この記事は2015年8月に掲載されたものです。
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演劇の創客について考える/(4)創客に必要なのは劇団や演劇人のガイドブックではなく劇場のガイドブック

カテゴリー: 演劇の創客について考える | 投稿日: | 投稿者:

●「fringe blog」は複数の筆者による執筆です。本記事の筆者は 荻野達也 です。

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●分割掲載です。初めての方は(予告)から順にご覧ください。

7月31日、キネマ旬報社から『東京映画館 映画とコーヒーのある1日』が発行されました。

東京映画館 映画とコーヒーのある1日 (キネマ旬報ムック)
キネマ旬報社 (2015-07-31)
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ミニシアターからシネコンまで、東京近郊の映画館を近所のカフェや飲食店などと一緒に紹介したもので、映画通の俳優や文化人がエッセイを寄せたり、お気に入りのエリアを案内しています。東京・大森出身の片桐はいり氏が、開館以来通っている地元のキネカ大森で「名物もぎり嬢」に立つ様子などもリポートしています。本書発行の記念イベントも8月23日に開催されました。

シネマカフェ「“もぎり嬢”片桐はいり、映画館について熱弁!『もぎりは大事な仕事』」

片桐氏と映画館の関係については、『キネマ旬報』の連載をまとめた『もぎりよ今夜も有難う』をお読みください。

もぎりよ今夜も有難う (幻冬舎文庫)
片桐 はいり
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キネマ旬報社は、2013年に千葉県柏市に自社経営のキネマ旬報シアターをオープンしました。出版社自ら映画館運営に乗り出したわけで、それを支援する目的もあるのだと思いますが、本書を読んでいて、演劇界でも劇場自体のガイドブックが必要なのではないかと強く感じました。

これまでも『ぴあmapホール・劇場・スタジアム』のようなムックは販売されています。しかし、これは座席位置を確認するのが主な目的で、劇場自体のガイドブックとは違うと思います。ぴあは『小劇場ワンダーランド』のようなビジュアル本も出していますが、劇場自体の紹介はわずかです。その劇場にどんなエピソードがあり、上演される作品にどんな傾向があるのか、過去の代表作なども織り交ぜながら劇場自体をメインに紹介したガイドブックは、まだ出版されていないと思います。

建築物としての視点から劇場を紹介した建築本もありますが、それらは専門家には意味のある内容であっても、(観客になるかも知れない)一般の読者が手に取って劇場の息遣いを感じるものではありません。劇場で日々行なわれている営みから、その劇場スタッフがどんなことを考え、どんな気持ちでラインナップを組んでいるかが伝わるガイドブックが欲しいのです。

もちろん、最初から理念のようなものを書いては読者が引いてしまいます。『東京映画館 映画とコーヒーのある1日』も、外見的には「楽しいお散歩ブック」というグラフィックな読み物の形をとり、巻頭で俳優の門脇麦氏をフィーチャーしていますが、本文の端々に映画館の魅力と可能性が詰め込まれており、いつの間にか「映画館で映画を観たい」という思いにかられてきます。計算され尽くした編集コンセプトだと思います。

本連載の「(3)人間の意識や行動パターンは変えられるか――万年筆の殿戦に学ぶべきこと」では、万年筆と演劇の共通点として、

  1. 気軽に店舗に入れない。気軽に試し書き出来ない。

と書きました。この敷居の高さを下げる手段として、演劇を観ない人に対しては、劇場という空間自体の魅力を伝えることが重要ではないでしょうか。毎日繰り返し上映が行なわれる映画館に比べ、ライブの劇場は扉が閉ざされている時間が長くなります。開場時間以外に自由に出入り可能なロビースペースを持つ劇場は限られており、演劇を観ない人にとっては、本当に〈開かずの扉〉に見えているのではないでしょうか。ならば、その扉の内側がどんな世界なのか、もっと発信する努力が必要なのではないでしょうか。

カンパニーや演劇人を紹介するガイドブックはこれまで何冊も出ており、雑誌でも特集が組まれています。けれど、それは映画で例えるなら作品を紹介しているのと同じことで、レンタルやオンデマンドで観ても映画館へ足を運ぼうとまでは思いません。演劇の場合は、最初から劇場に足を運んでもらわないといけないので、映画以上に劇場を身近に感じてもらう必要があるのです。作品を紹介することと、劇場に足を運ぶことのあいだには距離があり、カンパニーや演劇人を紹介するだけではダメなのです。

長いあいだ、カンパニーや演劇人のガイドブックばかり目にしてきたため、私自身も「演劇界でまだ劇場自体のガイドブックが出版されていない!」ということに気づきませんでした。これは盲点でした。今回『東京映画館 映画とコーヒーのある1日』を読んで、目から鱗が落ちた気分です。

『東京映画館 映画とコーヒーのある1日』は、全体の構成や各映画館の紹介の仕方など、非常に参考になります。これと同じ編集コンセプトで劇場版もつくれてしまうのではないかと思いました。「そんな本が売れるのか」という疑問には、小劇場出身で著名になった俳優たちにガイド役で登場してもらえば、必ず売れるのではないかと思います。外見は俳優の写真集になっても構いません。大切なのは本文です。志のある出版社が企画会議にかけることを期待します。

制作者の方もぜひ読んでください。各映画館のオリジナル企画や割引制度など、参考になる点が随所に散りばめられています。単なる「お散歩ブック」と思ってスルーしていたら、重大な損失です。

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