この記事は2009年7月に掲載されたものです。
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本気で観劇人口を増やしたいなら

カテゴリー: フリンジのリフジン | 投稿日: | 投稿者:

●「fringe blog」は複数の筆者による執筆です。本記事の筆者は 荻野達也 です。

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観劇が困難な生活になり、現在の演劇状況について客観的に考える機会が増えた。改めて見つめ直すと、演劇界は新しい観客を獲得する努力を本当にしているのだろうかという疑問がわき上がってくる。

演劇界はまだ演劇を観る習慣がない人、劇場へ足を運ぶことが出来ない人に対し、いかに接するかに注力すべきだと思うが、それが目先の動員数(延べ動員数)を獲得することに向けられているのが現実だと思う。すでに演劇を観る習慣がある人をターゲットに、少ない観劇人口のパイを奪い合っているだけだ。あるいは公演期間中のリピーターを増やしているだけで、動員が2倍になったとしても、それは同じ観客が2回観ているわけで、観客の純増にはつながっていない。延べ動員数が増えれば収入にはなるが、それで本当に演劇界に未来はあるのだろうか。

私は、すでに演劇を観る習慣がある人に対しては、もう特別なサービスは要らないと思う。そういう人は、放っておいても自分で観たい作品を探し、それなりに劇場へ足を運んでくれるはずだ。例えばチケット券種について考えると、セット券やパスポート券など、本数を観れば観るほどお得になるサービスが多い。演劇に限らず、このような購入量に比例した割引は商習慣として普通だが、発想を転換して、演劇の場合はむしろ初めての観客こそ割り引くべきだと強く思う。

観劇本数の多いコアな演劇ファンは、割引しなくても観たいものは必ず観るはずなので、新たに割り引く必要はない。定価で観てもらったらいい。観客も定価で観ることが本当の支援だと考えれば、腹も立たないだろう。こまばアゴラ劇場や王子小劇場の支援会員制度は、観劇本数の多い人ほどお得になるが、劇場を本当に経済的に支援したいと思うのなら、寄付金込みで逆に割高にする方法もある。tptフレンズがこの考え方のはずだ。観劇本数がたまれば1本招待というのも、演劇祭などでよく見かける特典だが、これも延べ動員数を増やすだけの試みで、新しい観客の開拓にはつながらない。インセンティブを設けるなら、演劇を初めて観る人を連れてきたら、連れてきた人を無料にするぐらいのほうがいい。

「初めての観客」「演劇を初めて観る人」をどうやって見分けるのかという問題があるが、例えば事前予約制にしてチケットは郵送しておく。観客名簿と照合し、記録も登録していけば、制度を何回も悪用するのは難しいだろう。演劇とは全く関係ない場所で割引券・招待券を出すのもいい。それを持参することで、これまでと違った客層を広げることが出来る。演劇界にとって「初めての観客」にリーチ出来るのなら、それは非常に意味のあることなので、もっと積極的にチケットプレゼントを他業界に提供してもいいのではないかと思う。

観劇人口が増えないもう一つの要因として、観客の世代交代がある。小劇場ファンの多くは、学生時代に演劇と出会ってそのまま観劇を続けている人々だと思うが、こうした新たなファンが毎年生まれているのだとしたら、観劇人口は増加し続けなければいけない。それがそうならないのは、一定の年齢になると観客が演劇から離れてしまうからだ。これを食い止めることが急務なのに、問題意識を持っていない演劇人が多いように感じる。特に若手ほど深刻な問題なのに、本人も周囲の観客たちもまだ若いので、世代交代を自覚することがない。本人も観客も、このまま永遠に進むことが出来ると思い込んでいるが、もちろんそれは幻想であって、気づいたときはすでに遅いのである。

社会人として多忙になるにつれ、予定が立たないことに加え、劇場の客席の質も問題だと思われる。客席に投資しない劇場側の責任も大きいが、カンパニー側が「こんなイスの劇場は使いたくない」と声を上げることも重要ではないか。若いときは尻や背中が痛くても耐えられるので、誰も問題にしない。その悪循環で小劇場の客席はいつまで経ってもパイプイスに座布団という有様だ。これで幅広い年代の観客に観てもらいたいと言うほうがおかしいと思う。非常に危険な客席を組む公演も散見するが、それも若いから出来るのであって、表現より大切なものが公演運営にはあると私は思う。

予定が立たない社会人のためには、前日予約システムや当日券の充実、あるいは前売券のキャンセル制度などが対策になるが、制作者にとっては前売完売がずっと楽なので、どうしても消極的になる。前売完売が見込まれる人気公演で、意図的に前日予約や当日券のチケットを残すことは、誰もやりたがらない。けれど、これを変えていかない限り、演劇はいつまで経っても限られた観客のためのものだろう。手間ばかりでなく、金銭的リスクのあることなので、個々の制作者が始めただけでは疲弊するだけかも知れない。演劇界の習慣として定着させることが必要だろう。ネットによる新サービスで、システム的に実現可能なものも増えている。意識を変えてほしい。

少し思い切ったことを書くが、世代交代対策として、若手の小劇場系カンパニーは40歳以上の観客を全員無料にしたらどうか。客席やチケットの仕組みをすぐに変えられないなら、それぐらいのことをしてもいいのではないか。20代の身内客が多いカンパニーなら、上の世代に観てもらうだけで得られるものは大きい。観客数の割合から言っても招待可能だと思う。年齢は免許証などで確認すればいいので、不正もない。それで観客が増えてしまって困るのなら、今後はイスのよい劇場できちんと有料にすればいい。本当に大人の観客に耐えられる実力があるのなら、それでいいのではないか。

(参考)
fringeタグアーカイブ「観劇人口」