この記事は2015年12月に掲載されたものです。
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演劇の創客について考える/(10)公共ホールが社会的実証実験として超人気作品のロングランをすれば、観劇人口は絶対に増える

カテゴリー: 演劇の創客について考える | 投稿日: | 投稿者:

●「fringe blog」は複数の筆者による執筆です。本記事の筆者は 荻野達也 です。

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●分割掲載です。初めての方は(予告)から順にご覧ください。

本連載も10回目になりました。今回は観劇人口を増やすため、究極の提言をしたいと思います。

演劇の創客を考えたとき、「そもそも誰もが観たいと思う超人気作品は前売段階で完売してしまい、観たいと思っても手に入らない」という意見があります。これは全くそのとおりで、若干の当日券は出るにしても、「この作品だったら観てみたい」と考える観劇ビギナーには手が届かないものになっています。

演劇を全く観たことがない人でも、例えば野田秀樹作品や三谷幸喜作品なら、「機会があれば一度くらい劇場で観てみたい」と考える人は多いはずです。そのためには、初めての観客でも容易にチケットが買えるような仕組みが必要ですが、そうした超人気作品はチケットの需要が供給を上回っている状況です。

席数が不足しているのなら、ステージ数を増やすしかありませんが、ライブで上演する演劇では限界があります。同じ作品を同じ劇場で固定キャストで上演した場合、その上限は1か月半程度ではないでしょうか。ストレートプレイの場合、俳優が集中力を継続出来る期間があると思いますし、稽古期間も含めてそれ以上拘束されると、他の仕事が入れられないという事情もあるでしょう。人気の劇場を長期占有すること自体が至難の業です。

俳優の問題は、出演者を複数チームつくるしかないと思います。その俳優を見たくて足を運ぶ観客も多いと思いますので、劇団四季のように週替わりではなく1か月半交代とし、他の仕事も入れやすいようにします。例えばABCの3チームをつくると、次のようなスケジュールで1年間のロングランが可能です。公演の間隔は2か月半ありますので、この間に映画の撮影も入れられると思います。チームの順序を入れ替えれば4か月空きますので、ドラマの撮影にも対応出来ます。

3チームによる1年間のロングラン

同じ作品を3通りのキャスティングで上演するわけですが、ABCの3チームは1軍・2軍・3軍という意味ではなく、同等のクオリティを持つチームです。同じ作品の出演者を一新して再演することは、プロデュース公演ではめずらしくないので、それを同時にやってしまおうというわけです。

ロングランをしても、同じ演劇ファンが3チームとも観劇したり、何回もリピート観劇したら、チケットの競争率は下がりません。この企画の狙いは、1か月半程度しか上演されない超人気公演を1年間上演し、観劇機会を8倍に増やすことです。そのためにはチケット販売方法を工夫し、1人1回しか観劇出来ないようにしなければなりません。そうしたチケット管理のシステムも必要になると思います。

先行予約を中心に、既存ファン相手に前売段階でチケットをさばいていく販売手法は、売れ残りを防ぐには必要なことですが、演劇情報に接する機会の少ない一般の人々が評判を耳にするころには、チケットが完売してしまいます。このロングランは、既存ファンに販売制限をかけるものなので、従来の興行とは全く異なる視点が必要でしょう。

以上を考え合わせると、これはビジネスを超えた「演劇の創客を実現するための公共プロジェクト」と位置づけるものだと思います。民間の劇場や上演団体では実現困難で、これこそ公共ホールが社会的な実証実験として取り組むべきことではないかと考えます。具体的には下記のとおりです。

  1. 創客のための社会的実証実験として、劇場を自主事業で1年間占有使用する。
  2. 自主事業として超人気作品を企画し、出演者の異なる3チームで1年間ロングランする。
  3. 各チームは1か月半交代とし、観客による選択や俳優側の仕事の両立を容易にする。
  4. 実証実験のため、観客が観劇出来るのは1年間を通じて1人1回とする。
  5. これを実現するためのチケット管理システムを別途開発する。

5のチケット管理システムですが、システムを一から開発するのではなく、既存プレイガイドに独占販売させる代わりに、複数回購入を防ぐオプション機能を追加すれば費用を抑えられます。独占販売の是非については、三鷹の森ジブリ美術館のチケットがローソンチケットでしか買えない点が参考になるでしょう。これは来場者を制限して混雑を防ぐためですが、1人1回の販売制限をかけて観劇機会を創出するのも同じ発想です*1

このチケット管理システムには、ぜひ入れたい機能があります。購入後に都合が悪くなった場合の振替と空席待ち機能です。前売段階で予定を立てにくい社会人のハードルを少しでも下げるため、都合が悪くなった場合は別の回の空席、または次期発売の購入権に振り替えます。1年間のロングランなので、チケットは何期かに分けて販売されると思いますので、このような対応を可能にします。キャンセルになった席は、事前登録したキャンセル待ちの人が優先購入出来るようにします。

チケットの救済措置としては、チケットぴあがチケット保険「チケットガード」や再版サービス「定価リセールサービス」、Confettiが「チケット買い戻しサービス」を提供していますが、プレイガイドは興行主ではないため、直接のキャンセルは受けられません。興行主による払い戻しは、演劇集団キャラメルボックスなど一部に限られるのが現状です。実証実験としてこの機能を入れ、需要を確かめたいと思います*2

東京芸術劇場+TBS『おのれナポレオン』

野田氏と三谷氏が初めて舞台でタッグを組んだ作品として、2013年の東京芸術劇場+TBS『おのれナポレオン』があります。「この作品だったら観てみたい」と思った人は多いのではないでしょうか。公演終盤に天海祐希氏が急病で降板し、宮沢りえ氏が急遽代役を務めたこともニュースになりました。作品の完成度は非常に高く、出演者も6名とコンパクトです。前述のトラブルで中止になりましたが、全国の公共ホールと映画館でライブビューイングも予定されていたほどの舞台です。特色の異なる3チームを編成し、東京芸術劇場プレイハウスを1年間占有使用してもいいのではないかと考えながら、この稿を書きました。民間では絶対に出来ないことをやるのが、公共ホールの存在意義だと私は考えます。

無謀に思える内容かも知れませんが、専用劇場を持つ劇団四季や宝塚歌劇は同じことを実践してきました。逆に言えば、四季や宝塚はそれを実践したからこそ認知され、現在の人気があるのです。本当に演劇の創客をしたいと考えるのなら、誰もが興味ある超人気作品に触れる機会が必要です。日本の演劇人は俳優を交替してまでのロングランという発想が希薄ですが、それが観劇機会の損失を招いてはいないでしょうか。カンパニー制とは相容れない面があるかも知れませんが、プロデュース公演なら複数チームによるロングランは、創客の手法として真剣に考えるべきではないでしょうか。

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  1. 三鷹の森ジブリ美術館の正式名称は三鷹市立アニメーション美術館で、れっきとした三鷹市の公共施設です。 []
  2. 演劇集団キャラメルボックスは、2016年より払い戻しではなく、キャンセルしたチケットを金券扱いにします。 []