この記事は2007年8月に掲載されたものです。
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演出の都合で空調を切るな

カテゴリー: fringeのトピック以前 | 投稿日: | 投稿者:

●「fringe blog」は複数の筆者による執筆です。本記事の筆者は 荻野達也 です。

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小劇場に足を運んでもらうためにハード面でしなければならないことは、イスの改善と空調の完備です。いずれも劇場設備に関することですが、使用するカンパニーの運用で大きく変わる場合があります。

イスがあるのに敢えて桟敷にする、空調があるのに止めるのがその代表です。桟敷は「縦の見切れ」を防ぐ効果もありますので、一概に悪いとは言えませんが、アングラな雰囲気を出すためだけに桟敷にするのは時代錯誤だと思いますし、観劇人口を増やすという大命題の前には、極力イスにすべきだろうと思います。

8月4日ソワレに観た鹿殺しオルタナティブズ『魔人現る』は、こまばアゴラ劇場ではめずらしい全席指定で、客席前方は驚いたことに桟敷でした。ベンチシートや階段席の全席指定はありますが、桟敷の全席指定はほとんど記憶にありません。客席後方はイス席だったため待遇差も感じ、これなら料金差を設けるべきではないかと思いました。鹿殺しの制作は今回からゴーチ・ブラザーズの三宅規仁氏が担当していますが、客席設計を再考すべきだと思います。作品自体は予想以上に奥深い仕上がりで堪能しました。

空調は暖房を切るのは上着で調整出来ますが、冷房はどうしようもありません。小劇場系のいわゆる「静かな演劇」では、事前に冷房をガンガンにかけ、上演中は止めてしまうところが多数あります。あれはいったいなんなんでしょう。スモークが流れるのなら風向を調整すればいいし、運転音なら客席の雑音など気になるものはほかにもあります。冷房を止めなければならないほど静寂さが必要な芝居はないと私は思いますし、それによる観客の体調悪化のほうが問題ではないでしょうか。

8月12日は青年団リンク・東京デスロック『ソラリス』をこまばアゴラ劇場で観ました。この日の東京の最高気温は33.6℃で、マチネの時間帯は最も上がっていたと思います。入場時に快適だった空調は開演後に切られ、その後は思い出したように微風が流れてくる程度で、私が座った上手後方は周囲全体が苦痛に喘いでいました。後半は舞台に集中出来ず、私も意識が遠のく瞬間があり、「1分でも早く終わってほしい」と願っていました。舞台美術は過去のアゴラ劇場で一二を争う規模だと思いますが、それ以前の問題だったと思います。

私は、空調の利かない大学施設で汗だくになって観た学生演劇が強烈な原体験になっていて、好んで劣悪な環境で観劇したことも数え切れません。それが小劇場らしさだと思っていた時期もありました。けれど、映画館がシネマコンプレックスの快適な設備で復活していくのを見て、観劇人口を増やすには劇場も変わるべきだと考えるようになりました。野外やテントのように、観客がそれなりの覚悟で来場するものはいいけれど、通常の劇場公演で快適性をおろそかにしてはいけません。

東京デスロック主宰の多田淳之介氏は、「夏のサミット2007」リーフレットに寄せた「5年後の演劇の幸せの為に」という文章で、劇場に足を運んでもらうために必要なことを綴っています。素敵な文章だと思いますが、だったらまず空調は止めないでほしい。観客は演劇体験をしたいとは思っていますが、苦行に来ているわけではないのです。

これを書きながら改めて感じるのですが、これまで本番中の空調については、演出家が音の観点から考えることが多かったと思います。けれど、それって演劇以前の安全に関わることじゃないですか。熱中症の約3割は屋内で発生しているそうです。演出家も、観客が集中出来ない状態での上演は不本意なはず。私自身はエンタテインメント系の作品ばかり担当し、空調を切るなんて考えたこともありませんでしたが、「静かな演劇」を扱う制作者も発想を切り替え、演出家がなんと言おうと空調を切るべきではないと思います。

以前も書きましたが、平田オリザ氏が望む「月に一度は劇場に通うことが、多くの人々にとって当たり前になる」世の中。それには劇場自体が魅力ある場所になることが必要であり、ハード面の改善は基本です。ホスピタリティの面も含め、演劇人の側が改めていかねばならない悪習はまだまだあり、上記2公演の例を見ても、こまばアゴラ劇場自体が発展途上だと思います。理念や制度では演劇界をリードする存在ですが、新しい演劇ファンが来る劇場になるためには、改善すべきことが多数残されていると思います。


演出の都合で空調を切るな」への5件のフィードバック

  1. breakaleg

    逆位相式のノイズ除去装置とか吹き出し口の改造といったことなどで、
    空調を切らずにノイズ軽減する方法はありませんかね?

