この記事は2006年10月に掲載されたものです。
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パラドックス定数と参考文献

カテゴリー: fringeのトピック以前 | 投稿日: | 投稿者:

●「fringe blog」は複数の筆者による執筆です。本記事の筆者は 荻野達也 です。

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パラドックス定数『38℃』を9月23日マチネに観ました。『5seconds』(2004年11月)、『大正八年 永田町』(05年11月)に続いて3度目です。

男優だけの閉ざされた空間での会話劇、舞台に登場したら二度と楽屋に戻らない演出など、個性的な作品世界をつくり上げるのに成功しており、首都圏の小劇場ファンのあいだで話題になっている存在です。実在の事件をモチーフにした物語は社会派と呼ぶにふさわしく、「wonderland」が指摘しているように話が都合よく運びすぎるきらいはありますが(面白いがゲーム的)、若手の中では健闘している部類に入ると思います。

ただし、3作品観てきて疑問に感じることがあります。事件を描いている以上、パラドックス定数の戯曲には参考文献が欠かせないはずですが、当日パンフレットには一切記載されていません。参考文献を明記しない演劇は少なくありませんが、パラドックス定数の場合は事件そのものを本筋にしているわけで、「この本に出会わなければ、この物語は書けなかった」という参考文献があるはずです。「休むに似たり。」が指摘しているように、客席もそれを感じるほどです。

東京の地下鉄建設と軍部の関係を描いた『大正八年 永田町』なら、このシリーズが影響を与えていると思いますし、もし他の文献から着想を得たとしても、参考文献がなにも書かれていないというのは、あり得ない話だと思うのです。なにも知らない観客が、この物語を野木萌葱氏がゼロから創造したと思い込むのは(※)、やはりまずいと思います。演劇は記録に残りませんが、参考文献の記載について劇作家はもっとシビアになるべきではないでしょうか。

この作風を続けるのなら、次回からはぜひ参考文献を明記すべきだと思います。

(※)そんなバカなと思われるかも知れませんが、先日映画館で『UDON』を観ていたところ、後ろの席の高校生たちは、タウン誌が発端となったさぬきうどんブームの経緯を映画の創作だと思っていたようでした。「こんなことあるわけないじゃん」と言っていました。