この記事は2011年3月に掲載されたものです。
状況が変わったり、リンク先が変わっている可能性があります。



有川浩氏『シアター!2』はなぜロングランに消極的なのか

カテゴリー: フリンジのリフジン | 投稿日: | 投稿者:

●「fringe blog」は複数の筆者による執筆です。本記事の筆者は 荻野達也 です。

Pocket

制作者の視点から小劇場界の構造的欠陥を描いた有川浩氏『シアター!』(メディアワークス文庫)。その続編『シアター!2』(2011年1月発行)を読んだ。

1巻が主宰の兄から見た制作談義中心だったのに対し、今回は劇団員それぞれの群像劇となっている。カンパニーにエピソードは尽きないわけで、この辺はいくらでも転がっていく感じだが、売れるグッズとはなにか、カンパニーという組織の不思議さ、身内客だけで回っている客席など、小劇場界へのダメ出しは変わらず随所に散りばめられている。エンタテインメントを否定する中劇場の嫌味な支配人も登場し、これは誰をモデルにしたのだろうと勘ぐってしまう。1巻に続き、興味深い内容だ。

ただし、読んでいて引っ掛かる部分もある。公演の損益分岐点を語る場面だ。

(前略)観客動員が千人を超え、三千人を超えるまでが小劇団にとって最も経済的に厳しい段階だという。
「逆に千人以下のほうが利益は出しやすいんだよ」
 集客が数百人単位なら数十席クラスの小さな劇場で済むし、セット類もコンパクトにまとめられる。経費がかからないので利益が出しやすい。(pp.263~264)

そんなことはないだろう。確かに3,000人前後は興行的に中途半端で、私自身もいちばん苦しいと感じた時期だが、1,000人以下のほうが利益が出しやすいということはない。そもそも1,000人以下だと全体の収入が少なすぎて、劇団員に対する出演料自体払えない。劇団員が無報酬だから多少収入が残るだけの話で、その状態で利益という言葉は使えない。「千人以下のほうが利益は出しやすい」と書くと、部外者に誤解を招くと思う。

1,000人を超えたからといって、すぐに劇場のサイズを変える必要もない。小劇場のままステージ数を増やせばいい。中途半端な動員で中劇場を使おうとするからいけないのだ。この作品は、週末の動員を逃したくないという思いだけでキャパシティを考えているように見える。

「大きいハコを借りる代わりに百席以下の劇場を長く借りて公演日数を倍にするってわけにはいかないのか?」
「単純に公演日数を倍にしたからって動員や収益が倍になるわけじゃないでしょう」
 最もチケットが売れるのは、どうしても週末の公演になる。集客が見込める週末に座席が少ないのは売上げの点から考えると非効率だ。水曜夜を初日として土日の昼夜公演で締めるというスタンダードなスケジュールでも、平日を埋めることは難しい。座席数が少ないままで埋めなくてはならない平日回を増やすのはあまり得策ではない。
 それに、公演日数が長くなった分だけ劇場費や拘束するスタッフの人件費もかさむことになる。(p.323)

本気で小劇場界にダメ出しするのなら、週末中心の公演日程自体を批判し、どうやってロングランを定着させるかを提言してほしいのだが、この部分が現状肯定に終わっていて非常に物足りない。楽日を日曜にせず、週末のクチコミで翌週まで動員を呼び込み、曜日に関わらず劇場へ足を運ぶライフスタイルを定着させる――それが他業界を知る兄としての視点ではないのか。

劇場キャパシティと費用の関係も、もっと分析してほしい。劇場費は付帯設備の充実度で意味合いが全く異なるし、公演中の人件費は全席指定に出来るかどうかで大きく異なる。座席数や料金表だけでは比較出来ない部分であり、これこそ複数の制作者に緻密な取材をして、演劇人を唸らせる記述にしてほしかった。

物語では、中劇場を借りずに自前で特設劇場を組むことになっていくのだが、付帯設備を考慮すると、そのほうが費用がかかるのではないか。こうしたシミュレーションは作品にリアリティを持たせるものだけに、有川氏はもっと突っ込んだ取材をしてほしい。3巻も出るようなので、思わぬどんでん返しに期待したい。

特設劇場もいいが、ゲネ中に保健所が来て、興行場法違反で公演中止にならないことを祈りたい。

(参考)
有川浩氏『シアター!』は、ライトノベルの姿を借りた小劇場界へのダメ出しだ

シアター!〈2〉 (メディアワークス文庫)
有川 浩
アスキーメディアワークス (2011-01-25)
売り上げランキング: 847