この記事は2004年10月に掲載されたものです。
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京都は特別な場所

カテゴリー: fringeのトピック以前 | 投稿日: | 投稿者:

●「fringe blog」は複数の筆者による執筆です。本記事の筆者は 荻野達也 です。

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杉山準さんや田辺剛さんの文章を拝見していると、京都はローカルという自覚をされているように思えるのですが、東京に住んでいると、関西で暮らしていたとき以上に「京都は特別な場所なのだ」と思わざるを得ないシーンに出くわします。私は京都(京都市)に4年、大阪(茨木市)に12年いましたが、当時は京阪神はそれぞれ対等の存在で、確かに大阪に比べると京都はマイナーかなと思っていた部分があるのですが、東京に来て6年半経った現在では、やはり京都には経済面だけでは計り知れない魅力があると実感しています。

同じ気持ちは京都の学生時代にも抱いていたのですが(だから京都の大学を受験したわけです)、大阪でしか買えないもの、大阪でしか観られない映画などに通ううち、大阪の便利さにすっかり浸っていき、何気なくぶらつく場所は京都より大阪になっていきました。京都・大阪のどちらにもフットワークが軽くなるよう、阪急京都線の中間(茨木市)を選んだつもりだったのですが、日々の生活が意識を変えていったわけです。それが物理的に関西を離れ、面から点での接し方に戻ると、学生時代のあの感覚が戻ってきたように思います。

私は京都・大阪での生活経験がありますから、観光客のような憧れだけで京都を語るつもりはありません。地に足を着けているつもりです。けれど、東京の書店に平積みされている女性誌を見ても、東京の街以外で特集されるのは京都だけですし、その内容も叡電沿線を詳しく紹介するなど、もはや観光ガイドというより、銀座や渋谷のような普段遣いの街と同じ扱いです。雑誌の世界では、アトリエ劇研のある京都・下鴨はメジャーですよ。大阪や神戸の人は面白くないかも知れませんが、外から見ると京都は特別な場所で、その存在感は他の都市とは比べ物になりません。

そこに住んでいると、どんなに魅力あふれる環境でもそれが日常になってしまいます。典型的なのが、京都で生まれ育った人は寺社巡りをあまりしないということ。1985年、京都市の古都税導入に反対した京都仏教会が拝観停止をしたとき、駆け込みで有名寺院を回る市民が多くて、びっくりしたのを覚えています。京都に長くいると、京都が特別な場所とは思えなくなるのは自然です。けれど、初心に戻って京都の魅力を再確認し、日本中から観客を呼べる最強の街であることを、もっと武器にしてほしいなとも思うのです。

私の周囲には、リタイアしたら京都に住みたい京都の町家(町屋)をリノベーションしたい季節に一度は京都に行かないと死んでしまうという人が大勢います。京都の皆さんはもっと自信を持っていただきたい。皆さんはそういう街で演劇をしているのですから。

アトリエ劇研ではニットキャップシアターが劇場共催で18日間のロングラン中、もちろん全席指定です。これが京都の常識になるといいですね。


京都は特別な場所」への1件のフィードバック

  1. 田辺剛

     反発覚悟で正直に申し上げますと、実はわたしも京都は特別なところだと思っています。創作をする場所としての京都。もともとわたしは福岡出身で京都は大学からですが、京都には「なにか」ある。それは闇に隠れていてなんなのかはまだ分かりませんが、その「なにか」はとても魅力的で、だからなかなかここを離れようとは思いません。
     けれども中心はやはり東京、関西に限れば大阪なのだとも思っています。最近は演劇について語るときに、風土としての地域性はともかく、ロケーションとしての地域性は有効ではないと思っていて、あまり「京都だ京都だ」とならないようにしていたのですが、ちょっとくすぐられたような感じがして、つい書き込んでしまいました。失礼しました。

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