『ライブパフォーマンスと地域 伝統・芸術・大衆文化』が東京と広島の小劇場演劇を比較検証、地理学の見地から「地方都市で小劇場演劇は成り立つか?」を考える

カテゴリー: フリンジのリフジン | 投稿日: | 投稿者:

●「fringe blog」は複数の筆者による執筆です。本記事の筆者は 荻野達也 です。

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地理学者による研究書、神谷浩夫+山本健太+和田崇編『ライブパフォーマンスと地域 伝統・芸術・大衆文化』(ナカニシヤ出版、2017年)が今年1月20日に出版された。

地理とライブパフォーマンスがどう結び付くのか、門外漢の私は土着の伝統芸能をイメージしてしまったが、地理学でも人文地理学は社会学と非常に近く、フィールドワークで社会現象を空間的・地域的に分析する研究分野とのこと。小劇場演劇の上演環境に対する社会学者の論文が目立つように、地理学者が小劇場演劇を分析する時代なのだろう。本書も様々なライブ、アートプロジェクトを扱い、小劇場演劇に2章を割き、東京と広島を対比する形で取り上げている。

山本氏、和田氏はこれまでも映画やアニメなどのコンテンツ産業を論文にしており、特に山本氏は小劇場演劇に関する論文が複数ある。本書も既出論文の取捨選択や科研費研究等をまとめたものだ。広島を取り上げたのは、和田氏が県立広島大学准教授で地元のためと思われる。

東京の小劇場演劇の観客の多くが俳優同士のチケットノルマであることを示した田村公人著『都市の舞台俳優たち―アーバニズムの下位文化理論の検証に向かって―』(ハーベスト社、2015年)と同様に、本書も演劇関係者なら肌感覚でわかっていることをフィールドワークで示したものである。そのため驚きはないが、改めて数値や文章で提示されると説得力がある。

類書が演劇関係者だけを対象としたのと異なり、本書は観客の動向も調査しており、例えば東京の公演では、首都圏以外からの観客が回答者のうち17%という高い数値になっている。調査対象となった公演にもよると思うが、東京には普段でも一定数の観客が他地域から来ていることがわかる。

また、基本データとして10年ごとの東京の劇団数・公演日数が調査されており(劇団は主催団体の意味と思われる)、網羅型掲載だった『ぴあ』(首都圏版)を実際にカウントしたようだ。貴重な数字として紹介しておきたい。2010年の数値もあるが、一次資料が網羅型掲載をやめた『ぴあ』から演劇ポータルサイト「演劇ライフ」へ変更されており、数値が激減しているため割愛する。

1980年 1,307劇団 6,463公演日
1990年 2,583劇団 12,678公演日
2000年 2,446劇団 12,120公演日
神谷浩夫+山本健太+和田崇編『ライブパフォーマンスと地域 伝統・芸術・大衆文化』
(ナカニシヤ出版、2017年)(p.108)より作成

広島での調査結果は、演劇関係者の大多数が演劇以外から収入を得ており、調査対象者の1/4が正社員だ。なぜ広島で演劇を続けるのかという理由については、「居住地としての広島を高く評価し、また強い愛着を感じて」いるとし、東京の俳優が挙げるプロダクションの存在、東京のスタッフが挙げるサービスの充実や集客の容易さといった回答がほとんどなかった。このため本書では、次のように結論づけている。

広島では演劇活動が仕事でなく趣味として行われていることを反映しているものとみることができる。

神谷浩夫+山本健太+和田崇編『ライブパフォーマンスと地域 伝統・芸術・大衆文化』
(ナカニシヤ出版、2017年)(p.135)

観客の観劇理由や観劇前後の行動も分析している。

広島公演の観劇者が,演劇そのものへの関心が高く,文化商品としての演劇公演を消費するというよりも,身内が出演する公演,すなわち身内の「ハレ」の場を見る,応援することを観劇の主たる目的にしている

神谷浩夫+山本健太+和田崇編『ライブパフォーマンスと地域 伝統・芸術・大衆文化』
(ナカニシヤ出版、2017年)(p.138)

調査対象となったのが、広島市の人材育成事業から生まれた若手のDOCSなので、全体の傾向と言えるかは疑問だが、地元の若手カンパニーへの接し方としては近いものがあるだろう。しかし、これは東京でも一定レベルに達するまでは同じではないだろうか。

本書ではまとめとして、「地方都市で小劇場演劇は成り立つか?」として、次のように述べている。

広島では,公共文化施設を拠点に,地理的にも社会的にもきわめてローカルなかたちで,演劇をめぐる生産者と消費者,支援者のネットワークが形成されている。こうした小劇場演劇をめぐる構図は,地方都市における演劇文化の自律的発展を促すものであろうか。一般の文化消費者の存在を背景に商業ベースの小劇場演劇の展開も可能な東京に対して,商業ベースにのりにくい地方都市の演劇では支援者としての行政の役割を欠くことはできないだろう。そうした行政支援を活用しつつ,生産者はそれぞれがめざす演劇を追究し、一方で消費者もそれを「文化商品」として楽しみ,批評し,育てていくような取り組みが期待される。

神谷浩夫+山本健太+和田崇編『ライブパフォーマンスと地域 伝統・芸術・大衆文化』
(ナカニシヤ出版、2017年)(p.139)

厳しい言葉も多いが、コンテンツ産業を研究する研究者の目から見れば、こうした結論になるのは当然かも知れない。

私としては、小劇場演劇の活動すべてが公演の域にあるとは思わず、裾野としての発表会はそもそもコンテンツ産業の調査対象外だと考えるが、本当に世の中に表現を問いたいのなら、身内客ではない一般客への訴求が重要と考える。地域では公共ホールの役割が大きいのも事実だが、それに頼りすぎては危険で、自分たちに芸術的価値があると考えるなら、逆に公共ホール側を利用する気持ちで活動してほしいと思う。

最後に、本書では「fringe blog」も参考文献に挙げていただいているが、私の名前が全部誤記なのは残念。「荻野おぎの」が「萩野はぎの」になり、人名索引でもハ行に入れられてしまっている。ここで訂正しておきたい。日本人の半分くらいが間違えているが、「おぎ」と「はぎ」は全く別の字である。