  2. no hay banda

    ご主旨には概ね同意見ですが、「ソラリス」公演は本当に空調を切っていたのでしょうか。
    私は前日(11日)のマチネを同じ上手後方から拝見しましたが、
    室温については最後まで全く問題ありませんでした。
    東京の最高気温が36・4度という状況で暑さを感じず、
    空調の吹き出し音もしていましたから、
    空調機を終演時まで動かし続けていたと思われます。
    少なくとも前日までは動かしていたわけですから、
    12日は観客の入りや外気温などから判断して弱めに空調機を動かしたものの、
    弱くしすぎて空調を切ったように受け取られたという可能性が高いと思うのですが如何でしょう。
    空調機停止を確認なさってうえでのお説であれば、
    私の書き込みは全く的外れで失礼なものになりますが。

  3. 荻野達也

    >no hay bandaさん

    情報ありがとうございます。

    8/12(日)マチネは開演直前まで快適だったのが、開演後に急に温度が上がりましたので、明らかに空調を止めていたと思います。照明の影響もあるとは思いますが、あの灯体数にしては暑くなりすぎだと思います。空調音も聞こえませんでした。

    8/11(土)マチネは空調を運転していたとのことですので、音を気にして止めたのではないようですね。推測ですが、俳優が水浸しになる作品ですので、その辺の関係もあるのではないかと思います。

    「Club Silencio」が再開されてうれしいです。

  4. u-no

    鹿殺しオルタナティブズについて。
    ボクは8/5のソワレに前から2列目の上手端のベンチ席で観劇しました。待遇差については荻野さんの受けた印象と同じなのですが、この指定席にはそれ以上の問題があったように思えます。既にCoRichの感想の方でも書いたのですが、

    ●1列目、Z-15番の席は目の前のスピーカーが邪魔して半分くらい視野を奪われてた
    ボクの目の前のほとんど桟敷とも言える低いベンチシートの席は正面を向くと手が届く位置に大きなスピーカーが設置されており、舞台空間ならば半分以上が見えなかったと思います。これは反対側のZ-1番の席も同様であったかと。制作サイド゙はこの席を作った際に視認性をちゃんと確認したのかと問いたいぐらいのひどい視野と狭い空間だったと思います。芝居自体、ほとんど中央で演じていたからそれでよいというものでもないと思いますし、もしボクが一番最初に観に来た芝居でこの席に座らされたらここまで芝居好きにはなってなかったとも思うくらいひどい席の作りでした。実際、舞台は必要以上に大きく作られていましたし、スピーカーの位置も必ずしも一番前にある必要性は感じなかったので、客席に無理を強いるのであれば、舞台の寸法を縮めるなり、スピーカーの位置を変えるなり、もっと別の対応があったように思えてなりません。

    ●場内が狭いならそれなりの対応をしてほしい
    前方のベンチシートは指定座席の幅のなさもさることながら、足の置くスペースでさえもほとんど余裕なく作られていました。しかし、劇場ロビーではその場内の狭さをアナウンスするわけでもなく、また劇場内外で積極的に荷物を預かろうという姿勢も全然見られませんでした。ボクの観た回はベンチシートのお客さんで場内にまで大きな荷物を持って座った人が多くみられただけに余計に狭苦しさを増長させてた気がします。

    やっぱり観るものとしては自分の座る席も含めて観劇だと思うので、制作の人達には自分達が観劇する場合のことを考えて対応してほしいものです。

  5. 柴田 環

     私が関わった事がある公演で、換気口に幕が吸い込まれてしまうからと、開演と同時に換気扇だけ止めて頂こうとしたら(ビル管理なので事務室に内線連絡)、換気扇だけは止められず、空調ごと切らなければならない羽目に。。。
     夏ではなかったけれど、かなり暑かった日だったと記憶しています。
     お客様方からのクレームも、勿論。。。
     次のステージまでには、幕を吊り変えて頂きましたが、大失態でした。
     事前の確認も、重要ですネ。

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