この記事は2004年7月に掲載されたものです。
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飛行機代以上の価値がある

カテゴリー: fringeのトピック以前 | 投稿日: | 投稿者:

●「fringe blog」は複数の筆者による執筆です。本記事の筆者は 荻野達也 です。

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Ort-d.d+東京国立博物館『四谷怪談』を観ました。この場所、この座組みでの再演は難しいと思いますので、必見と言えるでしょう。表慶館でなければ難しい効果もありますので、これは全国から観に来る価値があると思いました。

作品の芸術面まで触れたレビューを[トピック]に載せたのは、fringe開設以来初めてです。制作面に特化したサイトということで、芸術面の評価を載せるのは避けてきましたが、まだ若手の部類に入るOrt-d.dがこれだけの仕事を成し得たことは、特筆に価すると判断しました。企画の魅力だけでなく、それに全体的な完成度が備わったものとして、数年に一度の作品だと考えます。

演劇制作を続けていると、客観的に見ても〈時代を代表する作品〉となる手応えを感じることがあると思います。集団内の甘い基準での手応えではなく、本当に演劇界に通用する手応えです。平田オリザ氏は『ソウル市民』について、

この作品を書き上げて、もうその瞬間に、私は日本演劇史に名を残したと思った。

と記していますが、本当に作品に自信があるなら、この感覚は誰にでもあるはずです。長年やっていてこの手応えが一度もないなら、その集団は解散したほうがいいでしょう。もちろん、この手応えは毎回あるものではないですし、意外に早い時期に訪れることもあります。若いカンパニーの旗揚げ公演に訪れた場合は、旗揚げの高揚感にかき消され、はっきり意識出来ない場合があるかも知れません(これは不幸なパターンですから、周囲が指摘してあげる必要があるでしょう)。

課題は、この手応えを感じた作品にいかに観客を集めるかです。すべての作品が傑作だなんて、あり得ません。どんな巨匠でも、後世に残る傑作は限られています。「代表作は次回作」は、表現者の貪欲さを表わす言葉として使われますが、私は甘えだと思っています。特に消えてしまう演劇の場合、本当に勝負をかける作品に、なにがなんでも集客する必要があるのです。青年団も『ソウル市民』初演では苦渋を味わいました。

幸い『四谷怪談』の集客は順調のようですが、もし動員が薄いなら、私はfringeのトップページ全面を『四谷怪談』の広告にしてもよいと思いました。本当に評価すべき作品に出会ったとき、観客は自発的にクチコミで広めようとするものです。クチコミに助けられてきた人間として、私自身も本当に推薦すべき場合は推薦したいと思いますし、〈時代を代表する作品〉を埋もらせてはいけないと考えています。

小劇場界では、地域のアーティスティック系カンパニーが評価を得るために積極的に東京公演を行なっていますが、首都圏のアーティスティック系カンパニーが旅公演する例は、青年団や燐光群より若い世代では数えるほどです。つまり、地域の観客や演劇人にとって、アーティスティック系の現状が見えない状況になっています。赤字を嫌って旅をしない首都圏のカンパニーに問題があるわけですが、これで地域のカンパニーが井の中の蛙にならないか心配です(特に関西)。宮崎と東京の両方を拠点とするOrt-d.dなら、この辺のことは充分理解されていると思いますが、残念ながら『四谷怪談』は表慶館あっての作品です。その意味でも、全国からこの作品は観てほしいと思います。