いま横浜の小劇場系で最も集客力があり、クオリティの高い作品づくりで評価が高まっているstudio saltが、新作『7』を相鉄本多劇場で上演中です。常連の「横濱・リーディング・コレクション」を通じて作・演出の椎名泉水氏の実力も浸透し、今回はステージ数を増やして(前回8ステ→今回11ステ)、飛躍を狙う本公演だと思います。
私は多忙で予定が決められず、5月19日ソワレに当日券で行くことにしました。週末は混雑しているようでしたので入れるか不安でしたが、受付で「当日券ありますか」と尋ねると「はい」とのこと。安堵して財布を出そうとしたところ、
私 「……普通にチラシで」
受付「それでは当日料金3,000円いただきます」
別に受付でアンケートを取っているわけではないでしょうから(同様の質問はアンケート用紙にありました)、ここで関係者の名前を出せば予約料金(自由席予約2,500円)になったのではないかと思います。そうでなければ、このような受け答えにならないはずです。
私も何人か名前を存じ上げている関係者はいますので、その名前を出そうか一瞬躊躇しましたが、この公演を知ったのは本当にチラシが最初でしたので、そのとおり答えました。そうしたら案の定「それでは当日料金」と言われたので、がっかりしてしまったのです。当日料金が惜しくて言っているのではありません。当日客の扱いに差を設けていることにがっかりしたのです。
fringeでは何度も力説し、トップページにバナー掲載までしているとおり、「劇団員に誰かお知り合いはいませんか」撲滅運動を展開しています。studio saltのやり方は、言葉こそ違えど当日客を差別することでは同じです。予約料金を適用したいのなら、事前に受付に名前を伝えておいて照合するか、当日精算券(クーポン券)を渡しておくべきで、それ以外の口頭のやりとりや顔パスは絶対にすべきではありません。当日客の面前ではっきりわかる待遇差を設けてはいけないのです。もしスーパーでレジ係が「知人だから」という理由で割り引いたら、後ろに並んでいるあなたはどんな気分になりますか。クーポン券がない限り、割り引いてはいけないでしょう。それと全く同じことなのです。
studio saltは手売りが非常に強く、前回拝見したときは(そのときは招待で今回のようなことは気づきませんでした)座長の麻生0児氏自ら300枚売ると聞きました(後日書かれた先方のブログによると約240枚とのこと)。今回ステージ数が増え、受付のやりとりで当日精算することがさらに恒常化しているのかも知れません。けれど、この手法はあくまで身内客中心の時期しか通用しないもので、作品を世の中に問うためには一般客への広がりが必要です。一般客が待遇差を感じる受付はダメなのです。
さらに残念なのは、この公演の制作者が湘南地域を代表する薄田菜々子氏(beyond)であること。薄田氏自身は場内整理で受付にはいませんでしたが、薄田氏ほどのキャリアの持ち主が、なぜこのような受付を許すのかが理解出来ません。たとえカンパニー側の強い要望があっても、それを説得して新しいシステムに変更させていくのが制作者の役割ではないでしょうか。
作品自体はたいへんクオリティの高いものでした。飼い主のいない動物を収容し、引き取り手がいなければ処分する動物愛護センターの日常を描いたもので、敢えて事務室だけを舞台にすることで、心に澱がたまっていくような厳しい仕事の現実を想像させ、それぞれに思いを抱えた職員たちの葛藤や緩やかな連帯感を淡々と描き出していました。当日パンフによると、椎名氏自身が近い心境の職業に十数年就いていたということで、退職してようやく客観視出来たとのことです。
導入部は殺伐とした殻に閉ざされた人間関係に思えますが、実はそうではないことが、配属された若い主任を巡る日々で少しずつわかってきます。いくつかのエピソードが物語を進めますが、それよりも表に出ないルーティンの処分作業が無言の重圧をかけ続け、職員たちの何気ない会話に思いがにじみ出ます。狙ったであろう世界観、空気感が見事に客席に伝わる内容でした。
椎名氏の仕事に加え、職員を演じた俳優たちのキャラクターづくりも評価したいと思います。最初から特徴的な設定が与えられている職員はもちろん、そうでない普通の職員を演じた俳優の醸し出す雰囲気が、この作品のポイントだったと思います。
スタッフワークも力が入っています。特に大道具製作はこの規模ではめずらしくC-COMに外注。コンクリート打ちっ放しの施設の重厚さをよく表現していました(舞台美術/小林奈月)。チラシも今回はいつになく早期から頻繁に見かけました。繰り返しになりますが、だからこそチラシで知った初見の観客も多いはずであり、受付の接遇に矛盾を感じるのです。
75分という短い作品ですが、3,000円の価値は充分にありました。どうしても受付で関係者扱いかどうか判断したいのなら、前売・当日とも3,000円の均一料金にしてしまえばいいのです。「××さんのチケットで」の場合も3,000円、「当日券ください」の場合も3,000円にするのです。これなら単なるノルマ管理になりますので、待遇差にはなりません。
横浜の小劇場界を代表するカンパニーがこんなことではいけないと思いますので、公演中ですが厳しく書かせていただきました。studio saltの皆さんはfringeも読んでいただいているようですが、だからこそなぜこんなことをするのか問いたいです。反論があればお聞かせください。
studio salt当日制作チーフ担当のbeyond薄田です。
荻野様、先日はお忙しい中ご来場いただきまして、誠にありがとうございました。
まずは、作品にご評価いただき、劇団員と共に喜んでおります。
そんな中、受付にて大変失礼があり、せっかくの機会に大いに水をさしてしまい、申し訳ございませんでした。
本件は、私のクライアント様である劇団studio saltの意図するところとは、若干違う問題が発端になっておりますので、
