演劇人や熱心な観客の方に「宝くじが当たったらなにがしたいですか」と尋ねると、「劇場をつくりたい」と答える人が多いと思う。気持ちはよくわかるし、本当に小劇場が不足している地域なら切実な願いだと思う。だが、少なくとも東京では、もう小劇場は飽和状態ではないだろうか。
あたりまえのことだが、劇場はつくったら終わりではなく、そこから経営が始まる。ここで上演してみたいと芸術団体に感じてもらい、その利用料で運営していかなければならない。そのための劇場スタッフを雇用し、機材も使い始めたときからメンテナンス・更新の日々が始まる。設備が故障したら、明日の公演のために徹夜で業者を手配し、修理に立ち会う。これは観客の方が所属している業界でも同じはずだ。
小劇場の借り手には、経験の浅い若い芸術団体も多いだろう。そうした団体に寄り添い、どうすればよいかを適切にアドバイスし、彼らがテナントや周辺住民に迷惑をかけたときは謝罪して回る。他地域からのツアーなら、親身になって相談に乗る。公開されている劇場使用規定に書かれていなくても、こうした対応をしている民間小劇場は少なくない。単なる貸館に見えても、実際はそこでやること自体が提携公演と同義の民間小劇場は多い。
こうした運営のための人材を確保することがいかに大変か、想像してみてほしい。演劇界の労働環境改善が大きな課題になっている現在、劇場スタッフの労働環境も同じである。いま東京で(いや、全国どこでも)人気の民間小劇場は、劇場機構が優れているというよりも、むしろ立地や構造自体に難があっても、そこで働く劇場スタッフが優れているから使われているはずで、これを読んでいる演劇人なら、そのことを実感しているだろう。
コロナ禍による演劇離れ、環境改善による費用増加などにより、小劇場のチケット代は急騰している感がある。劇場で上演するということは、一定水準の舞台技術と安全対策を要し、プロの力を借りなければならない。それは必然的に公演費用に跳ね返り、チケット代を上げることになるが、果たして本当によいことなのだろうか。観客の方が「チケット代とクオリティが見合っていない」と感じる公演が増えることになるかも知れない。経験を積むことは重要だが、まずは費用をかけずに、劇場以外の場所でリーディング公演をすることも出来るのではないか。
もちろん、次世代のことを真剣に考え、演劇文化を継承するために、新しい劇場をつくりたいと考える人もいる。それは歓迎すべきことだが、劇場が増えるということは、前述のような課題に立ち向かっていかなければならない。もし劇場の数が増えることを無条件に歓迎するのであれば、芸術団体もそれに比例して増えたり、公演期間を延ばしたり、新しい観客を増やさなければならない。いま、それが出来ているだろうか。劇場が増えるということは、芸術団体が公演とどう向き合い、どういった基準で劇場を選ぶかを試されているのだ。観客の方にはその点も見ていただきたい。
私自身も、以前は宝くじが当たったら「劇場をつくりたい」と答えていた一人だ。だが、こうした実態や課題を考えると、いまならこう答えたい。「チケット代を抑え、関係者全員に充分なギャラを支払えるプロデュース公演を10本打ちたい」
(参考)
都市部に貸館中心の公共ホールは要らない
青山劇場・青山円形劇場の存続について思うこと――劇場という「施設」を残す議論ではなく「機能」を残す議論に
ロングラン定着で小劇場演劇から〈負の連鎖〉を断ち切れ!