演劇の創客について考える/(34)8K定点等身大上映は創客の救世主となるか

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●「fringe blog」は複数の筆者による執筆です。本記事の筆者は 荻野達也 です。

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●長期連載です。2015年に掲載した(予告)から順にお読みいただけます。

一般社団法人EPAD(Eternal Performing Arts Archives and Digital Theatre)は、舞台芸術のアーカイブとデジタルシアター化支援を進めていますが、後者の超高精細映像による収録・上映で大きな可能性が広がり始めています。

演劇はその収益性の限界から、多くの制作者が映像を使った展開を試行錯誤してきました。テレビ中継に始まり、細部を伝えるため多カメラでのスイッチングが進み、さらには客席から収録出来ないカットも撮るため、終演後にテレビスタジオに同じ舞台美術を組んで収録する「スタジオ演劇」も登場しました。映画作品としての上映、DVD販売やインターネット配信も同じ発想で、技術の進歩に伴い画質は向上していきましたが、多カメラによる編集で作品の魅力を伝えようとしていました。

もう一つの流れがライブビューイング(クローズドサーキット)でした。これは劇場公演を映画館などにライブ中継するもので、凝った編集は出来ませんが、同時刻に同じ舞台を観る一体感がありました。私自身、観劇体験に近いライブビューイングこそが創客の切り札になると考えた時期もありますが、高額だった費用や、邦画人気で空きスクリーンが減ったことなどで、演劇分野ではまだ主流にはなっていません。

コロナ禍で演劇の配信は大きな広がりを見せましたが、演劇人が出来れば劇場に足を運んでほしいと願っているのは変わらないと思います。画角の限られる映像で細部を見せるには、どうしても多カメラでカット割りをする必要があり、映画やドラマに近い感覚になります。映画やドラマは状況そのものを映像化するのに対し、演劇は観客が状況を想像しながら観るわけですから、そこにはどうしてもギャップが生まれてしまうのです。

そこでEPADが生み出したのが、8K定点固定カメラと5.1ch以上の空間オーディオでの収録です。これを舞台上のスクリーンで等身大になるよう上映し、立体音響で再生します。定点固定カメラの映像なので、客席からはまるで舞台上に俳優がいるかのような錯覚を覚えます。端から観た場合は、角度がついて多少違和感があるかも知れませんが、私が正面から観た体験では没入感が得られました。

私が体験したのは「EPAD Re LIVE THEATER in PARCO」でのパルコ『笑の大学』ですが、この作品は同じPARCO劇場で収録されたため、等身大上映のスクリーンサイズが舞台サイズとぴったりで、当日客席で観ていた作・演出の三谷幸喜氏に「これで地方の人をだませるんじゃないか」とまで言わしめたほどでした。

一方で、「EPAD Re LIVE THEATER in Tokyo」でのイキウメ『人魂を届けに』は、そこまでの没入感は得られませんでした。これは上演がシアタートラム、上映が東京芸術劇場シアターウエストと舞台サイズが異なり、やや縮小されたサイズで上映されました。人間の脳は、等身大ではないものは映像と認識してしまいます。どんなに超高精細でも、きれいな映像と感じてしまうのです。上映するなら大きくでも小さくでもダメで、絶対に等身大にすべきです。

舞台サイズが異なる劇場で等身大上映しようとすると、スクリーンやプロジェクターの位置を移動したり、映像の周囲が切れてしまうかも知れません。しかし、それでも等身大のほうを優先すべきだと思います。収録するのは映像人なので、画角には強いこだわりがあると思いますが、これは舞台芸術を広めるためのプロジェクトなのですから、演劇人の意見に従ってほしいと思います。

8K定点等身大と立体音響による上映は、「再現」と呼んでいいと思います。ライブではありませんが、「観客が状況を想像しながら観る」という演劇に欠かせない要素は、充分に満たされていると感じます。これまで演劇を映像で見ることに消極的だった方も、これなら持論を変えるのではないでしょうか。「見る」が「観る」に変わります。今後もEPADは収録・上映を続けていくと思いますので、未見の方はぜひその目で確かめてください。

特に地域の劇場関係者に体験していただき、限られた予算でも人気公演が地元で「再現」出来る手段として、ぜひ検討していただきたいと思います。12月16日~17日には、Great Sign 坊っちゃん劇場(愛媛県東温市)で「EPAD Re LIVE THEATER in Ehime」が予定されています。「舞台映像で『劇場空間』を再現できるのか検証します」とのことです。

8K定点等身大と立体音響による上映が本格化すれば、安価なチケット代で人気公演が全国の劇場で繰り返し「再現」可能になります。これまで上演されることがなかった街でも「再現」が可能になり、演劇の魅力を体験出来るのではないでしょうか。リアルに劇場に足を運べる観客には物理的上限がありますが、この「再現」が加わることで、演劇の構造的課題だった「公演」収入だけで食べることが可能になっていくかも知れません。長年の夢だったパラダイムシフトが起きようとしているのです。

(2024年7月27日追記)

松浦茂之氏(EPAD理事、三重県文化会館副館長兼事業課長)によると、実際は100%を少し超えた大きさに人は心地よさを感じるとのこと。

「実はこれは、”等身大”とうたいながらも、100%で投影された映像ではないんです」と松浦は話す。「実際は100%を少し超えていて、これを私たちは”心の等身大”と呼んでいる。映像を観たときに心地よさを感じるサイズがあり、それは100%から少し大きい場合が多い」と述べた。
よって、例えば実際の上演舞台の間口が7間(けん)であれば、スクリーンの間口も7間以上必要、つまり100%以上の投影に構えられるスクリーンを用意したほうが安心なのだ。上映会開催を通じて得た経験として、技術面での知見が語られた。

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