まずはその点ご了承いただきますようお願いいたします。
言い訳にはなりますが、荻野様にお尋ねした内容は、制作チーフである自分の指導ミス的な部分もまじっております。
ただそれは言葉のニュアンスの問題でもありますので、細かくは後述にて省略させていただきます。
荻野様ご指摘の点は「料金格差」の点にあると認識いたしました。
受付で当日のお客様の“情報源”を尋ねるのは、
自分は次の2つの意味で価値があると考えておりますので、ご説明します。
(1)一般のお客様がどのルートで情報を知ったか把握する
(2)出演者のご紹介だった場合、その件を本番終了時点で即時に本人に伝える
まず(1)、荻野様は本件の中で
「同様の質問はアンケートにもありました」とご指摘頂いておられ、そのとおりではございますが、
アンケートだけでは拾いきれない情報、さらにそのお客様のニュアンス、
これらも、次回以降の宣伝展開の重要な情報になるからです。
そしてさらに、本来自分が意図していた
“当日飛び込みのお客様にだからこそ言いたい御礼”をお伝えしたいからです。
(この意図が、当日担当していた者に理解させられなかったのは、制作責任者として問題でした。)
次に(2)。前提条件として、今回の現場である劇団studiosaltにはノルマはありません。
ノルマのカウントとは関係なく、役者さんが事後すみやかに「来場御礼」等のフォローが出せるように、
終演時点で来場者リスト、及びご来場者様の付加情報を全員に配布するようにしております。
(これは、自分がどこの団体様にもしているサービスです。)
そのための情報収集として、受付時に予約のないお客様にご確認をさせていただいております。
以上、情報の使用用途について説明させていただきましたが、
ご指摘のとおり、料金格差については差別感が否めません。
今回、役者様扱いのお客様にそのサービスを実施しているのは、根拠理由なく実施しているわけではないのですが、
それは、ご来場のほとんどのお客様には全く関係のない理由ですので、
「演劇ファンの門戸を狭める」というご指摘に対して、何の申し開きも出来ないのは確かでございます。
今回の荻野様のご指摘は、
現在、ようやく団体名が浸透し評価もいただきはじめ、
劇団員の身内客と一般の演劇ファンのお客様との比率が急激に変化している当劇団にとって、
しかるべき時期にいただきました、非常に重要な問題提起だと
ありがたく受けとめております。
今後の受付姿勢、そして料金体系について、真摯に検討していきたいと考えております。
以上、長々と失礼いたしました。
今後ともお見守りの程、よろしくお願いいたします。
横浜在住のpalette-bullet藤田です。耳が痛い話なのでコメントをさせてください。
当日券のお客様が、どのようにして公演を知ったのかを知りたいのは、当然のことだと思います。
アンケートが重要なアイテムになりますが、
先日、私が制作に入ったカンパニーは、当日券のお客様に
誰の知りあいかを聞いてほしいと依頼されました。(料金は前売・当日とも同じ料金)
受付では、「料金が変わることはありませんが、お客様が来られたことを出演者に知らせたいので、
出演者にお知りあいがいらっしゃいますか。」とお尋ねしました。
その現場では、快く感じ取ってもらえた方々でほっとしました。
知りあいがいなかった場合、「参考までにどこで公演をお知りになりましたか?」という追加質問も用意しました。
このこと自体が、お客様を区別する作業になるので、
私自身は好きではないのですが、上記のように断りをいれたうえでの質問を
どのように思われるか、参考までにお聞きできればと思います。
俳優が自分のお客様の来場を知りたい気持ち、制作者がデータを集めたい気持ちはわかりますが、受付で質問するということについて、やはり私は懐疑的です。それは俳優や制作者の論理であって、お客様の立場になっているとは思えないからです。
お客様の中にはお忍びで来ている方もいると思いますし、時間がなくて終演後に面会出来ない方もいると思います。受付で来場が知られてしまうと、面会せずには帰れなくなってしまいませんか。いくら友人知人が出ていても、作品に納得出来なければ挨拶せずに帰りたいときだってあるでしょう。来場御礼も大切だとは思いますが、目指すべきはクオリティの高い作品を届け、お客様のほうから自発的に声を掛けていただくことではないでしょうか。これはカンパニーの成長過程にもよりますので一概には言えませんが、身内客から一般客へ移行する時期なら真摯に考えるべきことだと思います。
「この公演をどこでお知りになりましたか」という質問は、複合的な要素が絡み合って端的に答えにくい部分もあると思います。情報誌、チラシ、DM、Web、クチコミなど、どれが先がわからないこともあると思いますし、「単なる情報として知った」タイミングと、「観たいと自覚した」タイミングは違うのではないでしょうか。制作者が知りたいのは、たぶん後者のタイミングでの媒体だと思いますが、それは受付でとっさに答えられるものではありません。精度の高いデータを集めたいのなら、私はアンケートの回収率を上げる工夫をするほうがいいのではないかと考えます。
接客にものすごく長けたスタッフがいて、料金をお支払いいただいたあとにさりげなく、本当にさりげなくお客様の答えを引き出せるのなら別かも知れませんが、そうした雰囲気になるには少し世間話もしないといけないし、受付ではなかなか困難なことだと思います。
再び藤田です。荻野さん、ありがとうございます。基本はアンケートである考えは同じです。
私自身は受付では、チケット購入と公演案内以外の事柄を話をすること自体、好ましいとは思えません。
いろいろな遅延につながるし疎外感を与えてしまう可能性が高いからです。
でも、さりげなく、聞かれたことすら、答えたことすら気にとまらない。
そうした人の心にすっと入り込む技術を持つ人には、感心してしまいます。
今回の回答を今後の参考にさせていただきます。