東京と関西の劇場の違いを考えるとき、キーワードとなるのが「提携公演」だろう。東京の演劇人には理解しにくいシステムだと思うし、関西で30代前半までの演劇人は最初から提携公演がある環境で活動してきたので、その功罪が客観的に見えづらいだろう。改めて提携公演とはなにか、今後どうあるべきなのかを考えたい。
関西の提携公演は、上本町にあった近鉄小劇場(04年閉館)が東京の小劇場系カンパニーを招聘する際、現地制作がいない彼らをサポートするために生まれた制度と聞いている。劇場スタッフが票券管理、宣伝、宿泊手配、当日運営などを代行し、チラシは他劇場に折り込み(挟み込み)を依頼した。本来、関西方式の折り込みは指定日時にチラシを持ち寄り、全員の共同作業でチラシ束を組むが、旅公演の場合は遠方からのカンパニーを支援するため、関西の演劇人たちが代行した。対象は旅公演に限られていたわけで、相互扶助の精神に支えられた行為だった。提携公演と言うと劇場使用料割引をイメージする人が多いと思うが、実際には劇場側がリスクを負いながら票券管理を行ない、その収入で費用を賄っていたもので、共催に近い内容だ。現在の提携公演とはかなり違うことを知ってほしい。
やがて関西のカンパニーに対しても、劇場側が特に応援したい場合に、同じ提携公演という冠で制作協力を行なうようになった。若手カンパニーがキャパ420名の近鉄小劇場を使うのはハードルが高く、それを緩和するのが狙いだった。このとき旅公演と同じく他劇場へチラシ折り込みが依頼されたが、地元カンパニーなので旅公演とは事情が異なる。そこで生み出されたのが、劇場間で主催公演・提携公演のチラシを互いに交換するバーター折り込みだった。そちらのチラシを折り込んであげるから、こちらから送ったチラシも折り込んでねという趣旨だ。
一見合理的に思えるシステムだが、ここに大きな矛盾があった。劇場間バーターはチラシだけが送られるので、手折り込みのために集まった人だけでその分も折り込まねばならない。バーターの数が少ないうちはいいが、劇場が増えて提携公演の数も増えるようになると、人手が足りなくなって作業の長時間化を招くようになる。関西方式の折り込みは、並べたチラシを人がピックアップしながら束ねていくので、東京方式より労働量が多い。その代わりきちんと揃えられた美しいチラシ束が出来るのが売りだったが、折込要員よりチラシが極端に多いと疲労困憊になってしまう。
初期の提携公演は先輩カンパニーだけに与えられる特権で、他の劇団員は文句も言わずに折り込んでいた。やがて提携公演の定義が広がり、劇場使用料割引や宣伝協力程度で提携公演と呼ばれるようになった。さらに宣伝協力のみの「協力公演」という冠も生まれ、これも劇場間バーターの対象になった。最初の旅公演支援とは違う制度になってしまったのだ。カンパニーにとっても重大問題で、提携公演・協力公演になれば折込作業から解放されるが、そうでないと劇団員が各劇場に手折り込みに行かねばならない。まさに天国と地獄で、提携公演・協力公演が取れる制作者が評価されるような風潮にもなった。
劇場間バーターが盛んになればなるほど、チラシの数に折込要員が追いつかないのはわかっていたはずだ。なぜ関西の劇場は提携公演の定義を変え、協力公演という制度までつくったのだろうか。この点が非常に疑問なのだが、稼働率の低い関西の劇場にとって、貸館制度の中でカンパニーを差別化するには、こうした方法しかなかったからではないかと想像する。
東京の人気劇場なら使用を希望するカンパニーが2年前から打診を始め、貸館であっても劇場側がブッキングしたいカンパニーを選ぶことが出来る。契約上は貸館であっても、実態は劇場側が選んだラインナップだ。これに対し関西の劇場は稼働率が低いので、先着順で日程が埋まっていくことが多い。このため劇場側でも単なる貸館以外に、応援したい公演というものが生まれてくる。カンパニーが長めに借りてくれる場合は、優遇したい気持ちも働く。これが提携公演・協力公演といった制度が広がった背景だろう。
現在の提携公演は初期の共催に近い形ではなく、貸館の割引に過ぎない。本来はこうしたピンポイントの割引をやめ、劇場費の定価自体を値下げし、代わりに稼働率を高めて収入を確保すべきだと思う。提携公演させたいカンパニーだけで劇場日程が埋まれば、わざわざ提携公演の冠は必要ない。その劇場で公演すること=提携公演と同じになるのだ。
かつて関西でもこの考え方に近い運営の劇場があった。近鉄百貨店阿倍野店9Fの近鉄アート館だ。現在は美術展や販促催事専用になってしまったが、01年までは演劇公演もしていた。デパートの施設なので元々劇場使用料という考え方はなく、キャパ300名規模の空間を仮設客席の実費と票券管理の手数料だけで使用出来る、非常にありがたいスペースだった。演劇は文化事業と割り切り、気に入ったカンパニーには厚遇で会場を提供し、それだけで年間の演劇枠は埋まってしまう状況だった。
NODA・MAP、遊◎機械/全自動シアター、カクスコがここを関西の本拠地とし、MOTHERが4作品を週替わりで上演した「ALL AROUND MOTHER 2000」(2000年)などのチャレンジングな企画も、この劇場があったからこそ実現した。わざわざ提携公演などと言わなくても、ここで上演出来ること自体がうれしいと思えた劇場だった。いま関西の劇場に必要なのは、劇場自体の魅力を高め、稼働率を高めていくことではないのか。そうすれば提携公演・協力公演などの冠の意味が薄れ、制度を廃止することが出来ると思う。
どうしても劇場間バーターを残すなら、現在は関西にもrighteyeのようなチラシ折込代行会社が誕生したので、これを使って新たなシステムを構築する方法がある。劇場間バーターのチラシはここに納品し、全劇場分を組み上げてから各劇場に配送するようにしたらどうか。各劇場に対する折込代行もrighteyeが一手に引き受け、バーター束とドッキングしてから配送すればいい。
righteyeが関西のチラシ折り込みを独占することになるが、それでいいと思う。そういう合理化を目指す時代だし、そうでないと提携公演・協力公演が取れないカンパニーの労働力に頼った折込作業が永遠に続くことになる。いまの関西のチラシ折り込みは、若手カンパニーの犠牲の上に成り立っているということを自覚しなければならない。
提携公演・協力公演を見直してシンプルな契約形態にすることと、ロングランに向けて公演期間を延ばしていくことは、表裏一体の関係にある。劇場使用料を値下げする代わりに、貸館契約は最低1週間とする。たとえ公演が3日間でも1週間の契約とする。そうすればカンパニーもリハーサルやワークショップを劇場でするようになり、結果的に作品のクオリティが増し、劇場のにぎわいも増す。やがて公演日数自体を延ばす動きにつながっていくだろう。そうやって、わざわざ提携公演にしなくても、その劇場で上演すること=提携と同じという意識をつくっていくのだ。
関西の識者には、劇場間バーターを業界の先輩が苦労して築いてきた制度なので変えられないという人もいるが、時代と共に制度は変わるべきだし、変えないといけないと思う。関西小劇場界の活性化のために、改めて提携公演・協力公演の廃止を提言したい。同じ趣旨のことは04年にも書いている。そちらも読んでほしい。
(参考)
関西は提携公演を廃止する時期