震災時の公演の可否について考えてきたが、今回のような大震災では、公演を続行しても「こんなときに観劇する気持ちになれない」「余震や停電が心配で外出したくない」という人が多数いる。公演が続行されると前売券の払い戻しはないため、こういう人にとっては「なぜ公演するのか」という心境だろう。このようなケースでは、他ステージへの振り替えで対応することが多いが、短期間では状況が変わらないかも知れない。結果的に「あのカンパニーは払い戻しをしたくないために公演した」と思われ、お互いしこりを残すことになる。残念なことだと思う。
どの業界でもそうだが、決済後の払い戻しは大きな痛手となる。演劇の場合、ほとんどのカンパニーが自転車操業で、ギリギリのキャッシュフローで演劇製作をしている。公演中止でも多額の支払いが待っている。そこで観客に払い戻しすると、プレイガイドへの手数料も上乗せされ、カンパニーの存続自体が危うくなる。
小劇場系では最大手の演劇集団キャラメルボックスでさえ、3月11日~13日に中止した4ステージと、大規模停電が予告された17日のキャンセル希望に対応したため、「劇団史上最大の赤字」という経営危機に陥った*1 。このため緊急公演を急遽2本企画し、以前の経営危機でも発行したプリペイドチケット*2 を再び売り出す事態となっている。
払い戻しについては、「CoRich舞台芸術!」が「支払い済みのチケット代で芸術団体を支援しませんか?」*3 という提案を3月22日に行なった。観客が払戻請求を放棄する内容で、つくり手にとってはありがたい提案だが、後ろめたい気持ちが残るのも事実だ。これに対し、ネビュラエクストラサポート(Next)の郡山幹生氏が「強い違和感を抱いています」というコラムを3月24日に発表した。そこまでの支援は、つくり手と観客の一線を超えてしまうという思いからだろう。
私はこうした大規模災害下では、公演続行・中止に関わらず、払い戻しではなく次回公演への振り替えで対応出来ないかと思う。キャラメルボックスの考え方と似ているが、未使用チケットを次回公演に振り替えるというものだ。公演続行の場合でも、観客が躊躇する妥当性がある回には適用する。今回だと3月11日~17日が対象になるだろう。これにより、自宅待機したいという観客の希望にも応えられるのではないか。カンパニーにとっても、払い戻しよりはずっとマシなはずだ。
こんな制度をつくると、上演しても劇場がガラガラになるかも知れないが、観客が一人でもいれば上演するのが演劇人の志なら、それでいいではないか。大切なのは、「こんな状況下だからこそ演劇を観たい人」「こんな状況下では演劇を観たくない人」のどちらにも選択肢を用意することだと思う。どちらか一方にしてしまうのは、選択肢そのものを奪うことになる。私も台風とぶつかって、交通機関が運休している状態で公演を強行したことが何回かある。来場出来なかった観客には他ステージへの振り替えで対応したが、こうした制度を整備しておけば、もう少しゆとりのある判断が出来たのではないかと思う。
他業界で似たルールを採用しているものとして、プロ野球の日本シリーズがある。中止の場合は順延扱いとし、日程変更による払い戻しは行なっていない。次の試合を必ず見るという前提になっているわけだが、演劇も観客とつくり手のあいだに、これぐらいの合意形成があってもいいのではないだろうか。
払い戻しによって、カンパニーが倒産・解散したら元も子もない。今回、キャラメルボックスが普段なら絶対やらない「千秋楽のあとの追加公演」を入れたことからも、その深刻さが窺える。このときの加藤昌史プロデューサーの考え方*4 も筋が通っており、千秋楽のチケットを買ったファンも納得したと思う。
キャラメルボックスについては、加藤氏が震災後の動きを一覧出来るページ*5 をつくられたので、参考にしてほしい。特に、なぜこんなときに演劇をするのかという質問に正面から答えた3月14日付の記事*6 は、とかく精神論になりがちな演劇人が多い中、きちんと経済の観点から回答していて説得力がある。
記事を読んでもわかるが、今回開演可否の判断が最も難しかったのが、大規模停電の記者会見があった3月17日夕方だった。停電の不安以上に、降雨で放射線量が増えることが予想され、原発事故の進展が見えない中、自宅待機になった大企業もあった。こんな日は二度と訪れてほしくないが、そんなときにも次回公演への振り替えが制度化されていれば、純粋に観客の安全面に絞った判断が出来るのではないだろうか。
(参考)
東京で上演し続けることの意味
自粛からはなにも生まれない
専門誌が伝える演劇界と映画界の動き
- サイト閉鎖のため、Internet Archive「Wayback Machine」(2012年3月6日保存)にリンク。 [↩]
- サイト閉鎖のため、Internet Archive「Wayback Machine」(2012年3月30日保存)にリンク。 [↩]
- 元記事の削除に伴い、Internet Archive「Wayback Machine」(2011年8月30日保存)にリンク。 [↩]
- サイト閉鎖のため、Internet Archive「Wayback Machine」(2012年3月4日保存)にリンク。 [↩]
- サイト閉鎖のため、Internet Archive「Wayback Machine」(2012年3月4日保存)にリンク。 [↩]
- サイト閉鎖のため、Internet Archive「Wayback Machine」(2012年3月6日保存)にリンク。 [↩]