚を備えており、琴線に触れると感じるからです。作品自体も自分たちが歩んできた人生と完全に重なり、チェルノブイリ原発事故と福島を描いた第二部『1986年:メビウスの輪』は、特に深く刺さるのではないかと想像します。そんな方が周囲にいたら、このカルチベートチケットで誘ってみてください。もちろん、誰が使っても構いません。受付でなにかお尋ねすることもありません。

とにかく、公演前半に観てほしいと思います。公演前半の評判は集客に大きく影響します。私自身、都合が合えば出来るだけ前半に足を運び、優れた作品なら評判を広めることを心掛けています。SNSが普及する前は、演劇ファン同士が電話やパソコン通信で広め、郵送による「初日通信」というニュースレターもありました。公演前半の観客は〈クチコミの伝道師〉であり、招待してでも観てもらいたい存在です。今回のカルチベートチケットを初日限定にしたのも、そのためです。実際に観劇して期待ハズレなら、そのときは正直な感想を発信していただいて構いません。それもまた多様な見方の一つだと思います。

「福島三部作」が、一人でも多くの観客に届くことを願っています。

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